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10 櫻田ユミナは独占したい

「今日はうちとのクエストだねぇ愛依っちー!」


 その日、ローテーションでユミナとのクエストになった私は、朝の出会い頭にダッシュで彼女に抱きつかれていた。


「おわっ、ユミナ! そんな勢いよく飛びつかれたら腰をやっちゃうから!」


 私は彼女の勢いをなんとか抑えつつ言う。

 するとユミナは「はーいごめんねぇ。でもなんか愛依っちおっさんくさーい」とあっさり私を放してくれた。


「もう……じゃあどのクエストに挑むか見てこようか」

「オッケー!」


 ユミナは快活に応える。

 相変わらず元気のいい子だ。

 この元気の良さが、彼女の人気の秘訣である。

 ユミナはクラスで人気ものだった。私達のグループにいるが、彼女はそれと同時にクラスの中心でもある。

 常に明るく、周囲を和ませる癒やし系マスコットガール。それが彼女だった。

 でも、それが彼女のすべてではないことを、私は知っている。


「うーん、どれにしようか……」

「うちは楽なのがいいなー」

「言うと思った。ま、たまにはいいけどね。そうだなぁ……これにする? 平野での素材集め。魔法の触媒になる花を集めて欲しいんだって」

「えーそれはそれでたるくない?」

「でもモンスターは出にくい地域だよここ」

「あ、本当だー。うーん、戦闘になる確率が低いのは確かにそういう意味では楽かなー……そだね、これにしよっかー」


 ユミナは納得し、私は彼女と二人で目的地の平野に行くことにした。

 その道中はしっかりと道が整備されており、モンスターも出てこなかった。

 見立て通りである。

 なので、私達はおしゃべりしながら道を歩いていくことができた。


「えー!? 茉莉っちそんなになっちゃってたのー!? なーんかトゲトゲしてるなーとは思ってたけどさー」

「そうなんだよね。あのときは二人の前ではごまかしたけど……これ、怜子には内緒ね? 言うと、またメンタルが不安定になりそうで彼女のためにならないし」

「うん、オッケー! うちと愛依っちとの秘密ね! ……ふふ、秘密かぁ」


 ユミナはなんだか嬉しそうな顔で笑う。

 秘密の共有というものに、何かいいことでも感じたのだろうか。

 そんな風に二人で話しながら、目的の平野に着く。

 平野にはところどころに花が咲いており、それが今回の収集対象であることはすぐに分かった。


「おー生えてる! それじゃ、頑張って採ろっか!」

「あーい!」


 ユミナは気の抜ける声で返事をする。

 でも、それが彼女流であるため別に咎めたりはしない。

 私達はそれから少しの間別々に、しかし離れすぎないようにある程度の距離を保ちつつかごを片手に採集を行った。

 モンスターがほとんど出ない場所とは言え、離れすぎてもしものときにお互い駆けつけられなかったら大変だからである。

 そうやって集め始めて一時間半ほど。


「よし、こんなもんかな」


 私は自分のノルマの量を集めきり、満足げに笑う。

 そして、ユミナの元へと歩み寄る。


「ユミナー、私のほうはだいたい集まったよ。ユミナは?」

「あ、愛依っちも終わったんだ。私はね、ふふふ……じゃーん!」


 ユミナが自信ありげにかごを見せる。

 すると、そこにはノルマの三倍ほどの量が入っていたのだ。


「おお、凄いね!? いつの間にこんなに!?」

「ふふーん、うち、案外こういう作業得意なんだよねー! なんか、楽しくやってたらいつの間にかこんなに集まっちゃった! これは、報酬もガッポガッポだよー!」


 ユミナはにっこりと笑いながら言う。

 そんな彼女に、私も釣られて笑顔になる。

 やっぱり、この子はいい子だ。

 だからこそ、私は彼女に言う。


「ありがとうユミナ……いつも一人頑張って大変なのに、今日もこんなに頑張ってくれて」

「……へ?」


 ユミナがきょとんとする。

 一方で、私は続ける。


「ユミナ、こっちの世界に来て冒険者になるって決めてからずっとみんなのために笑顔でいてくれたよね。本当は辛いときもあっただろうに、それでも頑張って。……ありがとう。ユミナのそういうところ、凄いと思う」

「……愛依っち、気づいてたの?」


 ユミナが普段は見せないような声色と顔で言う。

 虚を突かれながらも、真面目さが出ていて、ちょっとだけ疲れた様子のある声と顔だ。


「そりゃそうだよ。だって、昔からユミナってそうじゃん。学校でみんなのマスコット扱いされてるの、本当は嫌なのに、でもみんなの笑顔が見たいからって自分も笑顔を作ってさ。小さい頃からずっとそう」


 ユミナは幼少の頃からそういう子だった。

 簡単に言えば、空気が読めすぎる子なのだ、彼女は。

 他人のちょっとした仕草一つ、表情一つで内心を伺って、相手が一番気持ち良くなる対応を取る。

 それが、ユミナという少女だった。

 でも、なんとなく私はそんな彼女の本心が伝わってきているように思っていた。

 理由はよく分からない。ずっと一緒にいるからかもしれないし、ただ単に相性の問題かもしれないし、もしかしたら勝手な勘違いかもしれない。

 でも、とにかく私はユミナが無理をしているのが分かっていた。

 だからこそ、私は彼女と本当の意味で友達になりたいと思ったんだ。


「ユミナはさ、いっつも頑張って無理してムードメーカーになって、本当に尊敬する。でも、私の前ぐらいでは、楽にしていいんだよ」

「……愛依っち」

「ほら、ここには誰もいないから。楽にしなよ」

「……うん」


 私がそう言うと、ユミナは普段のような満面の笑みを止め、落ち着いた微笑みになった。

 これが、彼女の本当の笑顔なのだと、私は思った。


「……はは、愛依っちには敵わないや。昔から、うちのことなんてお見通しなんだもん」

「そうだね、だから、さっきも言ったけど私の前では、本当のユミナでいてよ。私はみんなの前で頑張ってるユミナも好きだけど、そういう本当の優しいユミナも大好きなんだから」

「……愛依っち、ありがとう。ねぇ、ちょっとゆっくりしない? 幸いモンスターはこなさそうだし、ちょっと太陽と風を感じててもいいと思うんだ」


 落ち着いた口調で言うユミナ。

 私はそれに静かに頷いた。


「うん、いいよ」


 そうして私とユミナはその場に座り込み、ぼーっとする。

 喋らず、風を感じて、太陽の光を感じる。

 そんな時間が、ただただ心地よかった。


「……ねぇ、愛依っち」

「ん? 何」


 十分ほどそうしていると、ユミナが私にふと話しかけてきた。


「……うち、愛依っちの前では、本当のうちでいいのかな」

「もちろん」

「本当に? 本当のうちっていつもよりもずっとワガママで、根暗だよ? それでもいいの?」

「当然だよ、だって私達、友達じゃない」

「……愛依っち!」


 ユミナは私がそこまで言うと、急に私に抱きついてきた。

 勢いはあったが、朝とは違う、柔らかさを感じるハグだ。


「…………」


 私はそんなユミナを優しく抱き返す。


「愛依っち……! ありがとう……! 愛依っちは、うちの特別だよ……! うちの……! うちだけの、特別……!」

「うん、そうだね」


 私はそっと応える。

 感極まっているユミナには、それがいいと思ったからだ。

 そうして、私達はその日、友情を確かめあって、クエストを終えた。

 ユミナはみんなのところに戻るとまたいつものユミナに戻ったが、私はそれに特に口出しせず、温かく見守ったのだった。



「……んん」


 翌朝、私は窓から差す光で目を覚ます。


「もう朝かぁ……」

「おはよ、愛依っち」

「うん、おはよ……うん?」


 寝ぼけ気味の頭で答えたが、私はすぐさま何かおかしいことに気づく。

 ちょっとまって、今誰かが私に話しかけてきたよね?

 私は上半身を起こし、ぼやけた視界を擦ってはっきりさせる。

 すると、そこにいたのは――


「……ユミナ?」

「うん、そうだよ。おはよう愛依っち」

「お、おはよう……」


 なぜだか私の部屋にユミナがいたのだ。

 あれ? なんで? さすがに怜子や茉莉も性格上からか勝手に私の部屋には入ってこなかったんだけど……なんで彼女は堂々と入ってきているわけ……?


「なんでユミナが私の部屋に……?」

「えー違うよ愛依っち、よく見て。ここ、うちの部屋」

「へ?」


 私は辺りを見回す。すると、たしかに私の部屋とは内装が違っていた。

 本当だ。つまり、私は彼女の部屋にうっかり来てしまったのか。


「あらら……どうして私こんなところに……部屋間違えちゃったのかな。だとしたら、迷惑かけたね、ユミナ」

「ううん、大丈夫だよー。だって愛依っちをうちの部屋に連れてきたのはうち自身だもん」

「…………はい?」


 ちょっと待って。

 なーんか今とんでもないことを言ってた気がするんだけど……。


「にしても今日はいい天気だねー。こっちも日本と一緒で今、春も終わりかけらしいけど日本より快適だよねージメジメしてないから」

「ちょちょ、ちょっと待って! さっきの、もう一度言って!」

「へ? 日本より快適だよねー?」

「ああごめん、もっと前だね、悪かった」

「うーん……おはよう?」

「いくらなんでも戻りすぎだから。……具体的に言うね。『今日はいい天気だねー』の前の一文ね。さらに言えば『大丈夫だよー』の後の一文でもあるね。さらっと凄いこと言いませんでしたかあなた?」

「えー別に? ただ愛依っちを連れてきたって……」

「そうそれぇ!!」


 やっぱり聞き間違いじゃなかった! とんでもないことをゲロりましたよこの子!?


「ねぇねぇ、どゆこと? どゆことなの? なんでユミナ、私を勝手に部屋移動させてるの?」

「えーとね、それはね」


 私の質問に、ユミナは満面の笑みを浮かべた。


「愛依っちはうちの特別だから! だから、これからずーっと愛依っちはうちのものなの!」


 そして、一切の悪気もない口調で言った。


「……へ?」


 どゆこと? どゆこと?


「ちょっと待って、ちゃんと説明して。私、今凄い混乱してるから」


 私は頭を片手で抱え、もう片方の手を彼女に突き出しながら言った。

 しかしまったく彼女は気にしていないように口を開く。


「えー別にそんな説明することないよ? だって愛依っち言ったじゃん? 愛依っちの前なら、うちはうちらしくあっていいって」

「う、うん。言ったけど……」

「だからね、うちはうちの心に従ったの! 愛依っちが欲しいっていう心に! 愛依っちを独り占めしたいって! 他の誰にも渡したくないって! だから、こうして愛依っちをうちの部屋に閉じ込めることにしたんだー!」


 ユミナはそう言って扉を指差す。そこには、この安宿にあるはずのない鍵が備え付けられていた。


「……ほええええ……!」


 あ、なんか思わず変な声出ちゃった……。

 とんでも発言が過ぎたせいで、ちょっと脳みそがショートしたよ一瞬。

 よーし待て、冷静になれ私。落ち着いて状況を整理するんだ。


「……なるほど、つまり、ユミナにとって私は特別で、だから独占したくなったと?」


「いえーす!」

「イエスじゃないよぉ!?」


 ああ……ダメだこれは。

 ユミナもまた、大変なことになってしまっているぞこれ……。


「そのために鍵も新しくしたんだー! 見て! あの鍵すっごい頑丈そうでしょ! 鍵がないと開けられないタイプのやつ! 高かったんだからあれ!」

「へ、へぇ……」


 ここで鍵自慢とかされても不安しかないんですが……。


「ねえ愛依っち」


 そこでユミナは、突端に目の色を変え、怜子や茉莉と同じ、濁った瞳と笑みで彼女は言う。


「うちだけを見て欲しいの。うちだけのものになって欲しいの」


 この言葉と目、そしてそれらに不釣り合いな笑顔で確信に至るには十分過ぎた。

 彼女もまた、ひっそりとストレスを溜めていたのだ……。

 そしてそれが、こんな形で出てしまったのだ……。

 つまり、私はまた友人がおかしくなってしまっていたのを見過ごしてしまったのである……。


「……どうしてこうなった」

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