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11 偏愛の三つ巴

「……だめだ、こんなんじゃ」


 後悔からは何も始まらない。

 自分の不甲斐なさを嘆いていた私だったが、すぐさま立ち直ってそう思い立ち、私の戦いを始めた。

 なんとしてもユミナを説得して、この部屋から出ようという戦いである。

 とりあえずまずはオーソドックスに計画の不可能性を訴えていこう。


「ねぇユミナ。一旦落ち着こう。とりあえずそこの椅子に座って」

「うん、いいよー」


 私はユミナを椅子に座らせる。

 私はベッドに座る。

 この構図も四回目である。

 なんというかもう、すっかり安心感を覚える形だ。

 覚えちゃいけないはずなんだけどなぁ……。


「いいユミナ、こんなことしたってすぐバレるんだよ。部屋に人一人を閉じ込めておくなんて、とうていできっこないんだよ」

「ああ、大丈夫だよ。だって、そのうちここから二人で出ていくから」

「はい?」


 なんだか凄い計画が彼女の口から飛び出してきたぞ。


「愛依っちにはここにいてもらって、うちがある程度お金を稼ぐの。みんなには愛依っちはちょっと伝染りやすい病気にかかってしまったから部屋で休んでるってごまかしてね。それで、お金を即溜めて二人で誰も知らぬ場所へと引っ越すの! 大変だけどうち、頑張るから! だって、特別な愛依っちのためだもん!」

「……ああ」


 頭が痛い。

 なんというか、あまりにもあんまりだなぁ……。


「そんなの成功するわけないよユミナ……ちょっと頭を冷やして考えてみよう?」

「うーん……まあ確かに? 困難な道だとは思ってるよ? でもさ、そうでもしないとうちが愛依っちを独占するのって難しいじゃん」


 ユミナは拗ねたような口調で言う。

 ああ、一応自覚はあるんだ。よかった……いや状況的に全然よくはないんだけど。


「そうだよ、まず独占するっていうのが無茶あるんだよ」

「いやでも、うちは愛依っち独占したい!」

「正直だなぁ……」


 かつてないほどにユミナが正直である。

 他人の気持ちを推し量っているときとは大違いだ。あれもあれで、ユミナのユミナとしての一面なのではあるのだが。

 だが、今の彼女は間違いなく本音で話している。

 本当の彼女の素顔なのだ、これが。


「うち、ここまで誰かを求めるなんて初めてなんだよ! ここまで愛し愛されたいってのは、親でもなったことなかった! いや、愛されなくてもいい……うちの元に愛依っちがいてくれれば、それでいいの!」


 これはなかなかに重症だ……私はそう思った。

 親というワードに私は思い当たる節があったからだ。

 ユミナの親はあまり仲がよろしくないらしい。よく喧嘩をし、片方が不機嫌ということが多いと聞く。

 きっと、そんな環境で育ったからこそ、彼女は他人の顔色を伺うのが優れていったのだろう。

 そして、その親よりも私のことが欲しいと言った。

 これは、ユミナの求めている母性、父性といった両親からの愛を求める感情もひっくるめて私を求められていることだと思われる。

 つまり、相当根が深い問題なのだ。

 これ、私が解決できるのだろうか……。

 いや待て、すぐさま解決しなくてもいい。時間をかけてゆっくりと解決すればいいのだ。

 とりあえず、今はここから脱出することを考えなければいけない。

 そうすることが、次のステップへと繋がるはずだ。


「んーと……ねぇ、ユミナ」


 なので、私はちょっとキツいことを言おうと思った。

 怜子や茉莉にもそうしたように、である。

 ここで甘やかしてはダメなのだ。


「ん? 何かな、愛依っち!」

「そのね……今のユミナがやろうとしていること、やっぱり良くないと思うんだよ。だって、今のユミナは私を独り占めしたいから閉じ込めようとしてるんだよね?」

「うん、そうそう」

「でもそれって、言い方を変えれば私にユミナの顔色を伺って生きろってことだよね?」

「……え?」


 ユミナの顔が少し陰る。

 我ながら卑怯な物言いで心が痛むが、仕方ない。

 ひとまず状況を打開するためである。ごめん、ユミナ。


「うち……そんなことさせるつもりは……」

「うん、それは分かってるよ。でも、最終的にはそうなっちゃうんだよね」

「そう、なの……?」

「うん、そうなの。ユミナのしようとしていることは、そういうことを強制しちゃうんだよね。そのことの大変さはユミナが一番良く知っていると思う。だから、ユミナにそんなことを他人に強要して欲しくないんだ」

「う……それは……」


 よし、あとちょっと。

 とても心苦しいけど、あとちょっとだ。


「だからさ、私を無理に閉じ込めようとはしないで欲しいんだ。ユミナは優しく賢いから、そういうことはちゃんと理解してくれる子だって、私知ってるよ」

「……愛依っち……」


 ユミナが椅子に座りながらしょぼくれる。

 一応……理解してくれたのだろうか。


「うん……そうだね……うち、愛依っちに強要してたかもしれない。それは悪かったと思う。無理に閉じ込めるなんて言って、ごめんね……」

「……いいんだよ」


 私はユミナに笑いかける。

 そして、立ち上がって彼女の頭を胸に抱き寄せる。


「あっ……」

「大丈夫だよ、私はここにいるから。ちゃんと、ユミナのこと大切に思ってるから」

「愛依っち……愛依っちの鼓動の音、落ち着く……」


 どうやら彼女の頭を胸に当てていることによって、私の心臓の音が彼女に伝わっているらしい。

 それが、ユミナを落ち着かせているようだ。

 狙ったことではないのだが、とにかくこれで彼女は少しでも落ち着いてくれたかなと、私は思った。


「ねぇユミナ……別に、全部が全部ダメってわけじゃないからね。前も言ったように私の前では自分を曝け出してほしい。それに、私のことを独占したいほどに大事に思ってくれることは、とても嬉しいから。でも、それでユミナ自身がユミナの嫌だった姿になるのはよくないよ」

「……うう、うん」


 端切れが悪い回答だったが、なんとか私の胸の中で頭が縦に動いた。

 よしよし、大分落ち着いてきたぞ。

 これなら、ユミナはじっくり対話すればなんとかなるかもしれない。

 もともと私達の中で一番他人のことを考えられる子なんだ。

 ゆっくりやっていけば、きっと大丈夫なはずだ。


「ユミナ……ここから出よう。そして、みんなで頑張ろう。四人で、さ」

「四人で……」

「そう。きっと、みんななら乗り越えられるよ、ユミナ」

「愛依っち……うん。分かった。ここから出――」


 と、うまくいきそうなそのときだった。


「愛依っ!? ここにいるのかっ!?」

「め、愛依ちゃん!! どこなのぉ!? ここなの!? 愛依ちゃん!!」

「なっ!?」


 扉越しでもものすごい剣幕をしているのが分かる声が届いてきたのだ。私は慌てて声を上げ、ユミナから体を離す。

 声の主は、茉莉と、怜子だ。


「っ!? 今、愛依の声がしたぞ! おいごら! ユミナっ! 一緒にいるんだろ! 説明しろっ! なんで閉じ込めてやがるっ!」

「もしかして、わたしのこと嫌いに……? 嫌あああああああああああああっ!」


 二人の声はなんかもう凄い勢いだ。とてもマズイ状態なのが伺い知れる。


「うおっ!? 鍵固ぇ! このオンボロ宿と思えないほど固ぇ! もしかして鍵新造しやがったな!?」

「そこまでしてわたしの事やになっちゃったの!? 愛依ちゃん!?」

「……う、うるさいっ! 愛依っちはうちのものなんだから! 邪魔しないでよっ!」


 しかも、そんな二人に引っ張られて、なんとかなりそうだったユミナまで急に元に戻ってしまった。

 ああ……これは……いかんやつだぁ……。

 いかんすぎて感想が他人事みたいになってしまうぐらいにはいかんやつだぁ……。


「んだとぉ!? 開けやがれ! アタシの愛依に手ぇ出すとか、その性根叩き直してやる! 開けろっつってんだぁ!」

「だめぇ! わたしから愛依ちゃん取らないでぇ! 愛依ちゃんも、どこかに行かないでぇ! ああああああああああっ!」

「うるさいうるさいうるさい! 二人はそこでずっと指を咥えて大人しくしてなよ! 愛依っちは、ずっとうちと一緒にいるんだ!」


 もはや私の人権が存在してない。帝国でもしっかり保証されているらしい基本的人権が消し飛んでいる。

 私がメインなのに扉越しに私抜きの私争奪戦が始まっていた。


「言ったな!? 許さねぇ……シールドバッシュ!!」

「はぁ!? ちょ、ちょっと待っ――」


 突然の技名に、私は慌て叫んだが、時既に遅し。

 扉は茉莉によって吹き飛ばされ、扉を閉じていた簡易の鍵が吹き飛んだ。

 そして、茉莉と怜子、二人がユミナの部屋に入ってくる。


「……ああ……」


 私は絶望感に襲われながら頭を抱える。

 だって、部屋で邂逅した三人は、それぞれを凄い目で見てるんだもの。

 三人とも真っ暗な、やばい目で。


「……どうして、こうなった……」


 私はあまりにもな状況に、ただ呟くことしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよ三つ巴の火花が切って落とされる。 盛り上がってきてワクワク!
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