12 更に愛する者達
「…………」
「…………」
「…………」
ギリギリの均衡状態とでも言えばいいのか。
部屋に揃った三人は、言葉を発することなくただ黙ってお互いを睨み合っていた。
「……う……あ……」
私はそんな中で、どうするべきかをとにかく考えた。
第一声がこの状況を崩すと言っても過言ではない。
そして、もしその第一声が三人の中からの誰かから出た場合、とんでもないことになる。
私にはそんな確信があった。
なぜなら、今の三人は言うなれば導火線がギリギリのところで消えてくれた爆弾のようなものだ。
再度火がつけば、一瞬で爆発し、そして隣り合っていれば当然連鎖的に大爆発する。
その爆発で何が起こるのか予想がつかなかったが、とにかくひどいことになるのは予想ができた。
だが、私から第一声を発するとしてもうかつな発言はできない。
だって、その爆弾の導火線は全部私につながっているのだ。だから、ちょっとした火の気でも出してしまえば大惨事だ。
どうする、どうする日比野愛依……!
誰か特定の人物に話しかけるのは論外だ。
そうすると間違いなく他の二人の精神状況が一気にどん底に落ちる。
三人みんなに対しての言葉を言うしかない。
ならば何を言う? 何を……何を……!
「……――っ」
と、その瞬間、茉莉の口が開きかけた。
まずい!
第一声を発するなら彼女の可能性が最も高いのは分かっていた。
こういうときに発言をできる子だからね、茉莉は。
そしてめらめらに燃え盛った火の玉を投げつけてくることも。
だから、ここで彼女に言葉を紡がせるわけにはいかない。させちゃだめだ!
「ああっ! み、みんな! とりあえず部屋出て下の階で話そう!? あそこ広いし!? ねっ!?」
そこで私は無理矢理発言した。
内容は、問題の僅かな先延ばしである。
「……わかった」
「……うん」
「……いーよー」
よかった! 同意してくれた……!
とりあえず私は安心する。ここで否定の意見でも出れば、もう収集がつかない事態になっていただろう。
私は一番先に部屋を出て三人を先導する。
もちろん、何かないように逐一後ろを振り返って、である。
そうして安宿の一階にある丸テーブルを挟んで腰掛ける。
私から見て右から、怜子、茉莉、ユミナの順である。
「…………」
「…………」
「…………」
そして、座ったことによりまた始まる気まずい沈黙。
うう、胃が痛い……! 胃に穴が開きそうな気分ってよくお父さんが仕事の愚痴で言ってたけど今それをあなたの娘が実感していますよ!
周りにいた他の客達は、そんな私達の異様な雰囲気を察知したのか、皆逃げるように部屋や外に逃げていった。
ごめんなさい皆さん……。
「……えっとね。みんな、ひとまず落ち着こう? きっといろいろ誤解があると思うんだ、お互い」
そして、私は再び話し始める。
少しでも穏便に話が進んでほしいという気持ちからの言葉だった。
だが――
「ああ大丈夫だよ愛依。よーくわかってるから。そこのユミナが、愛依を監禁しようとしてたんだろ? よくないよなぁそういうのは」
「はぁ? しょうがなくない? 危ない人が側にいるんだから、ああでもしないと愛依っち大変じゃん」
「あん? 誰の事言ってるんだ?」
「んー? わかんないかなー?」
「……わたしからしたら、二人共危ないよ……!」
「……へぇ、言うじゃん怜子。でも怜子も人の事言えないぞ?」
「そだねー、怜子っちも相当だよねー」
「……ふーん、二人ともわたしのことそんな風に思ってたんだ……」
まずったああああああああああああ!
冷戦を諌めようとしたら、逆に開戦の口火切っちゃったよ私!
いや待て私! まだだ! まだホットなウォーにはなってない! まだデフコンはスリーぐらい! ギリギリでキューバ危機レベルまではいってないはず! だって口論の段階だもん! まだ暴力に訴えてないから! 挽回できる! 頑張れ私! ファイトおおおおおおおおお!
「ま、待って待って! 違うの! 大丈夫なの! みんな危ないなんて思ってないから私! だってみんな、私のことを思ってくれてるんだもん! 私のこと考えてくれる人が暴力沙汰起こして私を危険にしないって、私信じてるから! みんなは私の信頼裏切らないよね!? ね!? ねぇ!? アイトラストユー!」
「……まあ、うちは愛依っちのこと大切に思ってるから、暴力なんてありえないけどね。他はどうかなー?」
「は? アタシだって暴力には出ねーよ。愛依が悲しむからな」
「……あたしも、そういうの嫌いだし……」
よぉぉぉぉしぃ! なんとか乗り切ったぁ!
いける! やろうと思えば挽回できる! この調子でなんとかこの場を収めるしかない!
「だよね! うん、みんなが大人でよかったよ! だ、だからさ! 大人なみんななら話し合いができると思うんだ! できるよね!?」
「……まあ、できるけど……」
「……そうだな。愛依の頼みなら……」
「……いーよ。しようじゃん。話し合いってやつをさ」
なんとか話し合いの土台に持っていったぞ! 偉い! 偉いよ私! マルタ会談への道は開けたよ!
私は心の中でガッツポーズした。
「じゃあ話し合おうか。誰が一番愛依っちにふさわしいか」
「そうだな」
「そうだね……」
「へぇっ!?」
あるぇ!? なんかまた急に雲行きがぁ!?
「ちょ、ちょっとまってユミナ!? 何その議題!? どっから湧いてきたの!? そしてなんで茉莉と怜子もそれ受け入れているの!?」
「んー、愛依っちってそういうとこ鈍感だよねー。でもさー、私達三人はもう分かっちゃったんだよねー」
「だよなぁ、同じ穴のムジナって言うんだっけこういうの? とにかく、同じ臭いがしたっていうかさぁ」
「お互い根っこは一緒なのはなんとなく理解した……だから、一番大切なことを話し合いで決める」
「分かんないよぉ!」
確かに私は今回の台風の目っぽいよ!?
でもさ、それ決めたらまずいやつじゃん! なぁなぁにしとこうよそこは!
取り消し! さっきのガッツポーズは取り消し! まだ核戦争の火種は消えてませんでしたよっ!
「……愛依ちゃんに一番相応しいのはわたし……だって、愛依ちゃん、わたしを捨てないって言ってくれたもん。わたしとずっと一緒にいるって、言ってくれたもん」
「いやぁアタシだろう。だっていっつもアタシに言ってくれるんだぜ、頼りになるってさ」
「いやいや、うちだよーうち。だって愛依っち、うちの全部を自分にだけは見せていいなんて言ってくれたんだよ? これはもう確定でしょー」
ニヤニヤと怖い笑みで張り合う三人。
……あれ? これ、まずい流れじゃない?
このままいくと、多分――
「……埒が明かない。こうなったら……」
「……そうだな。こうなったら……」
「うん、こうなったら……」
「愛依ちゃん」
「愛依」
「愛依っち」
三人は底知れぬ暗さを持った瞳で一斉に私を見て、それぞれ話し始めた。
「この前、愛依ちゃんがクエストをやるの決めるってことになってたよね……」
「それにどういう面子で行くか、まだ決まってなかったよな?」
「でさぁ、これってちょうどいいよね。ねぇ……」
『誰と一緒がいい?』
……ああ、そう来るのか……。
「どうして……どうしてこうなった……!」
◇◆◇◆◇
これが、私が今置かれている状況のすべて。
異世界でのストレスと私の自業自得が招いた、惨事である。
「うぐぐ……!」
私は悩む。どう回答すべきか、悩む。
この回答ですべてが決まるのだ。慎重に回答しないと……。
「め、愛依ちゃんはわたしと一緒に行くの……! 二人は、休んでていいから……!」
「は? アタシと一緒に行くに決まってんだろ? 愛依を守れんのはアタシだけだからな」
「うーん、いっそのこと、うちは外に行くのは怜子っちと茉莉っちだけでいいと思うんだよねー。んで、うちと愛依っちが二人で待ってるの。それならいいじゃん?」
そんな私の側で、いがみ合う三人。
状況が、とても心苦しい。
この状況を打開できるかどうかは、私にかかっている。
私は……私は……!
「……みんな!」
私は大声で叫ぶ。
みんなの注目が私に集まる。
その中で、私は言った。
「……決めました! みんなで! みんなで行きます! クエスト!」
『……へ?』
三人の意表を突かれた声が揃う。
そりゃそうだろう。誰か一人を選べと言われて、私は全員を選んだのだ。
でも、私の決意は揺るがない。
「私は! みんなと仲良くしたいの! だから誰か一人選べなんて言われても選べない! だからみんなで行く! これは決定事項! 分かった!?」
「で、でも……」
「それはちょっと……」
「うーん……」
三人は露骨に渋る。でも、私の意思は揺るがない。
「いいから! 四人でクエスト行く! みんなそれ頷く! いい!? オーケー!? アンダースタン!?」
「う、うん……」
「わ、わかった……」
「愛依っちがそう言うなら……」
私の異論を挟む余地のない畳み掛けにみんなはとりあえず頷く。
とても渋々と言った様子だったが。
でも、とりあえずは了承させることができた。つまり、この場を乗り切ったのだ。
「よしじゃあギルド行ってクエスト受注してくるよ!? もしかしたら他の人に取られてるかもしれないけど、そのときはそのとき! 別のクエストを四人でやります! あと、今回のクエスト終わってもこれからは出来得る限り四人行動ね! じゃ、そういうことで! 出発進行! ゴーゴゴー!」
私は勢いで丸め込むためにそう言うと素早くその丸テーブルから立ち上がり、宿屋の玄関へと向かう。
「あっ、待って……!」
「ちょ、愛依早いって!」
「少しは準備させてー!」
困惑する三人。
分かってる。私の出した答えはただの「逃げ」だ。
でも、今はそうするしかないじゃないか。誰か一人を選べなんて、できないんだから。
私達はそうして四人でギルドへと向かった。その間に私達に言葉はなかったし、ギルドでクエストを受注して、目的の遺跡へと行く間もほとんど言葉は交わさなかった。
そこにあるのは気まずさだったが、私はあえて無視した。
気まずくたっていい。喧嘩になるよりはずっとマシだ。




