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27 恋焦がれる少女達の牽制

 怜子、茉莉、ユミナの三人が以前の状態に戻ってしまった。

 私に対する想いを病的に抱えている状態へと。

 さらに、今はそれだけではない。三人をそうした原因であり、私を姉と思い込むという別の方向で病的な状態になっているマリーもいる。

 つまり、私は四人に病的な想いを向けられているのだ。


「はぁ……」


 それを考えると、これからの苦難が想像もできずため息しかでない。


「どうしたの、お姉ちゃん? 疲れてる?」


 そんな私に話しかけてきたのはマリーだ。

 いやあなたが原因で今こうして悩んでいるんですよ。

 でもとてもじゃないがそうとも言うことはできず、私はなんとか笑顔を作って彼女の頭を撫でる。


「……いや、ちょっとね」

「……?」


 こうして見るとただの年相応の少女にしか見えないし、実際そうなのだろう。

 ただ家族を失った結果寄辺を求めた結果私を姉と思い始めただけであって。

 そう考えると、彼女を冷たく突き放す気にもなれなかった。


「それよりも、行こうか。朝食を食べに」

「うん!」


 私は彼女と共に下に降り、宿に併設している食堂で自分達の分の食事を買う。

 そこでは既に怜子達が席を取っていた。取っていたのだが――


「…………」

「…………」

「…………」


 会話もなく、それぞれが重々しい表情で座っていた。

 怜子は今にも泣き出しそうな顔で。

 茉莉はとても思い詰めたような表情で。

 そしてユミナは一見笑顔だが目が笑っていない。


「う……」


 あの席に私、座りに行くのかぁ……行かなきゃいけないんだろうなぁ……。

 私は重たくなる足をなんとか動かして彼女らの対面に座る。


「お、おはようみんな! 今日もいい朝だね!」


 そしてなんとか笑顔を作って朝の挨拶をする。

 私まで重い顔をしてしまっては状況が悪化しかねないからだ。


「あっ!? め、愛依ちゃん……! お、おはよう……!」

「おお、愛依……おはよう……」

「あ、愛依っち、おはよー」


 三人が私に向けて挨拶する。その言葉もやはり普段のような心の余裕を感じられなかった。

 さらにそれだけではない。


「おはよう三人共」

『…………』


 マリーの挨拶に三人は一切返さなかったのだ。

 なんとも感じが悪いが、それもしょうがないことだろう。彼女達がこうなってしまったのはマリーが原因でもあるのだから。


「なによぉ感じ悪いなぁ。ま、私はお姉ちゃんから愛してもらえているからそれでいいんだけど」


 そこに、マリーが私に笑顔で抱きつきながらそう言う。


「マ、マリー人前であんまりそういうことは……」

「え? 何で? 私達姉妹だし愛し合っているんだから当然の事でしょ? はばかる必要ないじゃん」


 マリーはあっけらかんとそう言う。

 愛し合っているわけじゃないし姉妹じゃないから言っているんだけどなぁ!

 それに今その行動はまずい。だって――


「……っ!」

「あ……?」

「……はぁ」


 私達の姿を見て三人が凄く不機嫌を露わにしているんだから……!

 その姿は今にも爆発しかねない危うさを感じて、私は胃が痛くなる。

 朝食を食べる前からこれでは一気に食欲がなくなる……。


「そ、それじゃあいただきます……」


 私はそう思いながらも、食べないわけにはいかないので食事を口に運ぶ。

 うん、緊張で味がしないね。


「いただきまーす」


 マリーが私に続いて食事を口に運び始める。怜子達もそれに続く。


「おいしいねーお姉ちゃん」

「う、うん。そうだね……」

「…………」


 き、気まずい!

 マリーが時折喋るぐらいでこの朝食の場には会話も笑顔もない! みんな淡々と食事を口に運んでいるだけだ!

 ただでさえ味がしない料理が喉に飲み込みづらい。

 私達は結局そうやってマリーが私に話しかける以外は特に喋ることもなく朝食を終えたのだった。



「よ、よしじゃあクエスト選ぼうか……」


 そうして辛い朝食を終えた後、私達はいつものとおりにギルドに言ってクエストを探すことにした。


「うーんどれがいいかなーお姉ちゃん」


 そんな中でも、マリーは遠慮なく私の右腕を掴んで掲示板を見ている。

 一方で三人は、どうにも牽制しあっているのか一歩後ろでそんな私達を眺めている。

 これまた選びづらい状況である。


「そ、そうだね……今回は五人で行くクエストにしようかな……」


 私は冷や汗をかきながらそう言う。

 それには理由があった。今、三人はかなり病んでいる。

 そんな状況で誰か一人を選べば、絶対トラブルの元だからである。

 この状態は以前に逆戻りだなぁ。私はふとそう思った。


「……そうなんだー、あ、じゃあうちも一緒に探すよー」


 と、そのときだった。

 突如ユミナが私の空いていた左腕を掴んで言ってきたのである。


「ユ、ユミナ!?」


 私はつい驚く。

 更に、驚いたのは私だけではない。


「あっ!? ユミナお前!?」

「そ、そんな!?」


 茉莉と怜子も同時に驚いていたのだ。

 どうやら、ユミナは牽制ばかりしあっている状態から一人抜け駆けしてきたらしい。


「何ー愛依っち? 別にいいでしょー? 昔は良くこうして一緒に帰ってたんだしさー」

「そ、それはそうだけど……」


 彼女の言う通り、以前日本にいたときはユミナはよくこうして私の腕を掴んで下校することがしばしばあった。

 そのときはユミナらしいスキンシップの仕方だなといった感じでみんな笑っていた。けれども、今は状況が違う。


「お前……ふざけんなよ……」

「ひどいよユミナちゃん……!」


 背後でそれはもう凄い声で二人が恨み言を言っている。

 正直怖くて振り返りたくない。


「えー? 何を言われているのかわかんないなぁ?」


 一方でユミナは平然とした顔で言っている。

 明らかに抜け駆けなのだが、それを気にしないのが彼女の強みなのだろう。

 そんな強みを私絡みで発揮されても困るのだが。


「ユ、ユミナ……」


 正直このまま放っておくと大変な事になりそうなので私はユミナに声をかける。


「ん? どしたの愛依っち?」

「いやその……ほら、さすがに恥ずかしいって言うか……」

「えー? マリっちは許されてどうしてうちは駄目なのさー?」

「う、それは……」


 それを言われると弱い。確かにマリーを私は今まで甘やかしてきた。それは彼女の状況があまりにも可哀想だったからだ。

 でも、彼女だけでなく三人も心を病んでいる状況になった今、もう少し公平に接してもいいのかもしれない。


「そうだね……ねぇマリー。実は私、今の状況がちょっと恥ずかしいんだ。だから……」

「えー? いいじゃない私は恥ずかしくないよ? みんなに遠慮しなくてもいいんだよ? だってお姉ちゃんも本当は私ともっとくっついてたいでしょ?」

「い、いやそんな事は……」


 しかし、マリーは相変わらず強い思い込みで現状を私が望んでいると思っている。


「大丈夫だよお姉ちゃん、私は分かってるから」


 そして、そうじゃないと伝えても彼女は信じない。自分の思い込みの方を信じているのだ。

 これは、なかなかによろしくない状況である……。


「ほらー、愛依っち困っているよー? 離したらー?」

「それはユミナの方でしょ? お姉ちゃんは私が大好きだから。ユミナこそ離しなよ」

「ぬおおおおおおおおおおなんでアタシは率先して愛依の腕を掴めなかったんだ……! アタシは自分が恥ずかしい!」

「うう……このままだと愛依ちゃんがどんどん遠くに行っちゃう……愛依ちゃんが遠い人になっちゃう……いやぁ……置いていかないでぇ……!」


 四人はそれぞれの思いを口にしている。とても混沌とした状況だ。

 周囲の他の冒険者が奇異な目で見てくるほどにはみんな憚っていない。

 しかしである。このままではクエストを選ぶことすらできない。

 最悪このまま一日を終えてしまいかねない状態である。

 なので私は言った。


「み、みんな! とりあえずクエストを選ぼう! そしてクエストに行こう! ね!?」


 私はそう大声で言うと、素早く掴まれている腕を引き抜いて目についたクエストを取る。

 少し離れた鉱山での素材集めのクエストだ。モンスターも出没するらしい。


「とりあえずこれにするから! ね!? さ、今日も仕事仕事!」


 私は少し大きな声でいいながら募集を受付に持っていく。


「はい、分かりました。それではお気をつけて」


 受付嬢さんは一部始終を見ていたのにいつもと変わらない笑顔で受理してくれた。

 やっぱりプロだなぁこの人……。


「よしじゃあ行こう! 私先頭でいいよね! 道中は比較的安全だし! じゃ、行こう!」


 私はそう言って無理やりみんなを先導する。


「あ、ちょっと待ってよお姉ちゃん!」

「愛依っち待ってー!」

「あわわわわ! 置いていかないでよぉ愛依ちゃん!」

「おいおいアタシが先頭の方がいいんじゃないのか?」


 こうしてみんなを無理やりクエストで指定された場所に私は連れて行った。

 そうしてクエストのある鉱山で、私達はクエストをこなした。

 クエスト中も、みんな私の一番になろうと素材の回収数やモンスターの撃破数を競い合っていたため、効率だけは凄く良かった。

 ただ、私の気が休まることはなかったが。



 ともかく、こうして私は一日を終える。

 こんな日々が、これからも続くのか……。

 私はそれを考えるだけでとても頭が痛くなってくるのを感じた。


「はぁ……」

「お姉ちゃんまたため息ついてる。大変そうだね」


 部屋でマリーが言う。

 それはマリーのせいでもあるよ、というか大きな原因がマリーだよ。

 私はそう言いたくなるのをぐっと我慢した。

 マリーだけじゃなく三人が逆行してしまった現状、私はこれからどうすればいいのか。そんな悩みを抱えながら、私はマリーと共にベッドに入る。


「…………?」

「……どうしたの、マリー?」

「いや、なんか変な気配が……いや、気の所為だよね。それじゃあおやすみ」

「うんおやすみ……」


 マリーが何か気にしているが、私は特に何も気づかないし、それに対応するだけの元気もなかった。故に私は、その直後に泥のように眠った。

 だが、このときもっと気をつけていればと、後々私は思うことになる……。


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