15 友への想いを力に変えて
「……させない!」
私は三人をかばうようにリッチと三人の間に割って入る。
「……何やってんだ……! 逃げろ、愛依……!」
「だめええええええっ……! 愛依ちゃん……!」
「愛依っち……愛依っちだけでも、なんとか……生きて……!」
「うるさいうるさいうるさい! 三人とも黙ってて! マジックシールド!」
私は三人に叫びながら防御呪文を唱える。
すると、次の瞬間リッチの攻撃が私と三人めがけて飛んでくる。
「マジックシールドォッ! マジックシールドッッ!」
私はそれをすべてマジックシールドで防ぐ。
「ガガガ……」
そんな私を見て、無駄な抵抗と思われたのか、リッチが笑った。
不愉快だ。リッチのその姿は極めて不愉快だ。だが、それ以上に――
「いいから、逃げろ! め――」
「バカッッッ!」
私は怒っていた。三人に、である。
「逃げろってどういうこと!? 逃げられるわけないでしょ! 大切な親友を置いて逃げるなんてことがっ、できるはずもないっ!」
私はリッチのいたぶるような魔法攻撃を防ぎながら、思いの丈をぶつける。
「……愛依ちゃん?」
「私にとっては、みんな大切な親友なの! 誰かを見捨てるとか、誰か一人を選ぶとか、できるわけもないんだ!」
そうだ。できるはずもない。
私は、みんな、みんな――
「私はみんなが好き! いろんなことを知ってて、話すと楽しい怜子が好きッ!」
そう、怜子は私と話すときいつでも楽しい話題を用意してくれた。
私が飽きないようにと、いつでも心を配って新鮮な話のタネとして漫画やゲーム、アニメの話をしてくれた。
私はそれが楽しかった。
「とっても頼りになって安心させてくれる茉莉が好きッッ!」
茉莉はいつでも私を安心させてくれた。
彼女がいれば、どんな障害だって怖くないっていう気持ちになれた。
太陽のような茉莉の笑みに、何度だって救われた。
「誰よりも優しくて頑張ってるユミナが好きッッッ!」
いつでもみんなの中心にいながら、私の事を気にかけてくれたユミナ。
そんな彼女の背中を見て、私もああなってみたいって憧れた。
共に支え合って生きていきたいとすら思えた。
「私はみんなみんな、みんなが好きなんだ! それを、見捨てるなんて、選ぶなんてできるかーァッッッ!!!!!」
そうだ、見捨てるなんてできるはずがないんだ。それをみんなはやれ一人で逃げろ、一人で生きろなんて。
「一人なんてまっぴらごめんだっ!! 私はっ、みんなと一緒に生きる! そして、みんなと一緒に死ぬ! 最初から最後まで、私達四人はずっと一緒なんだあああああああああああああああああああああああっ!!!!」
私は喉がはちきれんばかりに叫んだ。
「……わたし、バカだ……こんなにわたしのことを想ってくれている愛依ちゃんが、わたしを一人にするはずなかったのに……」
「アタシもだ……愛依を守ろうとするあまり、愛依が大切にしてたもんまで壊そうとしちまってた……愛依はみんなが好きなのにさ……」
「うちも……愛依っちの愛はおっきいから、独占なんて難しいって当然なのに。それをうちは短絡的に……」
三人の声が聞こえる。
三人が分かってくれた声が。
私の気持ちが、通じた声が。
ああ、やっと。やっとみんなが昔に戻れたのに。
なのに……なのにもう魔力が残り少ない。このままでは、私の魔力は切れ、みんなの命は奪われてしまうだろう。
ならば、私は自らの命を魔力に変えてもいい。何をしたっていい。
ああ、神様。もしいるなら、どうか私に力を……!
その刹那――
「……えっ!?」
私の体が、うっすらと光り始めたのだ。
そしてそれと同時に、体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。
「これは……!?」
「お、おい! 一体どうなってるんだ……!?」
「へっ……!?」
それは私だけではなかった。怜子も、茉莉も、ユミナも輝き始めたのだ。
そして彼女達も内から湧き出る力を感じているようだった。
「ガガ……!?」
一方で、突然のことにリッチは動揺しているようだった。
そのタイミングで、新たな隙が生じた。
「もしかして……うん、いける! グランドオールヒール!」
そのタイミングで、私は唱えてみる。まだ習得していないはずの、最上位の全体回復魔法を。
すると――
「おお……足が、足が、治った……!」
三人が負っていた重症が見事に完治したのだ。三人の体を動けないまでにしていた大怪我が、まるで何もなかったかのようにしっかりと癒やされたのだ。
何が起きているかわからないが、これはいける。私はそう思った。
「みんな……行くよっ!」
「うん!」
「ああ!」
「もちろん!」
私の隣に横並びになって、応える三人。
「さあ、反撃開始だ!」
そして上げる。
反撃の狼煙を。
「アタックアップ! マジックアップ! クイック!」
私は全体魔法をかける。攻撃力を上げる魔法、魔法攻撃力を上げる魔法、そして移動速度を上げる魔法だ。
「はっ!」
「だっ!」
それがかかった次の瞬間、ユミナと茉莉が二人で駆ける。ものすごい速度でかけた二人は、
「はあああああっ! ハイスラッシュ!」
「だあああああっ! シールドボム!」
同時に、それぞれ大きく敵を切り伏せる剣術スキル、ハイスラッシュ。そして盾の表面を爆破させてダメージを与えるという盾スキル、シールドボム。
それら上級スキルで左右の腕を攻撃した。
まったく同じタイミングで、である。
「ガガガガガッ!?」
その二人の攻撃で、リッチの両腕が吹き飛ぶ。腕が吹き飛んだことにより、錫杖は地面に落ち、ぎぃん! という甲高い音を立てる。
「いくよっ! ギガントフレアッ!」
さらにそこに、畳み掛けるように怜子が上級魔法を唱える。
「ガガガガガガガガガガガガガッ!?」
先程リッチが出した火柱も大きかったが、たった今怜子が出した炎とは比べ物にならない。
ものすごい炎の柱がリッチを豪快に燃やす。
「ガ……ガ……」
腕を吹き飛ばされ、炎に焼かれたリッチ。
もはや、リッチは虫の息だ。
「今だっ!」
「愛依ちゃん!」
「トドメ刺しちゃって!」
三人に託される、熱い想い。
「うんっ……!」
私はそれに答える。
すべての思いを込めて。
「すぅっ……」
軽く息を吸う。
この一撃で決める。
その決意を胸に込め、吐き出すように。その呪文を、放つ。
「……シャイニングスパークッ!」
最上級の光魔法を。
「ガガガガガガガガガガガガガガッ……!?」
最上級魔法、シャイニングスパークは、見事リッチに直撃した。
眩く目も開けられないほどの光の爆発が、リッチを捉えたのだ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
リッチの断末魔が響く。
それと共に、リッチの体から色が失われていき、ボロボロと崩れ落ちていく。まるで季節外れの積雪が春の息吹に耐えられずなだれ落ちていくように。
そうしてリッチは、完全に消滅した。
ある種の、美しさすら抱いて。
「…………」
沈黙が、私達を支配する。
まだ夢の中にいるような、そんな気分。
「……やった、のか?」
そこで、第一声を発したのは、やはりというか、茉莉だった。
茉莉の言葉に反応し、先程までリッチがいた場所に集まってその場所を見るみんな。
「やった……みたいだね……」
「う、うん……やっつけたみたい……」
ユミナと怜子が、後を追って確認する。
私も、自分でトドメを刺しておきながらリッチのいた位置を確認する。そこには、焦げ跡だけがあり、残っているものは今にも吹き飛んでしまいそうな灰の山だけだった。
「……やったんだ……やったんだよ私達ーっ!」
私はそこで、感情が一気に高ぶって三人をぐわっと抱き寄せた。
「うわっ!? め、愛依ちゃん!?」
「おおっ!? 随分と強引だねぇ!?」
「ったく、びっくりしたじゃねぇか……」
三人がそれぞれ驚いたような声を上げる。
でも、その顔は悪いものじゃなかった。
「やったんだよ、やったんだよ私達! 協力して、あの怪物をやっつけたんだよ! 友情の勝利だよ!」
「も、もう愛依ちゃんったら……でも、そうかも」
怜子が言う。
今まで友人達すら拒絶していた彼女が、久しぶりに友と打ち解ける素振りを見せてくれた。
「そうだな……アタシ達四人で、勝ち取った勝利だな」
独りよがりに私を守ろうとしてくれていた茉莉も、今回ばかりは全員の勝利であることを認めた。それは大きな前進のように思えた。
「……だね、柄じゃないけど、みんなで勝ち取ったものって、なんかいいね」
私しか見ていなかったユミナも、今度ばかりはしっかりとみんなのことを見ている。私にはそれがちゃんと伝わってきた。
そんなときだった。
ゴゴゴゴゴ……と、私達の正面の壁から大きな音がしたのだ。
「な、何!? もしかしてまた新たな敵!?」
私達はすぐさま警戒する。
だが、そうではなかった。
目の前の壁が、音と共に両側に開き始めていたのだ。それと同時に、私達の入ってきた扉の鉄格子も解除されていた。
そして、開いた壁その奥には、金の台座にくっついている、まばゆく輝く水色の宝玉が置いてあったのだ。
「これは……?」
私達は恐る恐るその玉に近づく。
そうして、私は三人にアイコンタクトで確認を取った後、その宝玉を台座ごと手に取った。
「もしかして、これのおかげで私達は……?」
これのおかげで、私達は勝てたのかもしれない。これがどんな力を秘めているか知らないけど、そんな気がしたのだ。
「あいつ、これを守ってたのかな……?」
怜子が宝玉を見ながら言う。
確かに、私達新米の冒険者があんな大物に勝てる力を与えてくれるアイテムなら、守り人がいてもおかしくない。
それが、あのリッチ……あり得る話だ。
「これ……どうするよ」
茉莉が言う。
私はうーんと腕を組んで悩む。
「せっかくだし……勝利の記念に持って返っちゃおうか。遺跡を完全制覇したっていう証明にもなるし、なんかあったら持って返ってこいとも言われてるし」
「おっ、言うねぇ愛依っち。まあ愛依っちはそういうトロフィーとか欲しがるタイプだもんねーうんうん」
ユミナが茶化すように言う。
「べ、別にそういうわけじゃ……ギルドの命令優先! 優先です!」
私はその言葉に、思わず顔を赤らめてしまう。
「ははっ、でも本当じゃーん」
「だな、愛依って案外そういうとこあるし」
「そうだねぇ」
三人が私に笑って言う。
その笑顔に、それまでのわだかまりは感じられなかった。
私はそのことに更に嬉しくなる。
ちょっと泣きそうになるぐらいには。
「……ま、否定はしないけど。じゃあ、持ち帰っちゃおうか、これ。私達の、友情の記念に……なんてね」
私は自分でもわかるぐらい照れながら言うと、その宝玉を持って四人で一緒にあるき始める。
そうして、宝玉を持ったまま先程の戦闘があった部屋を出た直後だった。
――グラグラグラ……!
と、突然遺跡が大きな音を立てて揺れ始めたのだ。
「な、何何何ぃ!?」
私は突如の事に慌てて言う。
そこに、怜子が私よりは落ち着いた口調で言った。
「もしかして、その宝玉を外に出したから……」
「出したから?」
「遺跡が、崩壊をし始めているのかも……」
「……やばない、それ?」
「うん、やべーな」
「と、すると、することはひとつだね……」
私達は顔を見合わせ、
『逃げろーっ!』
声を揃えて、その場からダッシュし始めた。
もちろん、宝玉はしっかりと抱えたまま、である。
私達は遺跡の入り口を目指す。
その道のりは、さすがに大変だった。
次々と遺跡を構築していた石材がいたるところに落ちてくるし、まだどこからともなく現れたモンスターをかわして進まないといけなかったし。
「どうして倒したはずのモンスターが湧くんだよぉ!」
「わからない! でもこういうときってそういうものだしぃ……!」
「そういうものって何さ怜子っちー!」
「そういうものはそういうものなの……!」
「言ってる場合か! 舌噛むから集中して走る!」
私達は走る。とにかく走る。
途中で来た道が塞がれていたため、別の道を通ったり、その過程で倒れた石柱の上を登って通ったりした。
とにかく、死ぬかと思った。
だが、私達はそれでもなんとか出口の光が私達を迎えることとなる。
「みんな! 出口だ!」
「うおおおおおおおおお! 走れええええええええええええええっ!」
茉莉が叫ぶ。
その声に合わせるように、四人で必死に走る。
私達のその頑張りは報われ、なんとか四人とも無事に遺跡を脱出することができた。
「はぁ……はぁ……なんとか助かった……」
「そ、そうだね……本当に、なんとか……」
息を切らしながら言う私に、ユミナがそう声をかけてくれる。
私達はそうしてぜぇぜぇとなりながらも、ゆっくりと来るときに遺跡が全貌できた丘の上へと上がる。
そこからは、完全に崩れ行く遺跡が見て取れた。
「……終わった、ね」
「ああ……」
ユミナの言葉に、茉莉が頷く。
土煙を上げながら、岩塊へと姿を変えていく遺跡。
私達はそれを、最後まで見届けた。
「……いや、まだ終わってないよ」
私は、その光景を見終わった後に、三人に言う。
「まだ、これをギルドに届けてないでしょ? ちゃんと、終了報告をするまでが冒険だよ」
私はみんなにそう言った後にはにかむ。
すると、三人は一瞬キョトンとした後にくくっと笑い出した。
「ふふっ、そうだね」
「でもなんかそれ、遠足みたいだな」
「あんなことがあったのにねー」
「ははっ、そうだね。でも、それはそれ、これはこれ。さあ、ギルドに返って、終了報告をしよう」
『うん!』
私の言葉に、元気よく応える三人。
そうして、私達は笑顔でギルドへの帰路についたのだった。




