18 滅びの村
「さーて、今日もバリバリ働きますか!」
翌日、私は四人で冒険者ギルドを訪れていた。
今日も今日とてギルドでクエストを受けるためである。
「いらっしゃいませ、みなさん」
カウンターで受付嬢さんが笑顔で迎えてくれる。
うーん相変わらず一分の隙もない笑顔だ。
「どうも、受付嬢さん。今日何か新しいクエストは入ってますか?」
「そうですねぇ……初級クエストだといくつか入ってますね。素材回収などどうです?」
「うーん……悪くはないんですけど」
私はちょっと渋る。
私達が冒険者として働くのは日銭を稼ぐためというのもあるが、他に大きな目的として元の世界に帰る方法を探すためというのもある。
最近は蓄えもできて日常生活をそれなりに送れるぐらいにはなってきたので、そろそろ何かきっかけとなるクエストがやりたい、というのが正直な気持ちだ。
「他にもっとないですか? ほら、この前の遺跡の調査みたいな」
「うーんそうですね……この前の遺跡調査クエストは想定以上の難易度だったのを皆さん自身が体験したと思うんですが、それはそれとしてかなりのレアアイテムが見つかってみなさんに渡した報酬も多かったので、それで二匹目のドジョウ狙いでその手のクエストは人気が急上昇しているんですよね」
「なるほど……」
確かにあのときのクエストで私達はかなりの報酬を手に入れた。
ちなみにその報酬は一部を全員の装備の一新に使い、あとは今後の使い道を考えるために貯金するという形になった。
ちなみに三人からは拠点が欲しいという声も強かったのだがよく考えた結果却下した。
だってまだ人目のある宿屋だから自制できているけれど、それらが消えたら三人のタガが外れそうで怖くて……。
いやみんなの事信用してない訳じゃないんですよ? ただ念のためというかなんというか……。
それはともかく、外征系のクエストが今無いのは少し困るな。
「となると、やっぱりあるのは討伐とか採集クエストですかね……うーん今日はしょうがないのかなぁ」
「そうですね……あ、ちょっと待って下さい」
と、そこで受付嬢さんが掲示板に向かい、貼られているクエストを確認しだした。
そして一枚の依頼書を掲示板から取ってこちらに持ってくる。
「探索ではないですが、一応外征系のクエストならこれがありましたね。少し前に張り出されたものです」
「ええとどれどれ……ケドリア村の調査依頼?」
私は依頼書に書かれた依頼内容をそのまま読み上げる。
「『南西山岳部にあるケドリア村と音信不通になった。行商人が来ず、手紙も帰ってこない。不思議なので何があったか調べて欲しい』か……」
「ええ。ケドリア村はこの帝都からは少し遠く、内容もただの確認なので手に取る冒険者さんがいなくて残っていたんです。もしよければこちらのクエストを受けてみては?」
「ふーむ、私としてはいいと思うけど、みんなどう思う?」
私は振り返ってみんなに聞く。すると、
「わたしは愛依ちゃんが決めたことならなんでも……」
「ああそうだな。愛依に逆らうやつがいたらぶん殴ってやる」
「うちも右に同じー。愛依っちが間違うことなんてないものねー」
と帰ってきた。
「お、おう……」
なんというイエスマンぶり……それでいいのか諸君ら。いいんだろうなぁ……。
「じゃ、じゃあ受けます」
「はい、分かりました。ケドリア村までは片道で数日かかるのでしっかり準備していってくださいね」
受付嬢さんはいつものようにニコニコとした顔で言った。
私は頷き、さっそく村にいくための準備をするために街に出るのだった。
◇◆◇◆◇
「ふう……馬車を借りられてよかったね」
私は馬車の荷台で揺られながら言った。
あの後私達は街で長旅の準備をしていたのだが、その途中馬車を借り入れることのできる厩舎を見つけ、交渉したら借りることができたのだ。
故に今私達は、村へと続く道を馬車の荷台に揺られながら進んでいる。
「そうだね……でも大丈夫? 報酬的には足で行ったほうがよかったんじゃ……」
「まあね。でも今回の依頼は報酬目当てと言うよりも遠出して手がかりを探す事の方に重きを置いているし。あと、資金はこの前の遺跡で十分得たからね」
「だねー。ま、貧乏性の怜子っちはそういうとこ気にしちゃうんだろうけど」
「……ユミナちゃんと違ってわたしは後先もしっかり考えているだけだから」
「ああもう喧嘩しないの!」
視線で火花を散らす怜子とユミナに私は言った。
三人の仲は回復したとはいえ、たまにこうして喧嘩することが増えた。
どうやら彼女達はそれぞれ他の二人は私を巡るライバルという気持ちが芽生えたようだった。
正直そんな不健全なライバル関係は良くないと思うのだが、以前のように目に見えて険悪にならないだけマシだと思うことにもしている。
とは言え、さすがに私の目の前でこうバチバチとされては止めるのだが。
「ねぇ愛依ちゃんは堅実な女の子のほうが好きだよね? 嫌いなんて言わないよね?」
「ええー? 愛依っちはうちのゆとりのある考えも認めてくれると思うんだけどなー、ねぇ愛依っち?」
「ええ……そこで私に振るぅ?」
ただ、そうするとこうしてこっちにも火の粉が降り掛かってくる事があるのがたまに困るのだが。
「おい……人がスキル持ってるからってわざわざ馬の手綱を引いてやってるのに、何愛依の事取ろうとしてるんだ……? 愛依の一番はアタシに決まってるだろ!」
と、そこで馬の手綱を握り馬車を操っていた茉莉も参戦してくる。
うおぉまあしてくるだろうけどさぁ!
「別に一番がどうって話じゃなかったよねぇ!? むぅ……」
私は軽く頭を掻きながら考える。
ここで下手に返答を間違うと、また三人の病み加減がひどくなる可能性がある。せっかく今は安定しているのに、それはなんとしても避けたい。
だから回答は慎重に選ばないと……。
「みんな違ってみんないいから一人なんて選べないよ。私は、みんなが大切」
私は少し間をおいてそう答える。
我ながらずるい答えだとは思うのだが、実際そうなのだから仕方ない。
これでみんなが納得してくれるといいのだけれど。
「んー……愛依ちゃんがそう言うなら……」
「……まあ、ここはそれでヨシとしようじゃないか」
「そっかー、おっけー」
なんとかみんな納得してくれたようだった。
怖えー回答するたびに冷や冷やする……。
ともかく、そんなこんなで私達は四人で馬車に乗って目的地に向かっていったのだった。
そんなこんなで馬車に揺られ一日後。
「はぁ……はぁ……なかなか険しい山道だね……!」
村は山の上にあるらしく、途中で野宿をしながらも山まで来た私達は馬車を麓にあった無人の駅舎に停めて山を登っていた。
山道は一応舗装されているものの傾斜はどうにもならず、私達は苦労をしていた。
「だな……さすがのアタシもこれはちょっと疲れるな」
「ううー! しんどいー! 帰りたいー!」
「気持ちは分かるけどここまで来て帰るなんてのはナシだよユミナちゃん……」
「分かってるよー言ってみただけだよー……」
「ハハハ……」
先頭を行く私の後ろでそんな声が聞こえてきて、私は思わず疲れながらも笑う。
こういうときは昔みたいで楽しい。いつもこうであってくれればいいんだけれど。
そんなことを思いつつも、私達は山道を登り続ける。そうしてしばらく上り続けること二時間ちょっと。
私達は、やっと村のある場所までたどり着いた。
のだが――
「――……何、これ」
私は目の前に広がった光景に、思わず口にした。
そこには、ボロボロに壊された家々、そして横たわり息絶えた人々の姿があったのだ。
立ち並ぶ家は明らかに何者かの手によって壊されており、家によっては乾いた血痕がべっとりとついている。
村の住人と思しき人達は家の近くだけでなく道端にも倒れており、背中や胸に傷を負っている者が多かった。
それは、明らかに襲撃の跡だった。
「う……!」
怜子が口元を手で覆う。どうやら必死で吐き気を抑えているようだった。
気持ちは分かる。私だってとても気分が悪くなっている。
それは程度の差はあれユミナや茉莉も一緒のようだった。
「おいおい何があったんだよ……」
「分かんない……でも、なんか大変な事があったのだけは確かだね……」
「……とにかく、生き残っている人がいないか探してみよう! そしたら話が聞けるかもしれない!」
私は嫌な気分を振り払うように言う。このままではここでずっと立ち止まり続けることになりそうだったからだ。
私の言葉に三人は頷き、四人で固まって調べることにした。
バラけてもよかったのだが、襲撃者がまだここにいるかもしれない危険性を鑑みると、四人でまとまっていたほうがいいと思ったのだ。
しかし、見つかるのは破壊の跡と死体ばかり。
一向に見つからない生存者に、私達はだんだんと絶望し始めてきた。
「これ、もしかして皆殺しにされちゃったんじゃ……」
「だな……ここまで探してもこんなんじゃ、さすがに……」
「…………」
怜子と茉莉の言葉に、私も閉口する。人の仕業か魔物の仕業か。
分からないが、とにかくひどい有様だった。
「……あ、みんな! あそこ見て!」
と、そこでユミナが声を上げて指を差す。
彼女の指差す先には、ひときわ大きな屋敷があった。
おそらく、この村の村長の家なのだろうと、私は思った。
「あそこならまだ人がいるかもしれないよ! ほら、なんかあったときって大きい建物に逃げたりするじゃん!」
「……そうだね、行ってみよう!」
私は彼女の言葉に従い、みんなでその屋敷に向かう事にした。
屋敷へと行く道の途中には普通の村人の死体の他に、武器を持った村人の死体も転がっていた。
抵抗の跡が見える。
私達はそんな遺体を見るたびに痛ましい気持ちになりながらも、屋敷にたどり着く。
屋敷の正面扉は壊されており、周囲には村人だけでなくオークやウェアウルフと言った様々な魔物の死体も転がっていた。
「どうやら襲撃したのは魔物っぽいね……」
「そうだね……でも、こんなに種類がバラバラなのはどうして……? 自然発生した魔物なら普通は一種の群れのはずなのに……」
怜子の言った疑問を私も思っていた。
魔物の死体はいろんな種類が転がっていて、とてもじゃないがただの群れが襲ってきたようには思えなかった。
謎は更に深まっていくように思える。
「……今はとにかく、生存者を探そう。すみませーん! 誰かいませんかー!」
私はそんな疑問を振り払うように大声で屋敷内に入って叫んだ。
「…………」
反応は帰ってこない。
ここもか、という気持ちを抑えつつ私達は屋敷の中を探索していく。
だがどの部屋も、人と魔物の死体があるばかりで何も見つからない。
さすがに私達は諦めかけていた。
そんなときだった。
「残すはこの部屋だけか……」
最後に残された部屋の扉を私は開ける。すると、そこにはいたのだ。
死体ではない、一人の人間が。
「あっ!? 君は……!?」
「…………」
一人床に座る少女の背中が、そこにはあった。
少女は、私の声を聞いてゆっくりと振り返る。
その少女は自分達よりも一回り小さく、金髪で、首筋まで伸びる髪で左目が隠れている。見える右目は碧眼で、吸い込まれそうなほど綺麗だ。顔も人形のように可愛らしい。
だが、その顔も涙の跡でボロボロだった。
服装は白いドレスで、胸元に青い宝石が輝いている。身なりからも裕福な家の少女なのが分かった。
きっとこの家の娘なのだろう。
「あなた達は……?」
振り返った少女は、私達に問う。そのとき、更に私達は驚いた。
彼女の胸には、小さな青い翼竜が抱かれていたからだ。
「わ、私達はこの村を調べに来た冒険者で……それは、ドラゴン?」
「……うん、キトラ。私の、大切な友達……」
少女はとても力のない声で言った。そこからも、疲弊しているのが分かった。
私はそんな彼女に近づく。そして、言う。
「……今は何があったのか聞かない。でも、とりあえずここをでましょう。大丈夫、あなたを襲う敵はもういないから……だけど一つだけ教えて。君の名は?」
「……私は、マリー。マリー・バートン」
これがマリーと、私達四人の出会いであった。




