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23 甘える義妹

「はぁ……」

「どうしたの? お姉ちゃん」


 ギルドで軽くため息をつく私に、マリーが話しかけてきた。

 いや、ちょうどあなたのことでため息をついていたんですよ私は。

 マリーをパーティに入れざるをえなくなってしまってから数日。

 なんというか、予想通りマリーは私にべったりだった。

 今日も今日とてマリーは掲示板を眺める私の左腕をぎゅっと掴んでくる。


「…………」

「…………」

「…………」


 そんな私を三人が少し離れたテーブルから凄い目で見てくる。

 怜子は今にも泣き出しそうな目で。

 茉莉はすぐにも暴れだしそうな目で。

 ユミナは一見笑っているけど凄く冷たい目で。


「……?」


 そんな状況をマリーはまったく意に介していないようだった。

 いやまあ三人の心の機微が分かるのは長年一緒にいた私だからみたいなところはあるけれど。

 とにかく私はこんな現状に思わずため息をついてしまったのである。


「いや……なんでもないよ。ちょっと疲れているだけ」

「そうなの? 休んだほうがいいんじゃない? 私がお姉ちゃんをつきっきりで癒やしてあげる!」


 笑顔で言うマリー。

 何も知らない人間が見たら姉妹の微笑ましい光景に見えるんだろうな。

 でも実際はそうじゃない。マリーは休日一緒となるととにかく私にくっついて心の休まる暇がないのだ。

 他の三人の視線があるというのもあるが、マリーが私に甘えてくる依存度はなかなかのものなのである。


「お姉ちゃんには私だけがいればいいし、私もお姉ちゃんだけがいればいいもんね!」


 それを如実に表したのが今の言葉である。

 マリーは自分だけがいればいいと本当に思っているようなのだ。


「えっと……マリー? 私達は一応パーティだし友達同士だからそういう発言はちょっと……」

「えーでもそうでしょ? お姉ちゃんにとって一番大事なのはマリーだよね? そうだよね?」


 マリーはそうと信じて疑わない口調でそう言ってくる。

 彼女の瞳はその可愛らしい見た目とは裏腹に昏く深い。

 とてもじゃないが今の彼女の言葉を肯定するわけにはいかない。

 もし肯定しようものなら三人がどうなってしまうか想像もしたくない。確実に私達の仲は崩壊する。

 だが、マリーにはっきり否定することもできない。

 否定してしまえばただでさえ情緒不安定なマリーの心がどうなるか分からないし、彼女をまた一人ぼっちにすることなんてできない。


「は、ははは……」


 だから私は笑ってごまかすことにした。

 イエスともノーとも言ってはいない。

 するとマリーは、


「やっぱりそうだよねお姉ちゃん! さすがお姉ちゃんは優しいなぁ!」


 と、勝手に解釈してそう言った。

 一方でテーブルに座っている三人は「いいや私が一番だから」と言いたそうなのが伝わってくる自慢げな顔をしている。

 どちらとも取れる表情をすれば向こうは勝手に解釈してくるのだ。

 こんな処世術身につけとうなかった……。


「と、ともかく今日はこのクエストにしよう? もちろん、みんなでね」


 私は壁に貼ってあった素材回収のクエストの張り紙を取る。

 五人での行動を前提にである。

 それには理由がある。

 マリーがこういう状態で加入してから、私は五人前提で動くようなクエストをなるべく選ぶようにしていた。

 理由は簡単。

 誰かと二人っきりになれば残った三人が大変なことになりそうな予感がしたからである。

 マリーを選べば絶対残った三人は心を病ませるだろうし、マリー以外の誰かを選べば残った二人とマリーが絶対喧嘩するのが目に見えているのだ。

 だから、私はなるべくみんなで動くクエストを選択した。


「うん、いいよ。頑張ろうね、お姉ちゃん!」


 そんな私の内心を知らずに、マリーは笑顔で応えるのだった。

 うう、胸が痛い……。



 それから一時間後。

 私達は素材回収のために帝都の近くにある湖畔に来ていた。

 今回集める素材は水辺にだけ生えるというとある花だ。錬金術や魔法の素材に使うらしい。

 そのため帝都から一番近くかつ大きな水辺である湖畔に来たというわけだ。

 しかし、来るだけでも私はだいぶ気を揉んだ。

 なぜならマリーは事あるごとに私の腕を掴んだり手を握ったりしようとし、そのたびに三人が大きく反応するからだ。

 そのため、逐一マリーを諭さなければならなかったし、三人のメンタルも常に気にして置かなければならなかった。

 そうやって進んでいたために到着が予定より少し遅れてしまったほどである。


「さて……それじゃあみんなで手分けして花を集めようか」


 私は気を取り直すために明るく言う。

 さすがに素材集めのときはみんなバラバラになるし集中するから道中よりは楽になるだろう……。私はそう思った。

 だが、


「うん、分かった。じゃあキトラ、お願い。この花だよ」


 マリーはちょうど足元に生えていた花を掴み取ると、キトラに見せ匂いを嗅がせて、取りに行かせたのだ。


「それじゃあお姉ちゃん、私はお姉ちゃんと一緒にいるね!」

「はいぃ!?」


 私は驚いた。まさかこの子、キトラに全部任せて後は私と一緒にいるつもり……!?


「い、いやいや、そこはマリーちゃんも探そうよ!」

「そうだぞ! ずっとべったりだったら愛依も大変だろ!?」

「だねー、ここはマリっちもサボらないでさー」


 さすがに三人も黙っていられずに声を上げる。だが、マリーはそんな私達に対して不思議そうな顔をした。


「え? だって私の分はキトラが取ってきてくれるし問題ないでしょ? それより私はお姉ちゃんと一緒にいたいの! 姉妹が常に一緒にいるのは当然のことじゃないの?」


 平然と言ってのけるマリー。

 凄いよこんな威圧的なメンツの前で言ってのけるなんてどうなってんのマリーの心臓……。


「……別に姉妹じゃないでしょーそこははっきりしとこうよー」


 ああっついに言った! ユミナがみんなが言おうとしても言えなかった事をついに言った!

 私は口をあんぐり開けてしまう。

 それを言ってしまうとさすがのマリーも大きく傷ついてしまうのではないか、気が気ではなかった。

 しかしユミナは言ったのだ。さすが言うときは言う子である。


「……? 何言ってるの? 私達は姉妹だよ?」


 しかし、マリーの反応は私の予想外のところであった。彼女はユミナの言葉に本当に意味が分からないといったような顔をしたのだ。

 ああだめだこれ。話が通じないやつだ。

 私はそれを直感的に理解した。


「ええ……マジで言ってる……?」

「オイオイオイ……」

「嘘ぉ……」


 それを信じられない顔で見る三人。


「いやあなた達もそれ人のこと言えないからね?」


 私はつい突っ込んだ。

 ほんのちょっと前まであんたらも人の話聞かなかったよね!?


「え、えっとマリー? 私と一緒にいたいっていう気持ちは分かるけれど、これはクエストだから。みんなで頑張るお仕事だから。だからマリーも私に甘えてばかりじゃダメ。ちゃんと自分で体を動かさないと」


 それはともかく私はマリーに言った。

 さすがにこのままべったりという訳にはいかない。ここははっきりしておかないと、後々絶対面倒な事になる。

 するとマリーは言った。


「……まあ、お姉ちゃんがそう言うなら。そうか、これもお姉ちゃんからのテストなんだね。私が一人でもちゃんと役に立つかっていう。大丈夫、私頑張るよ!」


 ぐっと両手を目の前で握って言う彼女。

 発言だけ見れば立派なんだけどなぁ。

 こっちにそういうつもりがないのがなぁ。


「こうしちゃいられねぇ。アタシが一番多く素材を回収して愛依の一番だって見せてやるからな。なぁ愛依!」

「そ、それはわたしが一番だから……! 素材集めの目は私が一番あるから……!」

「へー二人ともそういうこと言うんだー、じゃあうちの力をここで見せちゃおうかなー。ねぇ愛依っちー」

「なんでそういう方向に行くの!?」


 三人が妙にやる気を出してしまった。私への一番を巡って。

 別に誰が一番もないって前そういう話になったのに……なんか逆行してない? 三人共……。


「……はぁ。じゃあ、集めようか」


 私は目の前で散り散りになった四人の姿を見ながら、ため息をついて私も素材集めに動いたのであった。



「つ、疲れた……」


 その夜、私は部屋のベッドに正面から倒れ込んだ。

 疲れの理由は当然心労である。

 採集クエスト中は本当に四人が自分がと躍起になり、このままではまずいと私も結構頑張った。

 結果は、キトラを使ったマリーが一番で三人がまた不満げな顔をすることになった。

 いやまあ、モンスターの嗅覚や視覚で集めたらそりゃそういう結果になるよね。

 ただその後の帰り道が地獄だった。

 マリーは「やっぱり私が一番だねお姉ちゃん!」とベタベタ私にくっつくし、三人はなんとかそれを引き剥がそうと嫌味な事を言い続けるし、そんな四人をそれぞれ説き伏せて落ち着かせるのは本当に大変だった。

 そんなこんなで依頼をなんとか終え、最初の想定よりもずっと集まった素材で報酬に色をつけてもらって、帰ったのが今だった。


「お姉ちゃんお風呂入らないの?」


 ベッドから動かない私にマリーが言った。


「うーん今日はいいや……マリー一人で行っておいで」


 今日はもう動きたくない……動いたらまたなんかトラブルが起きる気がするし……。いやマリーを一人で行かせるのもそれはそれで怖いんだけど、でもまあ私が一緒にいるよりはトラブルの種にはならないだろう。


「えー、私はお姉ちゃんと一緒がいいなぁ」


 するとマリーは口をとんがらせながら言った。まあそう言うよね。


「たまには一人で入りなー、いつまでも私に洗ってもらうわけにもいかないでしょー」


 私はつっぷしながら言う。


「うーん、分かった……お姉ちゃんがそう言うなら……行こう、キトラ」

「キャシャア」


 キトラが軽く鳴いて応え、ドアが開かれる音がする。

 どうやらちゃんと一人で――正確には一人と一匹で――お風呂に行ったようだった。


「ふぃー……」


 私は改めて大きく息を吐く。

 吐息でベッドの布団が暖かく湿った感覚が顔に返ってくる。

 正直に言うと私もお風呂には入りたかった。体汗臭いし。でも、それより疲れが勝っていた。


「はぁ……これから大丈夫かなぁ」


 私はこれから先がひどく心配になった。

 マリーはあんな感じだし、三人はなんか前みたいになりかけているし。

 とにかく苦難しか見えない。はたして私はあの四人をまとめていけるのだろうか。


「憂鬱だ……」


 私はそう言いながら、だんだんと睡魔に囚われていく。

 そうして私はその日は深い眠りに落ちたのだった。

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