14 絶体絶命
「遺跡調査のクエスト……か」
ギルドのクエスト掲示板に貼られていた一枚の依頼書に、私は目が止まった。
「このクエスト、他のクエストと比べて難易度が高いみたいだ。未踏の遺跡調査……なんらかの秘宝があるから調べてほしいって」
「うん……でも、大丈夫? 私達、まだこのレベルのクエスト受けたこと無いけど……」
「なんだ怜子、ビビってるのか? 何、愛依はアタシが守るから安心しろって」
「あーまたそういうこと言うー! 愛依っちはうちのなんだからねー!」
「わ、わたしはただ心配で……!」
相変わらず喧嘩をする三人。
その様子に私は胃を炒めながらも、なんとかため息をつくのを止めて、三人に向き直る。
「今回はこのクエストを受けるから。このクエストは高難易度クエスト。これを達成すれば私達の名声も上がる。そうすれば、より情報が集まりやすくなって帰る情報も来るかも知れない。だから、このクエストをやる。みんないいね?」
「はーい」
「おう」
「……うん」
バラバラに応える三人。
その返答に私はとりあえず頷き、今回のクエスト目的の遺跡に行くことにしたのだった。
今にも吐き出したいため息をぐっと抑えて。
「……よし、ここだね」
遺跡の入り口に立って、私はようやく口を開く。
三人は相変わらず渋々という表情を隠そうともしていなかった。
「じゃあ行くよ。ここの遺跡には強いモンスターがいっぱいいるっていうから、みんな気を引き締めていこうね」
「……わかった」
「ああ……」
「おーけー」
三人はお互いから目を逸らし、私だけを見て言う。
そんなにそれぞれ話したくないのか。
なんだか、悲しさが私の胸を吹き抜けていく感じがした。
でも、これは私が選んだ選択なんだ。私が悲しくたって、みんなが喧嘩になるよりはマシだ。
私達は遺跡の中へと入っていく。
遺跡の中には、情報通りモンスターがうろついていた。
ゴーストにゾンビ、大蜘蛛にゴブリン。
その種類は様々だ。
「みんな! 気を引き締めていくよ! それと、戦闘中はいがみ合わないこと! いいね!」
「……ん」
「ああうん……」
「はいはーい……」
「怜子! もっとはっきり応える! 茉莉! 曖昧な感じで答えない! ユミナ! はいは一回でいいから」
とにかく私は力強く三人を引っ張っていく。
そうでもしないと、私が耐えられそうもなかったから。
私達はそうしてギクシャクしながらも、戦闘はなんとか頑張って遺跡を進んでいった。
「キシャアアアッ!」
「っ! 愛依、危ない!」
急襲してくるゴブリンを茉莉がゴンと弾いて倒したり、
「アアアアア……!」
「愛依ちゃん下がって! フレイム!」
迫りくるゾンビの群れを、怜子が焼き払ったり、
「シャアアアアア!」
「愛依っちに近づくなこの!」
上から襲いかかってきた大蜘蛛をユミナが切り刻んだり、とである。
三人はなんとか私を守ろうと必死に戦っていた。
戦っている最中は私の言いつけを守ってくれているのか、三人はいがみ合うことはなかった。
だが、逆に連携することもなかった。
それぞれがぞれぞれの個人での戦闘。四人パーティの意味を感じさせない戦闘だった。
特に私は何もさせてもらえない。
ただ守られているだけ。そこに私は歯がゆさと悲しさを感じた。
でも、私が無駄に出張ると三人が何を思ってどうなるか分からない。
だから私は、先頭をきって三人を先導することと、遺跡をマッピングすること、細かい調査の役目に従事した。
私がそうすることによって、遺跡調査がなんとか形になって進むからである。
そうやって遺跡の奥まで進んでいき、ついに最深部と思わしき場所の目前の妙に広い部屋まで辿り着いた。
「ここが最深部か……あとはここを調べれば、今回のクエストは達成だね」
「…………」
「…………」
「…………」
三人は何も答えない。ただ、それぞれ目を合わせないようにしているだけである。
「……はぁ……」
私はついにひっそりとため息をつく。
本当に、なんでこんなことになってしまったのか。
できれば前みたいな仲良しグループに戻りたい。もし現代日本に帰れたら、その願いは叶うのだろうか……? もしかして、ずっとこのままなんてことも……。
そんなことを思いながら私は、最深部へとつながっているであろう扉へ手をかけた。
すると、そのときだった。
――ガラガラガラッ!
「っ!? 何!?」
突然の音に私達は背後を見る。すると、私達が入ってきた通路と部屋が鉄格子で塞がれたのだ。
「まずい! トラップだ!」
茉莉が叫ぶ。
私達はすぐさま最深部の扉から離れる。
すると、その私達がいた扉の前に紫色の魔法陣が現れる。
そしてそこから「グガア……!」と地の底から鳴り響くような悍ましい叫び声を上げる、巨大なモンスターが這い出てきたのだ。
「何……あれ……!?」
ユミナが声を上げる。
現れたモンスターは、ボロボロの薄汚いローブを来た巨大なゾンビだった。
ローブはボロボロながらも、どこかそのゾンビに威風を漂わせており、また、右手に持つ錫杖、そして、頭につけている、薄汚れながらも輝いている銅のサークレットがそのゾンビがただのゾンビではないことを私達に教える。
「あれは……リッチ……!」
その姿を見て、怜子が言った。
「知ってるの!? 怜子!?」
「うん……魔術を仕える最高位のアンデッド……! ギルドのモンスター図鑑で記述を見たことあるし、ゲームでも見たことある……! でもまさか、こんなところに出るなんて……!?」
「ガガ――――」
困惑する私達をよそに、リッチは完全に部屋に現れると、私達を見下ろし、錫杖を掲げて何かを呟き始めた。
詠唱だ。
私はとっさにそれを感じ取った。
「っ!? 来る! みんな、散開!」
私達は固まっていた状態から散り散りに走る。
すると、次の瞬間、私達のいた場所に巨大な火柱が立ったのだ。
「くっ!? なんて大きさっ……!? こんなの私達で相手にできるの……!?」
「っ! つっても、やるしかないっしょ! はっ!」
そう言って先陣を切ったのはユミナだった。
彼女は素早くリッチに駆け寄り、その剣を振るう。
「たあっ! 二段斬り!」
リッチの脚部に彼女の二段斬りが決まる。鮮やかな剣技だった。だが――
「…………ガガ」
リッチはまったく意に介していないようだった。
そして、ゆっくりとユミナのもとへと向き、錫杖を向けて再び呟き始める。
「っ!? ユミナ危ないっ!」
「分かってるっ!」
ユミナはその場を飛び退く。
「ガッ!」
すると、今度はユミナのいた足元から巨大なつららが生えてきたのだ。
「危なっ……!? もう少しで串刺しになるところだった……!」
「今度はアタシだっ!」
次に突っ込んだのは茉莉だ。茉莉は盾を構えリッチに突撃する。
「シールドバッシュ!」
茉莉はそのまま盾でリッチに突撃した。
「……ガガガ」
だが、リッチはものともしていない。
「ちいっ……!」
むしろ、茉莉がリッチの巨大な体に弾き返される始末だ。
「ガガ……」
今度はリッチが錫杖を大きく振り上げる。魔法とは別の、直接的な攻撃動作だ。リッチはその錫杖で茉莉を殴りつける。
「ぐっ!?」
ナイトという職業上素早く動けない茉莉は、それをかわせない。なんとか盾で受け止めるも、リッチを弾き飛ばそうとした茉莉が逆に大きく後ずさりさせられてしまった。
「茉莉!」
「だっ、大丈夫だ! なんとか姿勢は維持した!」
盾を構えた状態で、茉莉は応える。
「わ、わたしだってやるときはやるんだから……! ファイアアローっ!」
今度は怜子だ。
彼女は何本もの炎の矢を魔法で作りリッチめがけて放つ。
「……ガガガガ」
それに対し、リッチは錫杖をかざして詠唱する。
すると、そこに今度は水の壁が現れ、その矢を防いでしまった。
「う……! 魔力の差がありすぎる……!」
「ガガガ……」
その状態で錫杖を振るうリッチ。すると、その水の壁が波のように怜子に襲いかかったのだ。
「きゃっ!?」
避けられない! 私はそう思った。
「っ! マジックシールドっ!」
それを見て私は咄嗟に魔法を防ぐバリアを出す呪文を唱える。
それにより、その水流は怜子に当たるギリギリのところでかき消された。
「め、愛依ちゃん……ありがとう……」
「お礼はいいから! 戦闘に集中して!」
私は叫ぶ。
リッチは相変わらず余裕そうに私達を見下ろしていた。
まるで、品定めでもするかのように。
「ガガ……」
「くっ! 魔術師としての差が圧倒的だけど、私もやるしか……! セイントっ!」
私は光の爆発をリッチに浴びせかける。
「……ガッ」
すると、その攻撃は直撃し、一瞬リッチが揺らいだ。
「弱点を突いた!?」
どうやら光魔法が弱点らしい。どうやら弱点は普通のアンデッド系モンスターと変わらないようだ。わずかながらだが、勝機はあるっ……!?
「よし、冷静に対処すればもしかしたら――」
「今だ、突撃っ!」
「はああああああああああああっ!」
「え、ええいっ! ファイアアロー! サンダーアロー! ウォーターアロー!」
それを隙と見た茉莉が突撃し、それに後からユミナが一緒に突っ込む。更に怜子が走って私の前に出ながら魔法を乱射する。
「みんな! 待って! 迂闊すぎる!」
私は叫ぶ。だが――
「ガッ……」
既に遅かった。
怯みから戻ったリッチが大きく錫杖を振るう。
すると、大きな衝撃波が発生し、三人は部屋の天井スレスレを掠めるほどに大きく吹き飛ばされる。
「がっ……!?」
「ぐっ……!?」
「ああああっ……!?」
三人は激しく壁に叩きつけられ、バタンと床に落ちた。
「みんなっ!!」
私は叫ぶ。だが、三人は床に倒れ込んだまま、起き上がれないようだった。
「ああ……やべぇぞ、コレ……骨、折れてる……!」
「あ……足が……!」
「痛い……痛いよぉ……!」
「みんな……!」
苦痛の声を上げる三人。
「ガガガ……」
そんな三人を見て、それまで動いてすらいなかったリッチが動き始める。
自らの手で三人にとどめを刺すために動き始めたのだ。なんと悪趣味な。
「そんな……」
絶望が、私達を包み込む。私達は今、どうしようもなく追い詰められていた。




