30 青き翼竜
「はぁ……はぁ……マリー、逃げて……」
私は残っている力を振り絞ってマリーを横に突き放して言った。
「嫌っ! お姉ちゃんを置いてなんていけない!」
しかし、マリーは叫ぶ。私はそんなマリーに笑いかける。
「……大丈夫、私は、大丈夫だから」
「……お姉ちゃん」
とても心配そうな顔をするマリー。私はそんな彼女の頭を撫でる。
そして直後、私は迫りくるモンスター達の方を向いて杖を構える。
「私がこれから時間を稼ぐ……。そうすれば、マリー一人は逃げられる時間は稼げるはず……だから!」
そうして私は杖に魔力を込める。私が戦えば、少なくとも隙は生まれるはず。そうすれば、マリーが生きて帰れる確率が上がる。私はそう思い戦いに挑もうとする。だが――
「嫌っ!!」
マリーが、私とモンスターの間に割って立って来たのだ。
「マリー!?」
「私はもう誰も失いたくないの! 大事な人を! 大事な家族を! だから、私はっ!」
そして、叫んだ。
「私も戦うっ!」
胸元の宝石を力強く握って。
すると、その瞬間だった。彼女の握っていた青い宝石が突如眩く輝き始めたのだ。
「これはっ……!?」
それに動揺する声を上げるソロー。
どうやら奴にも想定外の事らしい。
宝石の青い光は砦全体を包み込むほどに光り輝いたように思えた。
「グオオオオオオオオオオオッ!」
そしてそれと共に、猛々しい唸り声が聞こえてきた。
私は上空を見る。そこには、十数メートルはあろうかというほどに大きい、青い翼竜がいたのだ。
「……キトラ、なの?」
マリーが呟く。
すると、その青いドラゴンはコクリと頷いた。
「やっぱりキトラだ!」
マリーは嬉しそうに言う。その姿からはとても以前の小さな翼竜は想像できない。だが、マリーとその翼竜は確実に通じ合っているようだった。
その姿を見て、私も思う。その翼竜は、キトラなのだと。
「キトラ! やっちゃって!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
キトラはマリーの言葉に叫んで答えたかと思うと、すうっと息を吸い込む。
そして、次の瞬間、口から青い稲妻のブレスを吐いたのだ。
「うわっ!」
私は思わず体を手で隠す。それほどまでに凄まじい威力をしたブレスだった。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
モンスター達の断末魔が聞こえる。
そのブレスによって、並み居るモンスター達はほとんど灰となってしまった。
「クッ……! これがチャネリングストーンの真の力ですか……! しかし、こんな土壇場に覚醒するなど……! ええい、あなた達何を臆しているのですか! 向かいなさい!」
一方で、ソローはまだ無事なようだった。ソローは忌々しげにこちらを見て残ったモンスターに指示を出している。
「シャアアアアアアアア!」
残ったモンスター達は私達目掛けて駆けてくる。だが、
「グオオオオオオオオオオオ!」
キトラが地面を大きく揺らしながら降りたかと思うと、その鋭い爪のある前足で次々とモンスター達を吹き飛ばしていった。
「ギャアアアアアアアア!?」
巨大なキトラの一撃にモンスター達は耐えられない。数匹ずつ、一気に飛ばされ、そして絶命していった。
そうして、モンスター達はいなくなり残ったのはソロー一人となった。
ソローはマリーの方を向く。
「くっ! お嬢さんを守りたいという感情がバートン嬢の力の覚醒を促したとでも言うのですか……!? これだから人間という生き物は!」
そして、ソローは素早くこちらに向かって飛んでくる。
「こうなれば、私自ら手を下すしかっ!」
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
マリーに向かっていたソローに、キトラが叫ぶ。そして、そんなソローをキトラはしっぽで弾き飛ばす。
「ぐおっ!?」
大きく吹き飛ばされたソローは、石壁をぶち破り砦の外に飛ばされる。
「ぐっ!?」
そして、周囲に生えていた木々にぶつかってようやく止まる。
「なんて力ですか……! これは少々まずいやもしれませんねぇ……!」
ソローはキトラを見ながら言う。完全にキトラを警戒しているようだった。
そして、そこで私は思った。
完全にキトラに意識が向いている今がチャンスなのでは、と。
「っ……! セイントレイン!」
故に私は唱えた。今の私が唱えられる、最大限の光魔法を。
「何っ!? ぐはっ!?」
光の雨を降らせるその魔法は、ソローにとってはさらなる想定外だったようだ。
その魔法は直撃し、ソローの腕を焼き落とした。
「ぐうっ!? 腕が……!? 亡霊たる私には、光魔法はとても厄介ですよ……! 死にぞこないと油断していましたね……! それに加えて、あの竜……! これは、一旦体制を立て直したほうが良さそうですね……!」
ソローはそう言うと、残った片手をばっと横にやる。
すると、そこに闇の光に包まれたゲートが現れた。
「覚えておきなさい! バートン嬢! あなたの宝石は必ず頂きます! わが魔軍のために!」
ソローはそこまで言うと、そのゲートの向こうに消えていった。
直後、ゲートも消える。
こうして私達を誘拐したモンスターの軍団は完全に消えたのだった。
「魔軍……? 一体どういう事……あっ」
私の力はそこでぐっと抜けていった。どうやら、戦闘状態から脱して緊張の糸が切れたらしい。
「お姉ちゃん!?」
マリーが駆け寄ってくる。そんなマリーに、私は笑って見せる。
「大丈夫だよ私は……ヒール!」
私は自分に回復魔法をかける。それによって、頭の傷は塞がれた。
「よかった……お姉ちゃん、本当に良かった……!」
マリーは私の胸で泣きわめきながら言う。そんなマリーの頭を、私は撫でる。
「ごめんねマリー、心配かけたね」
「ううん、お姉ちゃんが無事ならそれでいいの……!」
私はマリーの涙を拭ってあげる。すると、マリーも静かに私に笑みを見せてくれる。
「さて、じゃあ戻ろうか、みんなが心配しているかもしれないし! ……と言っても、ここはどこなんだろうなぁ」
私はそう言って周囲に場所が分かるものがないか見てみる。
すると、である。
「グゴオオオ……」
「……キトラが、帝都の方角は分かるから、背に乗れって」
と、マリーが言ったのだ。
キトラの方を向くと、確かに地面に降りて背中に乗るよう促しているようだった。
「マリー、キトラの言葉が分かるの?」
「うん……宝石が輝いてから、より鮮明にキトラの言葉が分かるようになったんだ。それで、キトラは今さっきみたいな事言ったみたい」
「グオオオ」
キトラが唸って答える。どうやら本当らしかった。
「それじゃあ、お願いするかな……」
私はマリーと一緒に、キトラの背に乗る。すると――
「――きゃあ!?」
キトラはその翼を動かし、空高く飛び上がったのである。
「こ、これ凄い! 気持ちいい!」
私は思わず叫んだ。
キトラの背から見る風景はとても綺麗で、体に受ける風は気持ちがいい。
空を飛ぶということがこんなに気持ちのいい事だとは思わなかった。
「ふふっ、本当だねお姉ちゃん! ありがとうキトラ!」
「ガアアッ!」
マリーの言葉に鳴いて答えるキトラ。
そうしてしばらく飛んでいると、私達の眼前に広がる光景にあるものが見えた。
「あっ、見て! あれ帝都じゃない!?」
それは、とても大きな城壁に囲まれた街だった。上空から見るのは初めてだが、間違いなく帝都だと分かった。
「そうだね! よぉし、行くよキトラ!」
「グアアアアッ!」
そうしてキトラは帝都に向かって飛ぶ。
その間、私達はお互い笑い合っていた。




