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38 魔物娘の執着

「愛依、本当に一人で大丈夫か?」


 その日、外に出ようとした私に茉莉が聞いてくる。


「大丈夫だよ、別に帝都の外に行くってわけでもないし。ただのランクアップの手続きだもの。それに結構時間かかるって言うし」


 私は冒険者ギルドでランクアップの申請手続きをするために出かけようとしていた。

 ギルドでは冒険者にランク付けがされており、高ランク冒険者ほど良いクエストを優先的に手配してもらえたり報酬に色がついたりする。

 今回、私達はランクアップの要件を満たしたためギルドで手続きをして昇格をしようと思ったのだ。

 そしてその昇格の手続きに必要なのはパーティのリーダーだけ。

 なので、今回は私一人で行くのである。


「でもさぁ、愛依っちはほら、ストーキングされてるわけだし誰か護衛もあったほうがいいんじゃないかなぁ」

「そうだね……わたし達じゃ護衛って言えないかもしれないけれど、一人より二人、二人よりそれ以上の方が安心だよね」

「私がしっかりキトラと見張ってあげるのに」


 そう言ったのはユミナと怜子、そしてマリーだ。彼女達も茉莉と同じく心配そうな顔をしている。


「大げさだよ。みんな多分ハピネスは街中じゃ特に何かしてくる事はないだろうし。とりあえず大きな実害はないからなんとかなるよ」

「うーん……」

「でもなぁ……」


 それでも心配そうにする茉莉達。

 彼女らしいと私は思った。

 だからこそ私は、そんな彼女に笑顔を見せてあげる。


「大丈夫、私はそんなに弱くないよ。みんなとこれから頑張るためだもの、気にしないで」

「……まあ、愛依がそう言うなら」

「だねぇ……」


 茉莉達は一応ではあったが受け入れてくれたようだ。茉莉は未だ釈然としていない感じがあったが。

 まったく、茉莉は本当に過保護なんだから。


「……ありがとう。その気持ちだけでも勇気がでるよ」


 でもその気持ちが嬉しくて、私は彼女達に礼を言う。

 すると茉莉は、


「お、おう……」


 と少し嬉しそうに頬をかいた。こういう彼女の分かりやすいところ、私は嫌いじゃない。


「ま、うちは最初からあんま心配してなかったけどねー」

「あっ、後出しでそういう事言うのずるいよユミナちゃん!」


 ユミナと怜子がそんなやり取りを見せる。その姿に、私は思わず笑ってしまう。


「ははは。それじゃあ、行ってくるね」


 そうして私は一人でギルドに向かっていったのだった。



「ふぅ、すっかり遅くなっちゃった」


 夕方になった頃、私はやっとギルドから出ることができた。

「まさかあんなに待たされるとは思ってもみなかったなぁ。まあちょっと遅めに出た私が悪いみたいなところもあるけれどさ」


 昇格の手続きは思った以上に時間がかかった。

 まず受付から先に通されるのに待たされ、その後もいろいろな書類に手続きするのにも時間がかかった。


「冒険者ギルドとはいえああいうところはなんかお役所っぽい感じがあったなぁ。やっぱそこのところはどこの世界も一緒なのかな」


 そんなことを言いながら私は街を歩く。


「……そういえば、今日は彼女の気配がしない」


 私はふと気づく。

 今のところ、珍しくハピネスの視線は感じていなかった。


「ま、彼女もさすがに四六時中私を監視してるってわけでもないんだね。まあそれもそうか。なんか上司もいるっぽいし。よし、なら今のうちに買い物でも楽しもうかな」


 そう行って私は帝都の商店が並んでいる通りに顔を出してみる。

 たまの一人での行動である。これぐらいの自由はあってもいいと、私は思ったのだ。


「さーて、とはいえあんまり長居はできないし入る店は選ばないと……どこに入ろうかな」


 並ぶ店舗をそう言いながら物色する。もっと時間があれば入ってみたい店がいくつかあった。


「……あ、ここいいかも」


 だが、そんな中で私の足を止めさせたのは、お菓子屋さんだった。

 これでも私は人並みに甘いものは好きだ。日本ではよくみんなと帰りにスイーツを食べたりしていた。

 だが、私がそのお菓子屋さんの前で止まったのは別に理由があった。


「……あのチョコ、美味しそう。みんなに持ち帰ってあげたいな」


 私はガラス越しに見える綺麗な形をしたチョコレートを見てそう言った。

 みんなへのお土産に、そのチョコレートを買っていきたいと思ったのだ。


「……よし、買おう。きっとみんなでお菓子を食べたら、日々の疲れも吹き飛ぶよね」


 私はそう思い、その店に入ってチョコレートを買った。五人分買ったのでそれなりの量だ。

 そして私は、うきうきとした気持ちで宿に帰っていった。

 だが、宿の中に入ったときであった。


「あっ……愛依さん、やっと帰ってきた!」


 戻るやいなや、宿屋の女店主さんが慌てて私のところにやって来たのである。


「あれ、店主さん。どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもないですよ! あなたのパーティのみなさんが、突然意識を失って倒れたんですよ!」

「……え?」


 私はその言葉を聞いて、手に下げていたチョコレートの入ったかごを落とす。


「……ちょっと待ってください……どういうことですか」

「分かりません……ただ最初は食堂にいた茉莉さんが突然倒れて、それで他の方を呼びに行ったらみんな部屋で倒れてて……」

「……っ!」


 私は急いでみんなの部屋に向かう。まずは怜子の部屋から。


「怜子っ!」


 部屋に行くと怜子はベッドの上で寝かされていた。一見するとまるで眠っているようだ。


「怜子! 怜子!」


 しかし、いくら私が名前を呼んで体を揺さぶっても彼女は起きない。


「……そんな、まさか」


 私は他の面々の部屋にも行ってみる。だが、茉莉も、ユミナも、マリーも同じ状態だった。


「一体、何が……」


 私は顔を真っ青にしながら言う。そこに、店主さんが駆けてくる。


「愛依さん、お医者様を連れてきました! これで何か分かるかもしれません!」


 そう言う彼女の後ろには恰幅のいい男が立っていた。

 私は彼をみんなの部屋に案内する。そして、みんなの部屋を回った彼は言う。


「……恐らく、何か呪いのようなものを受けた状態だと思います。しかし誰にも気づかずかけるとなると、相当な術の使い手かと。何か心当たりはありませんか?」

「呪い……」


 そこで、私は思いつく。

 いるじゃないか、そんな力を持ってそうな存在が。私の事を独占したいと思っていそうな魔物が。


「……っ!」

「あっ、愛依さん!?」


 私はその場を駆けて宿を飛び出す。

 そして、表に出て叫んだ。


「ハピネスっ! いるんでしょ!? 出てきなさい!」


 叫ぶ私の姿に通行人が驚いている。だが、そんなの気にしている場合じゃない。私は彼女を呼び続ける。


「あなたがみんなをこうしたんでしょ!? こんなときだけ隠れてないで、姿を現したらどうなの!?」

「……ふふふ、愛依」


 と、そこで突然耳元で声がした。

 現れたのだ、ハピネスが。


「ハピネス……!」

「ああ愛依、あなたからわたくしを呼んでくれるなんて嬉しいですわぁ。ふふふ、怒った顔も可愛いですわね……」


 彼女は外套をまとった姿で私の横に現れ、そんな言葉を耳元で囁いてくる。

 私はばっと飛び退く。


「くっ……! あなた、一体どういうつもり!? 私の友達に何をしたの!?」

「くすくす……私は人の夢と感情を操る存在と言ったでしょう? そんな私にかかれば、人間を永遠に夢の中へと誘うことも可能なのですわぁ」

「どうして……どうしてそんなことを!? そんなに私の事が欲しいの!?」

「ええ……わたくしはあなたが欲しい。でも、今のままじゃ手に入らないと思いましたの。だって、あなたは異世界から来たんでしょ? それはつまり、あの忌々しい女神にあなたが選ばれたという事。なら、手段は選んでられませんわよねぇ」

「女神……? どういう事……? あなた、私達が転移してきた理由を知っているの!?」


 私は彼女に問う。

 だが、ハピネスは妖しく笑い続ける。


「クスクスクス……何も知らないというのは本当に可哀想ですわね……でも、そんなあなたが足掻く姿も美しい……そうだ、ゲームをしましょう」


 そしてそこで、ハピネスは言った。


「ゲーム……?」

「ええ、この帝都の外れにあるあるボロ屋に、今の彼女達を元に戻すことのできるマジックアイテムを置いておきます。それを無事持ち帰られればあなたの勝ち。もし帰り道の途中でわたくしに捕まってしまえば……お友達はずっとあのまま。ね? 分かりやすいルールでしょう?」

「どうしてそんな事を……!」

「なぁに、余興ですわ。このまま無理矢理あなたをわたくしのモノにしてしまってもいいけれど、それじゃつまらないでしょう? 人を弄ぶのがサキュバスの本能。わたくしはそれに従っているだけですわ。では……」


 ハピネスは私に近づいてきたかと思うと、その人差し指を私の頭に突きつける。

 すると、私の頭の中にイメージが流れ込んできた。街外れにある家のイメージだ。そこに置かれている水晶のマジックアイテムの姿も、頭に浮かんでくる。


「さあ、今あなたに教えてあげましたわ。せいぜい、頑張ってくださいまし」


 そう言ってハピネスは目の前から消え、私は一人取り残される。


「……いいだろう、やってやろうじゃないの! みんな、待っててね……!」


 そうして私は走る。みんなを元に戻すためのマジックアイテムを手に入れるために。



   ◇◆◇◆◇



「……はぁ、はぁ!」


 人通りの少ない道を走る私。その懐には、みんなを元に戻せるというマジックアイテムが入っていた。

 私は今、逃げている。

 ハピネスから。

 彼女がコツコツと足音を鳴らしながら近づいてくるのを私は感じていたのだ。


「愛依……ああ、愛依……」


 声もする。おぞましい彼女の声も。

 私を追い回して楽しんでいるのだ。故に私は逃げる。必死に走る。

 暗い夜道を必死で。

 


 ……そうして、私は捕まった。

 人混みに紛れようとした私をハピネスは後ろから捕まえて。


「ふふふ……愛依、わたくしの愛しい愛依……」

「……ハピネス」


 恍惚とした表情の彼女を見て、言う。彼女の名を。


「ああ、愛依、わたくしの名を読んでくれて嬉しいですわぁ。やはりわたくし達、運命で繋がれているのですねぇ……」

「……どうしてこうなった」


 私は落胆しため息をつきながら言った。

 これが、私が彼女から逃げ惑っていた理由である。

 私は彼女と賭けをしていた。そして、負けてしまったのだ。彼女に。


「さあ、これは返して貰いますわ……」


 そうしてハピネスが手を上げると、私の懐から水晶が取り出され、宙に浮かび上がる。

 ハピネスはそれを掴み、ニヤニヤと笑う。


「ああ、残念ですわねぇ愛依。せっかくお友達を救えるチャンスでしたのに……」

「どの口が……!」

「まあまあ、そんなにわたくしを睨まないでくださいまし。……ここで一つ、あなたに提案がありますの」

「提案……?」


 私は彼女に聞き返す。するとハピネスは言った。まさしく悪魔の如き笑みで。


「ええ、あなたがわたくしのモノになってくだされば、あなたのお友達を起こしてあげますわ……あなたはこれから永遠に、わたくしの伴侶となるんですの。そうすれば、すべて解決……いいと思いませんか?」

「誰があなたのモノになんか……!」

「まあまあ、今はそう言うかもしれませんけれど、これからずっと起きないで、そのまま衰弱していく仲間を見れば気持ちも変わるかもしれませんわ? それでは愛依、あの屋敷で待っていますわよ……」


 そうして、ハピネスは消えた。

 私は真っ暗な裏路地に残される。そこで、私は、


「……っ、ああああああああああああああああああっ!」


 一人、叫んだのだった。

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