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20 少女との生活

「というわけで、よろしくね。マリー」


 ギルドを出た私達は宿屋に戻り、談話室で改めて彼女に言う。


「馬車でもしたけど、新たに生活を共にするからもう一度自己紹介するね。私は日比野愛依。このパーティのリーダーで、プリーストをやってます。それでこっちが――」

「……士崎怜子。闇魔法使い」

「御園茉莉だ。ナイトをやらせてもらってる」

「櫻田ユミナだよー、一応剣士してるよー」


 怜子は少し暗い感じの表情だったが、茉莉とユミナは笑顔でマリーに言った。


「……よろしく」


 マリーはそんな彼女らに軽く頭を下げると、すぐさま私の側にやってきて私の服の裾を掴む。


「……む」


 そのマリーの行動に、ユミナがちょっと面白くないと言った顔をする。

 あーユミナは独占欲強いからなぁ……でも、ちょっとそれは嫉妬深すぎる気もする。


「ユミナ」

「……わかってるよー」


 だから私はユミナに注意を促すつもりで名を呼ぶ。

 すると彼女は、すぐさま笑みに戻り手をヒラヒラさせて言った。

 本当に大丈夫だといいんだけど……ちょっと不安。


「それじゃあこれからの生活の事だけど――」

「――私、愛依と一緒の部屋がいい」


 とりあえず今後の生活について話し合おうとしたそのとき、マリーが割り込むように言った。


「えっ!?」

「は?」

「うん?」


 彼女のその言葉に、三人が大きく反応する。

 ……ちょっとまずいかもしれない。


「わ、私としてはマリー用に一室用意してもらおうと思うんだけど……」

「嫌。愛依と一緒がいい」


 断固とした態度である。


「そ、そう……ならしょうがないかな……」


 ここまで強い言葉で言われると、つい頷いてしまう私がいる。

 うん、私って案外押しに弱いね。


『…………』


 ただ三人の顔が怖い。

 いや別に怒っている表情ではない。ただ怜子は今にも泣き出しそうな雰囲気があるし、茉莉は不機嫌が表情に出ているし、ユミナは顔は笑っているけど目が笑っていない。


「ま、まあまあみんな。一旦冷静になろう? ね?」


 私はあくまで笑って言う。

 いや冷や汗をもういっぱいかいているんだけど、それはなんとか隠して。


「……わたしは冷静だよ? それとも愛依ちゃんはわたしの事信じてくれないの……?」

「アタシも落ち着いてるよ? ああとても。 ただ愛依一人に負担させるのはよくないよなー」

「だねー。マリっちはもう一人でも大丈夫そうな年だし、我慢してもらわないとねー」


 冷静な口ぶりだけど絶対そうじゃないし。

 三人とも最近は落ち着いていたのになぁ……。

 とにかく今は三人を説得するのが最優先だろう。


「怜子、大丈夫。私は怜子を信じているよ。そんな怜子だからこそ、子供の気持ちは分かってあげられるよね?」

「……それは、まあ」


「茉莉もさ、私は大丈夫だから。マリーもきっと一人になったばかりで寂しいんだよ。だからね、配慮してあげるのが優しさだと思うんだ」

「……ったく、愛依は優しいなぁ」

「ユミナの言うことも分かるよ? 私も最初はその方向で行ったし。でもほら、一人って思ったより辛いのはユミナもよく分かってると思うし」

「……まあねー」


 よ、よし!

 なんとか説得できそうな方向に持っていけたぞ!

 あとはマリーを説得するだけ……!


「マリーはさ、一人なのが嫌なんだよね? 分かるよ寂しいもんね。そこは私の配慮が足りなかったよ。だったらさ、私達四人の部屋に交代で泊まるってのはどうかな? それならみんなとも交流できるし、マリーも寂しくないと思――」

「嫌。愛依の部屋がいい。愛依だけでいい」


 こっちはこっちで頑固だなおい!


「……どうして私と一緒がいいの? 私達、まだ出会って間もないよね?」


 気になるところはそこだった。

 私とマリーはまだ会ったばかりだ。

 でも彼女は既に私に強く執着しているように思える。

 その理由が知りたかった。


「それは……」


 すると、マリーが恥ずかしそうにもじもじとしだす。


「愛依、どこかママと似てるから……」


 そして言った。

 私はそれを聞いた瞬間、より彼女への同情が強くなるのを感じた。

 マリーは重ねていたのだ。私と、彼女の母親とを。

 どこでそう思ったのかは分からない。

 でも、彼女は確かにそう思っているのだ。

 ならば、そんな彼女に答えてあげるのが、年上としての責務ではないのか。

 私はそう思った。


「……そっか。なら、一緒にいよっか」


 だから私は、彼女の提案を受けることにした。

 確かに私の負担は大きいかもしれない。でも、肉親を失ったばかりの少女の気持ちを踏みにじる気にはなれなかった。


「……本当? ずっと一緒にいてくれるの?」

「……うーん、ずっとは難しいかもしれない。私達も、ここの人間じゃないから。でも、マリーが元気になるまでなら一緒にいてあげられると思うよ」


 私達は異世界の人間だ。

 いつか別れが来る。

 でも、それは今じゃない。

 だから私はあえてそう言った。


「……うん、分かった。ありがとう、愛依」


 私の言葉を理解したのか、マリーは少し笑って私に言ってくれた。

 この子、笑うと一段と可愛いなぁ。


「……ただし」


 しかし、私はそこで言うことにした。


「私はあなたのお母さんに似ているかもしれないけど、あなたのお母さんではないということは理解して。そこは混同すると、あとで困っちゃうかもしれないから」


 これはいわゆる線引きという奴だ。

 彼女が私の事を母のように思ってくれるのは嬉しいし、私もできるだけ気持ちに応えてあげたいと思う。

 でもそこを混同させすぎると、後で彼女を傷つけることになりかねない。

 だから私は、あえて言ったのだ。


「……うん、分かった」


 それにマリーはわりとすんなり従ってくれた。ちょっと寂しそうな顔もしていたけれど。

 でも、ちゃんと受け入れてくれたようでもあった。


「……じゃあ代わりにお願いがあるの、聞いてもらってもいい?」


 と、そこでマリーが聞いてくる。


「うん、何?」


 私は微笑みながら応える。すると、彼女は言った。


「その……愛依の事、お姉ちゃんって呼んでもいいかな? 私、お姉ちゃんが欲しかったの……お母さんがダメなら、お姉ちゃんで……」


 ふむ。そういう話か。

 まあそれならそこまで問題にはならないかな。元いた日本でも近所のちびっこによく愛依お姉ちゃんって呼ばれていたしそういう方向なら大丈夫だろう。


「うん、いいよ。好きに呼びな」

「ありがとう、お姉ちゃん!」


 マリーはそこで今日一番の笑顔を見せて言った。

 やっぱり、笑うと可愛い子だ。


「いいなぁ、お姉ちゃん呼び……わたしもしていい?」

「あ、じゃあアタシも……愛依お姉ちゃん……」

「ずるい! うちも! おねーちゃん!」

「お前らは同い年じゃろがい!」



   ◇◆◇◆◇



 その夜。

 マリーは昼の相談通り私の部屋に滞在することになった。

 もちろん宿屋にはプラス一人分の滞在費は出している。


「マリー、そろそろお風呂行くよー?」


 そんなマリーに、私は言う。

 宿屋でのお風呂の時間は決まった時間に入らないといけない。

 時間自体に余裕はあるが、マリーがこれから一緒に部屋で過ごす関係上、早めに寝たほうがいいとは思うのでお風呂も少し余裕をもって行きたかった。

 だから、私はあえて急かすように言った。


「ちょ、ちょっと待って……!」


 マリーは自分の着替えを落としそうになりながらも私の方に駆けてくる。ドラゴンのキトラも一緒だ。

 私はそんなマリーに微笑みながらも、ドアに手をかけ一緒に部屋を出る。

 浴場は一階にあるので、私とマリーは部屋を出た後に階段を降りて浴場へと向かう。


「あ、愛依っち。それにマリっち」


 そして脱衣所の入ると、そこには既に服を脱いでいるユミナがいた。

 ほぼ脱ぎ終わっている怜子と茉莉もいる。


「やあ三人とも。三人もこれからお風呂?」

「う、うん。そういう愛依ちゃんも?」

「この仕事やってるとたまにあるが、昨日一昨日は入れなかったからな。やっぱりさっぱりしたいよな」

「だねぇ」


 私も頷きながら服を脱ぎ始める。

 マリーも見よう見まねで服を脱ぎ、近くのカゴに入れる。

 そうして五人とも裸になると、私達は戸を開け湯けむりの籠もった浴場へと行く。


「さぁマリー、最初は桶にお湯を汲んで体を洗うんだよ。綺麗にしてから入るのがマナーだからね」

「う、うん」


 私の言葉に従ってマリーは近くにあった木の桶にお湯を入れ、それを体に軽くかけてから体を石鹸で洗い始める。

 キトラは別の風呂桶に湯を入れてそこに入ってもらった。

 が、どうにも体を洗う手付きがぎこちない。


「……もしかして、あんまり自分でやり慣れてない?」

「……家ではメイドさんがやってくれたから」


 マリーの回答に軽く驚くも、そういえば確かにマリーの家はかなり大きかったし受付嬢さんも地元の名士だと言っていたのを思い出した。

 なので、私は彼女の後ろに座り言う。


「……今日だけ。これからは自分でやるんだよ」


 そして私は、石鹸とタオルを手に取り、泡立てて彼女の体を洗い始めた。


「ああっ! いいなぁアタシも愛依に体洗ってもらいたい!」

「わ、わたしも……!」

「うちもー!」

「みんなは自分でできるでしょうが!」


 私はツッコミを入れるようなノリで言う。

 いやまあ別にやってあげなくもないんだけど、ここで甘やかすと後が怖そうで……。


「……それにしてもマリー、結構発育いいね。何歳だっけ? マリーは」

 三人に言った後、マリーの体を洗うのに戻った私はふと言った。

「……? 十三だけど」

「なるほど、それでこの胸はなかなか……」


 これは将来なかなかのスタイルになりそうだと、私は思った。


「何言ってんだ。ワタシ達の中で一番胸でかいの愛依じゃんか」

「だねー、愛依っちはデカパイだよねー。すっとんなうちとは大違い」


 と、そこで私達の右横で体を洗い始めていた茉莉とユミナが急に言った。


「は!? デカパイ!? ちょ、ちょっと下品だよユミナ!」

「えーでも事実じゃん。はー平たい胸のうちとしてはマジ羨ましいよー、ねぇ怜子っち」

「……なんでわたしに話を振るの?」


 私の左横で体を洗っていた怜子がじっとりとした目で言う。


「えーだって愛依っちはさっきも言ったようにデカパイだしー、マリっちは発育いいしー、茉莉っちも結構大きいからねー。仲間は怜子っちしかいないんだよー」

「それはそうだけどこう……悲しくなるからやめて……」


 明らかに気分が沈んでいる怜子。

 一方でユミナはいつも通りのほほんとしている。


「やっぱあれかなー、こういうのって天性のモンなのかなー。あーうちもデカパイに生まれたかったよー」

「だからその言い方下品だからやめなさいって」


 私はだいたいマリーの体を洗い終えたのでお湯をかけながら言う。

 そして今度は頭を洗うためにまたお湯を組み、今度は彼女の頭を泡立てた石鹸で洗う。


「しっかり目つむっておくんだよ」

「うん」

「やっぱいいなぁ、なぁ愛依、今度マジで頼むよ」

「うん、うちも本気でお願い」

「わたしも……」

「う……分かったよ、今度ね今度」


 しまった、つい三人の圧が強くて頷いてしまった。

 後が怖いってさっき思ったばっかりなのに。本当に押しに弱いなぁ、私。


「にしてもさー、こうして体洗ってるとシャワーとかシャンプーとか恋しくなるよねー。さすがにこの世界にはなかったけど」

「だねぇ。なんか大きい場所や貴族の住まいだと魔法を使ってあったりするらしいけれど、さすがに市井の宿の浴場じゃあねえ」


 ユミナの言葉に私は同調する。

 この世界、どうやらあるところにはちゃんとシャワーやシャンプーは存在するらしいのだが、それはもう本当に限られた人間の贅沢らしい。

 こういうところでどうしても日本が恋しくなってしまう。

 文明の差は大きい。


「……と、だいたい終わったかな。さあマリー、先に入っていいよ。私もすぐ体とか洗って入るから」


 そこらで私はマリーの頭を洗い終え彼女に言う。すると彼女は、


「大丈夫。お姉ちゃんを待つ」


 と言ってそばにキトラの入った桶を抱えながらしゃがみ込んだ。


「先に入ってていいのに……」


 私は苦笑いしながらも、手早く頭と体を洗う。

 そして二人で湯船に向かい、先に入っていた怜子達と共にゆっくりとお風呂で体を温めたのだった。



「さ、寝るよ。マリー」


 お風呂から上がり、読書などで少し時間を潰した後、私は部屋でマリーに言った。

 と、そこで私は今更気づく。


「あ……そういやベッド一つしかないや。うーん、どうしよ。後で布団用意するとして今日は私が床に野営道具使って寝るかなぁ……」


 キトラは床に敷いたタオルの上で寝ているが、さすがにマリーはそうはいかない。なら、私がそうするしかないと思ったのだ。


「……? 私はお姉ちゃんと一緒のベッドで寝るよ?」


 私が頭をかきながら言うと、マリーが応えるように言った。

 その言葉に、私はちょっと驚く。


「え? でもさすがに二人でシングルベッドはちょっと狭いよ? 気にしなくていいから――」

「お姉ちゃんと一緒に寝たいの。……ダメ?」


 マリーは少し不安そうな顔で聞いてきた。

 まったく、そんな顔で聞かれると断れないじゃないか……。


「……分かった。一緒に寝よう」

「うん!」


 マリーはとても嬉しそうな顔で頷く。

 そうして私とマリーは、同じベッドに入った。さすがに枕はマリーに渡して、私は腕枕だが。


「……お姉ちゃん」


 ベッドの中で、マリーが呟く。


「……ん? 何?」

「……ううん、呼んでみただけ」


 マリーはクスリと笑って言った。

 私はそんな彼女に微笑みながら、優しく頭を撫でる。

 そして、私達は眠りについた。


 こうして私達の新しい生活は穏やかに始まった……ように見えた。

 だが、私の思いがけない困難はここから始まるのだった……。

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