21 マリー・バートンは思い込む
「んーよく寝た。さて、それじゃあ今日もクエストに行きますかぁ!」
朝。
私はベッドから体を起こし、着替えて窓に向かって背伸びをしながら言った。
今日も絶好のクエスト日和だ。
「……ん」
側のベッドでマリーが起き上がる。
目をこすりまだ眠たげだ。
「あっマリー起きた?」
「うん……あれ、お姉ちゃん出かけるの?」
「そうだね。これからギルドに行ってクエストを見てこようと思って」
私は笑いかけながら言う。
「……私は?」
するとマリーは妙に真剣な顔で聞き返してきた。
「え? そうだね部屋に待機してもらうことになるけど……」
「――嫌ッ!」
すると、マリーはベッドを飛び出して私の服を掴んできた。
「マ、マリー?」
「私を置いていかないで! お姉ちゃんはずっと私と一緒にいるの!」
「だ、大丈夫だよだいたい日をまたぐことなんてないし……」
「それでも嫌なの! どうしても行くなら私を連れて行って!」
「え、ええ……?」
突然の言葉に私は驚く。
彼女は、私の服を強く握り決して離そうとはしなかった。
「……ということなんですがどうしましょうか皆さん」
とりあえず私はマリーと一緒に下の階に降り、やって来たみんなにこのことを話すことにした。
マリーは未だ私の服を掴んだままだ。
「どうするったって、なぁ……?」
「うーん、やっぱり我慢してもらうしかないんじゃ……」
茉莉と怜子が言う。
私もそれに頷く。
「だよねぇ。でもほら、さっきからずっとこんな感じでさ……」
「…………」
私の服を掴みながらも私の影に隠れみんなに渋い顔を見せるマリー。
そんな彼女に私達は皆困った顔になってしまう。
「まあでもマリっちの気持ちも分かるよ。愛依っちとは片時も離れたくないよねぇ」
同意を示したのはユミナだ。
監禁寸前まで言ったユミナが言うと正直ちょっと怖い。
「ああそれは同意。アタシもできるならずっと愛依と一緒にいたい」
「うん、わたしも。確かにいられるなら一緒にいたい」
同意する茉莉と怜子。
いやまあ同意はしますよねあなた達なら。
「じゃあ……!」
「でも、それとこれとは話が別だ。確かにアタシ達も愛依とずっと一緒にいたいよ。でも、それを我慢してやってるんだ」
「だねー。愛依っちはみんなの愛依っちだもんねー。そこはみんなで共有しようって話になったから」
ちょっと言い方は引っかかるが確かにそうだ。
みんなは納得したとはいえ一応我慢の形を取ってもらっている。
「だからね、マリーちゃんもここは我慢しよう……?」
「嫌! お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなの! 離れたくない!」
諭すような怜子の言葉。
だが、マリーは断固として態度を崩さない。
「私の……?」
しかも、そのマリーの言葉に怜子達はピクリと眉を動かした。
……ヤバいかもしれない。
「そうだよ? お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなの! 強くて凛々しくて私の事をずっと思ってくれる優しいお姉ちゃんなの! 私の家族になってくれるんだよ! ね! お姉ちゃん!」
「どういうことなの愛依ちゃん!?」
「そうだよ聞いてないぞ!?」
「家族になるとか聞き捨てならないねー」
マリーの言葉に三人は私に詰め寄ってくる。
「い、いや私はそんな事言ってないよ!?」
さすがにこれは私も否定する。確かにお姉ちゃん呼びは許可したが……。
すると、マリーが不思議そうに私の顔を見てきた。
「え? お姉ちゃんは私の家族だよ? もうずっと一緒だよ? みんなこそ何言ってるの? 当然じゃないそんなの」
「ええぇ……?」
さもそれが常識で間違っているのは私達と言わんばかりの言い方だ。
ちょっとそれには私も困惑する。
マリーは更に言う。
「これからもお姉ちゃんは私のために生きてくれるの。お姉ちゃんは私だけを見てくれるの。私と、お姉ちゃんと、そしてキトラ。三人で仲良く暮らしていくんだ」
笑って言うマリー。その言葉に応えるように「キシャア」と鳴くキトラ。
……これは、なかなかにまずいかもしれない。
彼女は楽しげに言っているが、あれだ。
瞳がよく見たあの色をしているのだ。
真っ暗で、輝きのない渦巻いた瞳。
以前怜子達が見せた、昏い瞳になっていたのだ。
つまり、そういうことだのだ。
マリーは、私に母親の面影を重ね依存してしまいすぎた結果、私に対して重すぎる感情を持ってしまっているのである……!
「……へぇ」
「ほう……」
「ふぅん……」
そんな彼女の姿を見てみんなも察したのか、三人がとても怖い声を出す。
更にだ。
三人の瞳が、かつて見せた、マリーと同じ昏い瞳に戻っているのだ。
ああまずい。これはとてつもなくまずいぞ……!
「なかなか言うじゃない……でもさ、それは愛依ちゃんにとって迷惑じゃないかな? だよね愛依ちゃん? それとも、愛依ちゃんは私達を裏切っちゃうのかな? そんな事ないよね? ね? 愛依ちゃん?」
「そうだよな、子供のわがままに付き合ったりはしないよな? なんならアタシが剥がしてやってもいいんだぞ? そういうことは愛依苦手だもんな。なぁ愛依?」
「やっぱさぁ愛依っちはずっと部屋にいてもらったほうがいいかもしれないねー。大丈夫だよー、うち達が責任持ってしっかり面倒見るからさー」
「おっ、落ち着いてみんな! まずは一旦落ち着いて! 冷静になろう!? ね!?」
風向きが危ないので私は必死に四人に呼びかける。
このままではせっかく三人が落ち着いたのに元の木阿弥だ。それだけはなんとしても避けたい。
「大丈夫だよーわたし、今とっても冷静だから。うふふ」
「だよなーなんか今すげー頭回ってるっつうのによー。ははは」
「まったく愛依っちったらおかしなこと言うよねー、へへへ」
だが、明らかに三人とも聞いていない!
やばいって! それが冷静じゃないって言うんだって!
しかも、それだけじゃない。
「ふぅん……三人とも私とお姉ちゃんを引き離そうとするんだ……よくないと思うなぁそういうの。ま、家族の仲は絶対に引き裂けないんだけどね。ねぇお姉ちゃん!」
私にそんなことを言いながらマリーが笑いかけてきたのだ。
これ、返答次第では大爆発するやつだ……!
「……えっとね、そのね」
もう私は汗が体中でだらだらと流れている程には動揺している。
しかし、何も言わないのもそれはそれで悪手だ。
働け、私の脳……!
「……わ、分かった」
そして、私は一つの答えを導き出した。
「クエスト、ついてきなよマリー。それで足を引っ張らなければ私達に同行してもいいよ」
「本当!? やったあ!」
「ちょっと愛依ちゃん!?」
「オイオイオイ……」
「それはどうなのさー」
「まあ聞いて三人共! これはテストみたいなものだから! もしマリーが私達の足を引っ張ったならソレ以降はもうずっと部屋にいてもらうから! 採点は厳しく取っていくつもりだから! マリーもきっとそれで分かってくれると思う! ね! マリー!」
私は早口でまくし立て、そして最後にマリーに向けて言った。
それにマリーは、
「うん、分かったよ。これも家族としての試練なんだねお姉ちゃん。私が役に立つところ見せてあげるよ!」
と笑顔で答えたのだ。
一方で三人は、
「……まあ愛依ちゃんがそう言うなら」
「……ちゃんと厳しく見ろよ?」
「……そういうことならー」
と、渋々と言った様子だがなんとか認めてくれた。
あ、危ない……! マジで危なかった……!
私はとりあえずの危機を脱せてホッと胸を撫で下ろす。
「どうしてこうなった……」
一安心しながらも、私は小声でそう心情を吐露するのだった。




