24 義妹と依存少女
「え? そろそろ二組に分かれて行動したい?」
その意外な提案を受けたのは、朝の事だった。
今日も変わらずマリーとべったりくっつかれながらの状態で下に降りると、既に三人が集まっており、その代表として怜子が言ってきたのだ。
「うん……そろそろマリーちゃんも慣れてきた頃だろうし、二、三に分かれて行動したいなって」
「うーん……」
私は訝しんだ。
三人にとっては常に私とマリーを監視しておきたいはずだ。それがこの状況で二組に分けるなんて言い出すなんて、何かがおかしい。
そもそも分けると言っても、
「私はお姉ちゃんから離れないよ?」
とマリーがこの調子なので私とマリーのペアは決まっているようなものである。
離そうとしても離せない現段階では怜子達のストレスが溜まる一方に思えるのだが……。
「あ、組は愛依ちゃんとマリーちゃんにわたし達のうち誰か一人がついていくって形でどうかな? それならマリーちゃんも問題ないでしょ?」
「……まあそれなら」
マリーが怜子の言葉に頷く。
うーんやっぱり分からない。一人監視を置く形なんだろうけどどうしてみんなじゃないんだろう。
……ただまあ、もしかしたらだけれど。
私の中にある考えがよぎった。
それは、もしかしたら三人はマリーの行動を見て行き過ぎた自分達の行動を恥じて私離れをしようとしているのかもしれない、という考えだ。そうなら私としては大歓迎だ。
三人がまともな方向に戻ってくれるのなら私は言うことはない。
あとはマリーが離れてくれればいいのだが、それはきっと時間が解決してくれるだろう。多分。
ともかく、三人が前向きな行動を取り始めたのかもしれないという可能性は私を少し明るくさせた。
「……分かった。じゃあ三人と二人で分かれようか」
なので、私は彼女達の提案を受け入れることにした。
「本当? ありがとう、愛依ちゃん。じゃあ今日は私ね」
そして、愛依はにっこりと笑って私に言ったのだった。
「今回は配達クエストね。今まで五人で動くクエストにしてたからこういう小さいクエストやるのもちょっと久しぶりに感じるね」
そうしてそれぞれ分かれて行動するようにすることになって私達が選んだクエストがそれだった。
今、私と怜子、そしてマリーは手に荷物を持って街を歩いている。
結構な大荷物で、両手が埋まっているほどだ。
こういうときに魔法バッグを使えればいいと思うのだが、さすがに間口より大きい荷物は入らないし、横にすればなんとか入るかもしれないが配達物を横にするのは魔法バッグといえどさすがに憚れると思ったのだ。
だから今こうして手で運んでいる。
「そうだね。でもわたしはこういうクエスト好きだよ」
怜子がニッコリ笑って言う。
彼女の持つ荷物は私よりも多い。
「結構量持ってるけど大丈夫怜子? 疲れたら私が少し持つけど」
「大丈夫だよ、私、案外こういうの慣れているから。ほら、漫画とかラノベを大量に買い込むと結構な重さになったし」
「あーなるほど……」
私は一人納得する。確かに怜子は一気に漫画本などを大量に買い込む事が多々あった。
電子書籍よりも実本派と言っていたので、そこは慣れっこなのだろう。
「んっ……よいしょっ……」
一方で、マリーは少し大変そうな声を出していた。
さすがに年下の彼女には荷物運びは少し大変なクエストだったのかもしれない。
「えっと、マリー――」
「あっ、マリーちゃん? もしかして重い? だめだよぉ愛依ちゃんと一緒にいたいならこれくらいはこなさないと」
と、そこで怜子が突然言った。凄く嫌味ったらしい口調で。
「れ、怜子?」
「まあ辛いならわたしが変わりに持ってあげてもいいけど? 大丈夫だよぉわたしは。愛依ちゃんと一緒にいるからこれぐらいどうってことないよぉ」
ま、まさか怜子達……こうやって嫌味を言ってマリーの自信を喪失させるために組を分けたっていうの!?
陰険! やることが割と陰険だよ怜子それは!
私は思わず言いたくなるも、そこはぐっと堪えた。
確かに怜子のやり方はあまり褒められたものじゃない。
でも、これでマリーが少しでも私から独立してくれるのなら、それでもいいかもしれないと思ったのだ。
「むぅ……」
現にマリーは少し複雑な表情をしている。
これでマリーが少しでも我が身を振り返ってくれれば……そんなことを私は思った。
「……ちょっと待って」
だが、マリーはそう言うと一旦荷物を地面に置いた。
そして、どこからか紐を取り出すとそれを十字に結び、紐で持ち上げられるようにした。
「キトラ」
更にマリーはキトラを呼び出すと、彼女の側でふわふわと飛んでいたキトラが「キシャア」と鳴きながらその紐を持ち、宙に荷物を吊り上げたのだ。
「お、おお……こんな事もできるんだね……」
思わず感心してしまう私。
こういう細かい作業もできるんだなぁ、モンスターテイマーって便利な職業。そんな事を思ってしまった。
「へへん、凄いでしょ? よかったらお姉ちゃん達の荷物も持ってあげようか? キトラならそれぐらいできるよ?」
結構なしたり顔で言うマリー。
一方で怜子は少し悔しそうな顔だ。
「うぐぐ……べ、別に大丈夫だから……!」
ああ怜子、その悔しがり方は完全に悪役の悔しがり方なんだよ。
私は心の中でふとそんなことを思ってしまったのだった。
私達はそうして荷物を運び、少しして指定された配達場所まで訪れる。
人がいれば受け渡して、いなければ玄関に置いていく、という形らしい。
ここらへんあんまり現代日本の配達システムと変わらなくて少し面白い。盗まれる危険性は段違いだろうけれど。
「よし、じゃあ――」
「あっ、わたしが対応するね!」
私が荷物を一旦置き、ドアノッカーを叩こうとしたときだった。
怜子がすかさず言って、ドアノッカーを叩いたのだ。
「えっ、でも怜子……」
「大丈夫だから! わたしに任せて!」
怜子は言う。
しかし、私はどうしても不安にかられてしまった。
だって、彼女は初対面の人とのコミュニケーションが苦手なのだから。
「はーい、どちら様ですか?」
「……ぃっ」
すると、扉が開かれ家主が現れる。そんな家主を前に、怜子は息をひゅっと吸った。
「えっと……あの、わたし、その……」
「……?」
そして怜子は言葉に少し詰まる。
ああもう、言わんこっちゃない。
私は仕方なく彼女の代わりに配達相手に話そうとした。そのときだった。
「すいません、お荷物をお届けに来ました冒険者ギルドの者です。お荷物、こちらでよろしかったでしょうか?」
マリーがすかさずにこやかな笑顔で言ったのだ。
言葉にもよどみがなく、すらすらと言えている。
「ああ、なんだそういう事か。えっと……うん、そうだねこっちで依頼してたものだ。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。ではこちらにサインお願いします」
マリーはそのまますらすらと対応を済ませていき、そして荷物をすべて渡してことを終えた。
「おお……」
私はまたも感心の声を上げる。まさかここまでマリーが人との対応がうまいとは思ってもいなかったからだ。
「私、こういうの家にいたころにパーティとかに出て慣れてたから」
そんな私にマリーがまたもしたり顔で言う。また、今度は怜子の方を向いて言った。
「怜子って、人との会話苦手なんだね」
と。
「うううううううううううううっ……!」
その言葉が思ったよりも刺さったのか、怜子は変な唸り声を途端に上げ始めたのだった。
クエストをそうして終えて宿に帰った私達。
あのあと怜子は俯いて何一つ喋らなくなり、そのまま部屋に戻ってしまった。
私はそんな怜子の事が気になり、彼女の部屋を訪れた。
マリーには「ちょっと用事を済ませてくる」とだけ言った。するとマリーは案外すんなりと受け入れてくれた。
いつもこうならいいんだけどなぁ……。
ともかく、今心配なのは怜子だ。あの様子はなかなかに心配になる。
私はそう思って、怜子の部屋の扉を叩いた。
「怜子? 大丈夫? なんか辛そうだったけれど……」
すると、扉がガチャリと開かれ、その隙間から怜子が顔を見せる。とても不安げな、怯えているような顔を。
「愛依ちゃん……」
「だ、大丈夫怜子? その……顔色悪いけれど」
「愛依ちゃん……捨てないで」
と、そこで怜子が突然言った。
「え?」
「お願い愛依ちゃん捨てないで……! わたし、もっと頑張るから……! もっと愛依ちゃんの役に立てるよう努力するから……!
だから、わたしを捨ててあんな子を取らないで……!」
「ちょ、ちょっと怜子……何言って……」
「ああ……嫌ぁ……わたし全然愛依ちゃんの役に立てなかった……それどころか足を引っ張って……わたし、わたし……このままじゃあんな小さな子よりもずっと役立たずで終わっちゃう……愛依ちゃんに捨てられちゃう……お願い捨てないで愛依ちゃん……! わたしには愛依ちゃんしかいないの……! わたしは愛依ちゃんの物だから……! だからお願い愛依ちゃん……愛依ちゃん……う、うわああああああああああっ!」
そうして怜子は勢いよく扉を閉めた。
「…………」
その後、沈黙が私を支配する。
「……ああこれ、まずいな」
そして、しばらくして私は言った。
まずい、とてもまずい。
怜子はマリーを牽制しようとして逆に上手に立たれてしまった。
その結果、それが怜子の心の弱いところをついて彼女を不安でいっぱいにしてしまったのだ……そして、その結果怜子は、以前のように私に依存し過度に私の喪失を不安に思う状態に逆行してしまったのだ……!
「ただの配達クエストだったのに……どうしてこうなった……」
私は元に戻ってしまった怜子、そしてこれからまたマリーを牽制しようとしてくるであろう茉莉とユミナの事を思うと、頭が痛くなってくるのだった……。




