31 四人はライバル
「なるほど、人語を喋るモンスター、それに魔軍か……」
私は帝都に戻った後、一度みんなと合流してから今回の事を帝国の将軍たるカティアさんに報告しにいった。
今回の件は彼女に報告するのが必要な事件だと思ったからである。
「ふむ、どうやら警戒すべき事態が起きているようだな……ありがとう、知らせてくれて。感謝する」
「いえ……それにしても、私が言うのもおかしいですけどすんなり信じてくれるんですね。わりと胡散臭い情報だと思うんですけど……」
普通なら嘘だとつっぱねられてもおかしくない情報である。
しかし、カティアさんはそんなことを思った私に笑って見せる。
「何、他の誰でもない君からの情報だ。嘘だとは思わんよ」
おお、なんだか分からないが凄く信頼されている……。ここまで信頼されているとなんだかこそばゆいな……。
「そ、そうですか……」
私は顔が少し赤くなるのを感じた。
「ふふっ。まあそれにだ、実は帝国軍でもモンスター達の妙な動きは観測してはいたんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。種族の違うモンスター達が徒党を組んで襲ってくる事件がしばしば見られていてな……モンスター達に何かが起きている、それだけは分かっていたんだ。だが今回君がくれた情報のおかげでモンスター達に統率者が現れたのがわかった。これは大きな情報だ。感謝する」
そう言ってカティアさんは頭を下げてきた。
私は慌てて両手を振る。
「そ、そんな! 頭を上げてください! 私達はただ情報を持ってきただけですから!」
「いや、それでもだ。戦いで情報は命だ。一つ情報を知らないだけで命運が分かれる。情報戦こそが戦いでもっとも重要な戦いであると、私は思っているよ」
「なるほど……」
やはりこの人は立派な人だ。最初に出会ったのがこの人でよかった。私は心底そう思った。
「ところで、君と一緒に別の場所に飛ばされたというバートン家のご息女はどこかな?」
「ああ、マリーの事ですか? マリーにはみんなと一緒に外で待機してもらってます。今回の報告は私一人でいいかなと思いましたので」
「そうか……ならば伝えてほしい事がある」
「なんです?」
あらたまって言うカティアさんに私は聞いた。すると、彼女は真面目な表情で言う。
「君の家族を、村を助けられなくてすまなかった、と。我々帝国軍は先程もいったようにモンスター達の不穏な動きに感づいていたのに、結局村一つを滅ぼされてしまった。悔やんでも悔みきれない。だから、せめて彼女自身に謝罪をしたかったのだが……」
「……その気持ちだけでも、マリーは受け取ってくれると思いますよ」
渋い表情で言うカティアさんに、私は笑いかけた。
すると今度は一転穏やかな顔でカティアさんは言う。
「ありがとう。やはり優しいな、君は」
「いいえ、そんな事はないですよ。普通ですよ普通」
そして、そんな彼女に私も笑って返すのだった。
「みんなーお待たせ」
私はカティアさんとの話を終えると、屋敷の外に出て待っているみんなのところに戻った。
「お姉ちゃん!」
いの一番に私のところに走ってきたのはマリーだ。
マリーは勢いよく私に抱きつく。
「おう愛依、お疲れ」
「お疲れ様、愛依ちゃん……」
「おつー」
それに続いて三人も私のところに寄ってくる。
三人とも柔和な笑顔だ。
「待たせちゃってごめんね、でもどうしてもカティアさんと話したくて」
「ううん、いいよー。相当大変だったっぽいしねー」
ユミナが笑いながら言う。
「あ、そうそう。カティアさんがマリーに言ってたよ。助けられなくてごめんなさい、って」
「そっか……うん、分かった。もし今度会う機会があったら、私からも言っておくよ。これから頑張って、って」
なるほど、なかなか手厳しい言葉だ。被害者の彼女からそう言われるのだから。だが、同時にそれはマリーがこの国の軍隊を恨んでいないという事でもある。
やはり、彼女は優しい子だと、私は思った。
一方で、怜子は少し不満そうな顔をしていた。
「でも愛依ちゃんまでいなくなったと思ったときは本当に心配したんだよ……? それも死にかけてたなんて……無事だったからよかったものの……」
「まあ無事だったから良かったじゃないか。でも、これからはできるだけマリーを一人にしないよう一緒に行動しようぜ? そのソローって奴はまだマリーの宝石を狙ってるんだろ?」
茉莉が言う。私はそれに頷く。
「そうだね……マリーを一人にしちゃいけないと思う」
「私なら、大丈夫だよお姉ちゃん。だってキトラがついているもの」
マリーがそう言うと、キトラが「シャア」と彼女の肩に止まって鳴く。キトラはすっかり元のサイズに戻っていた。
「いやぁしかし本当なのか? キトラがそんなにデカくなったなんて。アタシにはとても信じられないが……」
「む、本当だよ。だったら証拠見せてあげる。キトラ!」
マリーが宝石を掴んで言う。すると――
「グルルルルル……!」
マリーの肩から離れたキトラは上空で突然大きくなる。
その姿に茉莉達は驚きの表情を見せる。
「う、うお!? マジかよ……!?」
「す、凄い……質量保存の法則とか全然関係ないファンタジームーブここに極まれり……!」
「うへーさすがのうちもこれにはびっくりだよー」
「へへん、どうでしょ凄いでしょー」
「グルル」
マリーは誇らしげに胸を張る。
「マリー、見せびらかすのはそのぐらいで……ほら、通行人とか屋敷の衛兵さんもびっくりしているから」
私はマリーに言った。私の言葉通りたまたま通りかかった人や屋敷を守っている衛兵さんが腰を抜かさんとばかりに驚いている。
「それに、キトラをおっきくするのは体力も使うって言ってたでしょ? だからもう戻しなさい」
「……ん、そうだね。キトラ」
「シャアアア」
マリーが再び宝石を握ると、キトラは元のサイズに戻って再びマリーの肩に止まる。
「いやぁ凄かった……確かに、これならマリー一人でも安心かもな」
「だねー、あんなでかいドラゴンを相手にしたくはないしね」
「んーでもやっぱ誰か一緒にいたほうがいい気はするな。一人だと不測の事態に対処できないし」
「だったら私はお姉ちゃんがいい! お姉ちゃんと一緒にいたい!」
そう言ってマリーは再び私に抱きつく。
私はそんな彼女に苦笑いする。
「ハハハ……まあ確かに同じ部屋にいるからそういう意味では一緒にいる時間は多いけれど……」
「あ、それなんだけどさぁ」
と、そこで茉莉が口を開いた。
「アタシ達四人で話し合ったんだけど、マリーも自分の部屋を持つ事になったんだ」
「え? そうなの?」
私は驚く。確かにそれは三人の望むところだったであろう。でもまさか、マリーが了承するとは思っていなかったのである。
「うん、機会は平等に与えられるべき、って話になってね」
「……機会?」
マリーの言った単語に私は違和感を覚える。 機会って、一体何の……?
「そ。マリーと改めて話し合ってうちらは認識を改めたんだよねー。うちらはパーティで親友だけど、それ以上に愛依っちを奪い合うライバルでもあるんだってねー」
「ラ、ライバル……?」
「そ、そう……それはマリーちゃんも同じだって。今まではマリーちゃんに遠慮してたけれど、今回の事でもう遠慮する必要はないかなって。それをマリーちゃんに言ったら、マリーちゃんも納得してくれて」
「うん。ユミナ達にキツく言われて私も思ったんだ。この人達は優しいけど、お姉ちゃんを奪い合うライバルでもあるんだなって。お姉ちゃんが私の事を好きなのは分かっているけれど、それはそれとして同じ舞台に立ってるなら独り占めは逆に私の命を縮めるかなーって」
「おうよく分かってるなマリー。そう、アタシらは親友だけどライバル。ライバルだけど親友なんだ。だから、お互い同じスタートラインで戦って実力で愛依をゲットするんだって事になったんだよ」
「そうそう、同じ土俵で戦って愛依っちを勝ち取ってこそ、そこには真の愛があるんだもんね」
「うん……この戦いは熾烈だろうけれど、わたし頑張るよ……だって、愛依ちゃんを手に入れるための戦いなんだもの……!」
「へ、へぇー……」
私は思わず顔がひきつる。
だって、言っていることは爽やかに聞こえるが、それってつまり私は恋愛レースのトロフィーだって事でしょ?
しかも、みんなそれに対しては相当本気みたいだ。
だってみんな、目が凄く怖いんだもの……!
「というわけでさ、愛依」
「愛依ちゃん」
「愛依っち」
「お姉ちゃん」
『これからよろしくね』
四人が声を揃えて言う。
つまり私は、これから四人に隙を見てはアタックされるわけで、その内容はきっと冗談じゃ済まされない四人の戦いがあるわけで、私の心休まる時間が少なくなるというわけで……。
「は、ははは……よろしく……」
私は引きつった笑顔で四人にそう答えながらも、天を仰いで頭を抱え言うのだった。
「どうしてこうなったぁー!」
これで第二章は終わりです。
次からは第三章が始まります。
ぜひ次もお付き合いください。




