26 義妹と束縛少女
怜子と茉莉が精神に変調をきたしてすぐ。
今度はユミナとクエストをすることになった。
「それじゃあ愛依っち、マリっち、よろしくねー」
ユミナはいつもと変わらない様子で言うが、やはり不安だ。
だって二人がダメになったら、今度はユミナもダメになってもおかしくはないからだ。
「よ、よろしく……ところで大丈夫ユミナ? 変に気負ってない?」
なので私は少し慎重になって彼女に聞く。
彼女まで精神状況が悪化してしまっては、今までの苦労が水の泡だからだ。
「え? 大丈夫だよーうちは特に問題ないって。もう心配性だなー愛依っちは」
しかしユミナはカラカラと笑って応える。
そんな彼女の言葉に私は少しホッとした。
一応は大丈夫そうだ……今のところは。
ともかく、ユミナが他の二人みたいにならないように次のクエストは細心の注意を払わないと。
私はそう思った。
「それじゃあ次のクエスト何にしようか」
「そうだねー……なるべく愛依っちと一緒にいられるクエストがいいなー」
「あ、それは私も同意」
ユミナの言葉にマリーが言う。
まあ二人からすればそうでしょうね。私は変なところで同調した二人の姿に思わず苦笑いを浮かべる。
「お、気が合うじゃーん? じゃあどうしよっか……そうだなぁ、これなんかどうかなー?」
「ん? えーとどれどれ……アイテム作成のクエスト?」
ユミナが手に取った募集にはそう書かれていた。
なんでもマジックアイテムの部品を組み立ててアイテムの作成をして欲しいらしい。
「これってつまり……内職?」
「まあそんな感じだよねー。これなら宿の部屋でできるから、ずっと愛依っちと一緒にいられるかなーって」
「なるほど……」
確かにこれなら運搬や戦闘が絡むクエストと違ってモンスターテイマーたるマリーの力は関係ないだろう。
これならば、変な諍いは発生しないに違いない。
ユミナはそこまで意識していないだろうが、悪くない選択だと私は思った。
「うん、いいね。じゃあこれにしよう」
「よーし、決定ー!」
ユミナはニコニコしながら募集を受付に持っていく。
こうして私達はアイテムの組み立てクエスト、言い換えれば内職をすることになったのだった。
「うわー思った以上にあるねー」
宿に届けられた木箱を見て、ユミナが言う。
木箱はギルドから送られたもので、中にはクエストで組み立てるアイテムの部品が入っていた。
それが、なかなかの量が積み重なっていたのだ。
「これは部屋に運ぶのにも一苦労だね。みんなで協力して運ぼう」
「だねー」
「あ、待って。キトラ、お願い」
すると、マリーは以前怜子のときにやったように木箱を紐でくくり、それをキトラに運ばせ始めた。
私は怖ず怖ずとユミナの顔を見る。
これでユミナが態度を悪くしていないといいのだけれど……。
「おっ、なかなかやるじゃーん? それじゃあウチの分までお願いねー」
が、杞憂だったようだ。
ユミナはあっけらかんとした表情で自分の分までお願いする始末である。
「こーら、ちゃんと自分の分は自分で運びなさい」
私は苦笑しながらもユミナに言う。
そうして私達は木箱を私の部屋に運んだ。ユミナが私の部屋でやりたいと言ったからだ。
「ふう、やっと運べたねー。運ぶだけでも疲れたよー」
木箱をすべて部屋に運ぶとユミナがそんなことを言って私のベッドに倒れ込む。
「まったく、仕事はこれからだよユミナ」
「分かってるよー。……ねぇ愛依っち」
と、そこでユミナが体を起こしベッドを見ながら聞いてくる。
「ん? 何ユミナ?」
「ベッド一つしかないけどさぁ、愛依っちとマリっちはどうやって寝てるの?」
「……え」
私は思わず声を出してしまった。
確かにそこは気づかれてもおかしくない事だった。
そして、ユミナ達が真実を知れば絶対ややこしいことになるということも。
「そ、それはその――」
「――ああ、お姉ちゃんと私なら同じベッドで寝てるよ」
「ちょっとマリーさん!?」
マリーがあまりにもあっけらかんと言うものだから私はつい驚く。
それを言うのはさすがに不味いっていう認識を持とうよぉ!?
「ん? どうしたのお姉ちゃん? 姉妹なら当然の事でしょ?」
「いやいやいや、だから私達は本当の姉妹じゃないからね? そこはちゃんと分別持っておこうね?」
「え?」
「え? じゃないからね!? なんでそんな心底分からなさそうな顔をするの!? やっぱ私が床で寝たほうがいいんじゃないかなぁこれ……」
「……ふーん、本当に一緒に寝てるんだ、愛依っちとマリっち」
「……あっ」
しまった、話の流れでつい肯定してしまった。
まだごまかしが効いた段階だったのに……。
「……う、うん。マリーがどうしてもっていうから仕方なく」
私は観念し認める。
ここで今更否定しても逆に心象を悪くするだろう。
「……そう。へぇ。ふぅん」
ユミナは冷たい目で短くそう言う。
怖いよぉ! 普段のユミナからは想像も出来ない声色で怖いよぉ!
「……そんな事より始めない? さっさと作っちゃおうよ」
そこで既に椅子に座ったマリーがテーブルに部品を広げて言った。
この状況でよく言えるねぇ!? 凄い胆力なのか単に空気が読めないのかどっちなんだい!?
「……そんなこと、ねぇ……へぇ……まあ、いいけど? じゃあ作ろうか?」
それにユミナも態度を変えないままだが同調する。
マリーの言葉が正解だったのか不正解だったのかイマイチ分からない……!
「…………あ、椅子足りないね。私ちょっと持ってくるよ」
と、そこで私は気づく。椅子は二席しかなく、三人で作業するには一席足りない。
私はそれを下から取ってくることにした。
それにはもちろん椅子が足りないという事もあるが、この空気から一旦抜け出したいという気持ちもあった。
なので私は素早く部屋から出て、ゆっくり下に降りていく。
そして宿屋の店主さんに了解を得てから椅子を一つ拝借して上に持っていく。ゆっくりと。
「と、とりあえず持ってきたよ」
そして私は恐る恐る部屋の中に入る。
すると、
「…………」
「…………」
二人が会話なく黙々と作業をしている姿がそこにはあった。
やっぱり怖い! 怖いよぉ!
私は今にも泣きたくなってくる。
とてもじゃないか空気が重すぎる……!
私は気まずくなりながらも椅子を置き、座り、そして作業に加わる。
のだが――
「…………」
「…………」
「…………」
か、会話がない……!
いや作業に集中しているのならそれでもいいかもしれないけど、この沈黙はそういう沈黙じゃない!
お互いがお互いを牽制している沈黙だ……!
まずいまずい、なんとかしないと。何か喋らないと。
私はそんな強迫観念にも似た思いに苛まれる。
そして、私は口を開いた。
「ユ、ユミナ! ここ二日のクエストどうだった!? 二人でうまくいった!?」
私は頭を働かせることなくそんな事を聞いた。
とりあえず近況を聞くことは会話の発端になりやすいからだ。
「……まあ、そこそこだったよ。でもやっぱ愛依っちがいないとうちは寂しいな」
「そ、そう……」
「…………」
「…………」
ぬああああああまた会話が止まったああああああ!
いやうまく返せなかった私も悪いんだけどね!?
でもあんなのどうやって返せばいいって話ですよ!?
下手なこといったら今度はマリーが気を悪くしちゃってなんか大変な事になりそうじゃん!?
「……ユミナ、作るの遅いね」
「ちょっとマリーぃぃぃ!?」
そこでマリーが突然言った。
目線は、ユミナの手元である。
「……はぁ?」
それにユミナが言う。若干怒っている感じで。
「それに、ちょっと作りが雑。それじゃあ商品未満って言われるかもしれないよ?」
「……うちはちょっと不器用なだけだよ。別にいいじゃんそれぐらい」
「いや、仕事なんだからそこはちゃんとしないと。ほら、お姉ちゃんを見なよ。素早く綺麗に作ってるよ?」
まあ確かに私は比較的手先は器用な方でユミナは不器用な方だけどそこで私に矛先を向けるぅ!?
だからそういうの困るって!
「……確かに。愛依っちうまいね」
今度はユミナが私の手元を見て言う。凄く暗い目で。
ああまずいまずいまずい、ユミナが未だかつて見たことのないぐらいにダウナーになっている!
「ユ、ユミナも慣れればこれくらいできるって! 私はほら! ちょっと手先が器用なだけだから! すぐユミナもこれくらいできるようになるから!」
私は必死にフォローする。いつも明るいユミナのこんな顔みたくないと思ったからだ。
「お姉ちゃん、甘やかしちゃダメだよ。そうやって甘やかすからダメになるんだよ。もっと私にしているみたいにさ……あ、そっか、お姉ちゃんは私は愛しているけどユミナはそうでもないから態度がテキトーなんだね? そっかぁ」
「はいいいいいい!? 何言ってるのマリー!?」
それはいくらなんでも解釈が歪み過ぎだよ! さすがの私も怒るよそれは!?
「……そうなの、愛依っち?」
が、怒る暇もなくユミナが凄く切なそうな目で聞いてきた。
「いやそんなことないから! 私はちゃんとユミナの事、大事に思っているから!」
私はとっさに応える。そこに嘘はない。
「本当? どれくらい?」
だが、ユミナはそれでも不安に思っているようだった。
「え、えっと……そりゃもうめちゃくちゃ」
「じゃあ、うちとずっと一緒にいてくれる?」
「……う、うん」
私は思わず頷く。すると、ユミナはぱぁっと顔を明るくした。
「そうなんだ! それじゃあ後でうちの部屋に来てよ! これから愛依っちはうちの部屋で過ごすの!」
「だからなんでそうなるのおおおおおおおおお!?」
もうすぐこれだよおおおお! やっぱりユミナも症状悪化してるじゃん!
私はつい叫んでしまう。
が、ユミナはニコニコと笑って言う。
「え? だってずっと一緒にいてくれるって言ったじゃん? それはつまりそういうことじゃん? だよねぇ愛依っち?」
「いやそれは解釈の飛躍というかなんというか……ともかく、普段は一緒にいるけど四六時中かと言われると別というか……」
「やっぱりお姉ちゃんは私が一番なんだね! さすがお姉ちゃん!」
「ごめんマリー話がややこしくなるから入ってこないでぇ!」
病的な状態になってるユミナにマリーの思い込みが加わると手がつけられなくなるから!
「ともかく! とりあえず作っちゃおう!? 仕事しよう!? 話はそれからでもいいよね!? はい、作業開始!」
私はもうこれ以上は状況が悪化するだけと見て、無理やり会話を中断させた。
そうして、その後私達は仕事が終わるまでとにかく無言で作業をした。その時間はとても長く感じた。いやあ単純作業って凄く体感時間が長く感じるんですね。理由はそれだけじゃないけれど。
「……終わったぁ」
「うん、終わったね……」
マリーの疲れたような言葉に私も疲弊しながら言う。
彼女の疲弊と私の疲弊は理由が違うのは明白だけど。
「終わったねー愛依っち。……じゃあうちの部屋に――」
「――あー! お疲れユミナ! ほら! 疲れたしいい時間だからみんなでお風呂行こうか! そうしよう! うん!」
私は会話の方向を私の束縛に走ろうとするユミナの発言を力技で方向転換する。
というかするしかなかった。
その後も、事あるごとに私を部屋に連れ込もうとするユミナの言葉をなんとか回避して、私は一日を終えるのだった。
「……どうしてこうなったぁ」
疲弊でベッドの上でそんな言葉を呟きながら。




