13 病む彼女達のクエスト
そうして私達は、ギルドでクエストを受注した。
内容は輸送任務。近くの村まで荷物を運ぶ、という単純なものだ。
前からやると言っていたクエストだったが、みんなで一つの物を運ぶために協力する。そうすれば少しはみんなの距離が元に戻るかもしれないと、そうした期待をかけていた。
利用する形になって依頼主さんには悪い気持ちがいっぱいだけど……。
とにかく、私達はその任務のためにさっそく帝都を出発した。
荷物は幸いそんな重いものではなかったので、誰か個人が持つことになった。
と、そういうことなので、戦闘ではあまり出番のない私が荷物を持つことになった。なったのだが……。
「愛依ちゃん、大丈夫? あたしが持とうか?」
「おいこら怜子ぉ! 自分に与えられた役目を逸脱して愛依に必要以上に近づくんじゃない! そういうの抜け駆けって言うんだぞ!」
「そだよー、そういうとこずるいと思うなーうち」
任務の途中で、やはり三人はいがみ合い始めたのだ。
今の私達の陣形は、私を中心に三人が三角形を作って進むというものだ。
それで、防御の要である茉莉が先頭になって進み、私の少し後方の左右に怜子とユミナがつく形になっている。
だが、怜子は私から離れているのが嫌なのか、陣形を無視して私に近寄ってきたのだ。
「……いいじゃない別に……私も魔法職だから、愛依ちゃんの近くにいるのは当然……」
「当然じゃあないんだよなぁ。 頭のいい怜子が陣形の意味分かってないはずがないんだよなぁ、うん?」
茉莉が大声で言う。
その言葉に怜子は不機嫌な表情を隠そうともしなかった。
「うーん、怜子っちがそんなに近づくなら、うちも愛依っちに近づいていいよねー。というか、愛依っちはうちのものだからうちが一緒にいて当然だよねー、離れてるのっておかしいよねー」
「いやまずその前提がおかしいから……!」
私に近づこうとするユミナを牽制する怜子。
それをお構いなしに近づいてくるユミナ。
さらにそれだけでは終わらない。
「あぁん!? だったらアタシも愛依に近づいていいよなぁ!? アタシ一人だけ離れるのって効果的じゃないよなぁ!」
おかしい……みんなの距離を縮めるために選んだクエストが逆にみんなの距離を離れさせている!
いや肉体的な距離はべったりだけど! なんかおしくらまんじゅうみたいな様相を呈してきたけど!
とにかくこれじゃまともに輸送なんてできやしない。私はみんなを説得することにした。
「みんな落ち着いて! 怜子! 自分の位置守って! そういう抜け駆けがあるとやっぱり面倒だから! ね!? 後々のこと考えられない怜子じゃないでしょ!?」
だから、私は怜子に言う。
とりあえず喧嘩の種になることはやめさせないと。
そう思ったからだ。
「…………愛依ちゃんが、言うなら……しょうがないけど……しょうがないけど戻るね……しょうがないけど……」
「大事じゃないことを三回も言わなくていいから」
怜子はしばらく逡巡した後に答え、自分の位置へと戻っていった。
「ユミナも! 私ルールをちゃんと守れるユミナの事好きだなー! だから頑張ろう?」
「……ま、愛依っちがそういうなら仕方ないねー仕方ないねー仕方ないねー」
「ユミナまで三回も言わんでよろしい」
「茉莉もさ! 陣形の大事さを解いてくれたのは茉莉なんだから、その茉莉が陣形を破っちゃだめでしょ? 私信じてるよ茉莉のこと」
「……まあな。アタシはそこしっかりしてるしな。他と違って。他と違って、他と違って……」
「だからなんで三回も言うのかな? かな? かな? って私にも伝染ったし」
こうして、三人を元の陣形に戻すことになんとか成功した。これだけでとても疲れた……。
「はぁ……」
私は大きくため息をついてしまう。
おっかしいなぁ、三人の体の距離とともに心理的な距離も遠ざかったぞ……。
これ、今後大丈夫なのだろうか……。
私はそんな不安を抱えずにはいられない。
結局、そのクエストは三人が言葉無くお互いを牽制し、途中あったモンスターの襲撃よりもそっちの気苦労が大きく私にのしかかった。
三人の険悪は村についても続き、なんというか、荷物を届けに行った村の人達には、なんというかひどいものを見せてしまった。
村の人、なんだかごめんなさい……。
翌日、今度受注したクエストは討伐クエストだった。
昨日いった村とは別の村の近くに出た巨大な熊のモンスターを討伐して欲しい、というクエストだ。
モンスターだけど熊。熊だけどモンスター。その正体は如何に。
てなことは置いておいて、強いモンスターをみんなで倒すという障害を超えれば、また絆が戻るかも知れない。
私はそう思った。
ただまあ、はい。これまでの経験上思ったことがうまくいくことが全然ないわけで。
今回もそうなったわけで……。
「ぬおおおおおおおおおおおっ! 愛依はアタシが守る!」
「ちょ、茉莉ちゃん……! 少しは距離を取って……! 魔法撃てない……!」
茉莉が例のごとく異様に張り切るせいで、連携も何もなくなってしまっているのだ。
「ちょっと茉莉っちー。頭冷やしてー。遠距離職の怜子っちだけじゃなくて近距離職のうちも絡みづらいぐらいに密着してるじゃーん」
「るせぇ! 愛依を守れるのはアタシだけなんだ! 二人に任せてられるか!」
そういうことじゃないと思うんだけどなぁ……。
私は頭を抱える。
でも、そうしている一方で茉莉は巨大熊からの鋭い攻撃によってどんどんと傷を負っていくわけで。
「ああもう! 茉莉! さすがにちょっと下がって! あと回復するから! ヒール!」
私は茉莉を叱りつけて無理やり後退させて、彼女を回復させる。
「で、でも愛依……それとサンキュー……」
すると彼女は、とても申し訳なさそうな顔で私を見た。
「でもじゃない! 下がる! あとちゃんとお礼言えて偉い!」
今回は茉莉が悪いんだけど、でもちゃんと私の言うことを聞いたことに関しては茉莉をちゃんと褒める。しっかり褒めておかないと後が大変そうだからね。
なんだか猛獣使いの気分だよ……。
「よーし茉莉っちよく下がったねー。じゃ、今度はうちがいくよー!」
「だからそれだとわたしが魔法撃てない……!」
「あーもう! ちゃんと連携してー!」
結局、その後もみんなで連携できることはなく、みんなの個人技で巨大な熊を倒すことになったのだった。
さらにその翌日のクエスト。
今度は素材の収集任務を受けた。洞窟で石を集めるという内容だ。
……うんまあ分かってますよ、今回も駄目そうだよね。
でもね、もしかしたらチャンスがあるかもしれないじゃない。
みんなで一つのものを協力して集めて仲が深まる。尊い関係を取り戻す。そんな奇跡を夢見てもいいじゃないのさ……!
「へへーん! どうようちのカゴの中身! 怜子っちや茉莉っちと比べて倍はあるよねー! 凄いでしょ愛依っち! うち、二人とは違うでしょ?」
はい、やっぱり無理でした。
ユミナが、持ち前の頑張りを見せて一人多く石を集めてそれで他二人に対して上から目線で見始めたのだ。
「ちっ……そ、それがどうした! 石の大きさはアタシのほうが上だぞ!」
「そ、素材の質だとわたしのほうが……」
「ふぅーん? で? 今回のクエストにそこらへん求められてないよねぇ? 駄目だよー仕事はちゃんと内容確認しないと? かーっ! やっぱ愛依っちに一番相応しいねぇ!」
「はいそこ! 石集めたぐらいでマウント取らない! というか石集めでなんでマウント取れるの!?」
「いや、だってうちが愛依っちを所有するのに相応しい優秀さはこういうところからも出てくるわけで……」
「私所有されないって言ってるよねぇ!?」
ユミナが最初にまともに戻ってくれそうだったのにもう完全に状態がリセットされているよもう!
「いい、今後そういうどうでもいいことでマウント取らないこと! 分かった!?」
「……ま、愛依っちがそういうなら」
とっても不満そうな顔で答えたユミナ。
うう、今後がとても不安だ……。
とりあえず、そのクエストはなんとかその後大きなトラブルはナシにこなせたけど……。
またさらに翌日。
今度のクエストは、下水道に住み着いたモンスター駆除の仕事だ。
なんでも大型ネズミのモンスターが複数下水道に住み着いて困っているのだとか。
うん、大変だね。ネズミはちょっと怖いけど市井の生活の危機だね見過ごせないね。
でもね、うちのパーティはもっと大変なんだなこれが。
「愛依ちゃん……こっちから行こう……! 私と二人で……!」
「はー? 愛依っちはうちと一緒に向こうから行くんですけどー?」
「んんー? おいおい愛依はアタシとこっちから行くに決まってるだろー?」
「ちょっとちょっとちょっと! 十字路だからってどこ行くかで喧嘩しないで! 四人で! 四人でそれぞれ一緒に行くから! そう取り決めたでしょうが!」
いちいち分かれ道に行くたびにこれである。
私は毎回頭を抱えることになった。
ああ、なんで臭い下水道でこうやって逐一足を止めねばならぬのか……。
と、そんなときである。
「……ん? うわあああああああっ!?」
私は思わず声を上げた。
巨大なゴキブリのようなモンスターが、壁の向こうから何匹も這ってきたからである。
無理無理無理! あれはさすがに無理だって!
と、思っていたのだが……!
「気持ち悪い虫野郎がよぉ! 愛依に近づくんじゃねぇっ! シールドブーメラン!」
「め、愛依ちゃんに寄らないで……! ファイアアロー!」
「あー気持ち悪い! 今大事な話途中なんですけど!? スラッシュ!」
三人が、ついでのようにその虫の群れを一瞬で駆除したのだ。
「おお……」
私は思わず感嘆の声を上げる。
「なんでこういうときだけ意見が一致するのですか?」
そして疑問の声も。
「さーて話の続きだ。愛依はだなぁ……」
「いや愛依っちは……」
「ううん愛依ちゃんは……」
「そしてどうして今度は意見がすぐバラバラになるのですか?」
私は疑問を呆れで頭痛を加速させていくのだった。
はたまたさらにその翌日。
今日は週末で休みだやっほーい。
クエストも無いからいがみ合いもないよねーわーい。
……分かってるよ思ってみただけだよ。いいじゃんそれぐらい。
「め、愛依ちゃんはわたしと今日一日本を読んで過ごすの……!」
「はぁ? 何言ってるんだ愛依は今日アタシとスポーツするんだよ」
「んー? いやいやいや、お二方とも御冗談をー。愛依っちはうちとまったりゆっくり二人っきりで過ごすんだよー?」
こんな風に休日でも私を巡る争いは止む気配はない。
むしろ休みという事で私を巡っての争いが腰を据えた舌戦になっている。
「二人の過ごし方は愛依ちゃんのストレスになる……! わたしと一緒に物語の世界に入り込むのが一番の休暇……!」
「いやいやーストレスはむしろそっちだろー? やっぱストレスってのは運動して発散するのが一番なんだって。スポーツ医学的にもそうなんだって」
「んー何かする事自体がストレスになると思うんだよねーうち。だからうちと一緒に何もしないのが愛依っちにとってのストレス解消になると思うんだよねー」
「私、たまには一人がいいなー!? みんなもたまにはゆっくりしたらいいんじゃないかなー!?」
私は叫ぶも彼女達に届かない。
ああ、こんなひどい有様でごめんなさい他の宿のお客さん達……! 今度アメを袋で買ってきて配るぐらいしかできないけど許して……!
「とにかく愛依ちゃんはわたしと……!」
「いいやアタシと……!」
「いやうちと……!」
「私に一人で過ごすっていう選択肢をちょうだいよぉー!」
……と、このように。
私と彼女ら三人はそんな風に日々をこなしていった。
メンタルに異常をきたした三人は、とにかく私を中心に動こうとする。
そして、それをなんとかなだめて生活していく。
彼女らとのそんな生活に、私は少しずつ心労が溜まっていくのを感じた。
でも、それを表に出すわけにはいかない。
もし私がそんなことを表に出したら、彼女らはさらに不安になってどうなるかわからないから。
だから私は頑張らないといけない。
私はそう思いながら、彼女らと冒険をしていった。
そんなある日だった。




