テクノクラシー衰亡史
1960年11月10日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C ダンバートン-オークス 愛国党本部
「必ず勝てるといったじゃないか」
「どうするんだ。大敗だぞ」
1940年の第二次内戦後の復興事業によってほぼワシントンD.Cの街並みが別物に変わる中でダンバートン-オークスは以前と変わらず優美な姿を保っていたが、その一室ではあるものは天を仰ぎ、あるものは下を向いてため息をついていた。無理もなかった。強固な地盤がある西海岸を除けば1916年の結党以来、異例の超長期政権を築き上げてきた愛国党は大敗したからだった。
前年のロシア帝国による極東社会主義共和国に対する人類初の核攻撃によってアメリカ資本が多数進出していた友好国が文字通り消滅したことによる経済的打撃は大きかった。いくら経済がエネルギー価格体系に基づいているといってもそれは北米と太平洋地域だけの話であって、他国での経済活動を行うのにはテクノクラシー以前の旧態依然とした通貨である貿易ドルを使用する必要があったし、逆に言えば国民の多くも普通では得られない贅沢を求めて友好国への投資を行なっていた。特に豊富な資源の存在する極東への投資は多くの国民を魅了しており、それが文字通り吹き飛んだとなれば支持率はがた落ちだった。
だからこそ愛国党は英雄の擁立にすべてをかけた。
ジョセフ-パトリック-ケネディ-ジュニア。ルネックス計画によって人類で初めて月に降りたった男を大統領に据える。愛国党が生き残るにはそれしかない。この決意をもって党員たちは若すぎるとして難色を示す指導部の説得にあたった。
本人が意欲的なこともあり、結果は上々だった。全世界に名が知られた男は当然ながらアメリカ各地で人気があった。それは姉であるメアリー-ハリマン-ラムジーとニューヨーク反マスク連盟の指導者で国民党員であったフランクリン-デラノ-ルーズベルトの妻であるエレノア-ルーズベルトの交友の影響で愛国党支持のハリマン家としては珍しく国民党員として活動していた国民党の大統領候補ウィリアム-アヴェレル-ハリマンに圧倒的な差をつけており、愛国党政権は今後も持続する…かに思えたが、そこで問題が生じた。といっても問題があったのは本人ではなかった。
ケネディ-ジュニアの弟であったジョンの複数人との不倫スキャンダルが持ち上がったのだった。国民党はすぐにこのスキャンダルを攻撃材料とし、加えて行なわれたテレビ討論会では元々の政治家一家の出身ではあるが、国民党よりの政治家であった父ジョセフ-パトリック-ケネディ-シニアの息子として没落するケネディ家を支えるべく軍人として奉職し続けた結果、政治家としての経験が絶無のケネディ-ジュニアに対してハリマンは堂々とした振る舞いで安定した政治家という印象を裏付けることに成功した。
こうして誕生した国民党政権だったが、その始まりは決して順調なものではなかった。
1960年12月12日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C メイフラワーホテル
「どうしてだ。わ、私はただの副大統領なんだぞ…」
ワシントンD.Cでも最高級のホテルの一室で頭を抱える一人の男がいた。彼の名はジェームズ-フォレスタル。アメリカ合衆国《《次期》》副大統領だったはずの男だった。ついひと月ほど前の大統領選挙にてハリマンと共に勝利した男であり、そのまま行けば副大統領としてつつがなくその職を終えるものだと思われた。
だが、その展望はあっけなく崩れ去った。ハリマンやそのスタッフ—これは選挙スタッフだけでなく各政策分野も含む—たちが乗った航空機が管制官の管制ミスにより他の機体と空中衝突し、その全員が死亡するという異常事態が発生したからだ。こうして繰上りで大統領となることが確定こそしたが、頼れるスタッフたちの死の影響は致命的だった。
特に国内政策の面では目玉であったテクノクラシー体制の廃止など、プロであるスタッフたちの存在なくして不可能だった。何しろ国民党内部ですらその後は統制的な市場体制への緩やかな移行をするのか、あるいはさらにさかのぼった19世紀的な自由な市場経済に回帰するのかという根本的な部分すらすり合わせが終わらない内でのこの惨事だった。
さらに問題なのは国民党の勝利は基本的に国内政策を重視したためであって、対外政策については基本的に無策だった。大西洋、太平洋と南米で続く緊張状態をどう捌くのか、ユーラシア大陸北部で生じた"空白"をどうするのか、などとにかく問題は山積みだった。
一方で希望も少しはあった。不意に始まった限定核戦争によるロシアと極東の消滅は必然的に大英帝国をはじめとした列強諸国に融和政策を決意させた。それは大戦中の奇襲攻撃以来合衆国を恨みぬいているはずの大日本帝国すらそうだった。日本本土攻撃に従軍した経験のあるフォレスタルとしては複雑な気分だったが、それが安定につながるのなら躊躇う理由はなかった。
考えに耽っていたフォレスタルの部屋がノックされたのはその時だった。何事もなかったかのように平静を装ったフォレスタルが入るように促すと秘書が2人の男を連れてきていた。
「《《大統領》》この度は…」
「ああ、いいんだ。-バーナム君」
入室してきたニューヨーク大学教授ジェームズ-バーナムはもとは熱心な愛国党支持者でテクノクラシー経済の支持者でもあったという点で異質だった。そんな人間がなぜ国民党にいるのかといえば、社会全体の統制を望むテクノクラシー運動の中心人物で愛国党の歴代政権の内部で経済体制の設計者として権勢を振るう強硬なハワード-スコットではなく、あくまで経済分野のみでの統制を望んでいた穏健派であるウォルター-ラウテンストラウフの派閥に属していたからだったが、スコットの影響力が増すにつれて、組成力は小さくなり、ラウテンストラウフが10年ほど前に死ぬと追放されるように追い出された結果だった。スコットに深い恨みを持ったバーナムは反愛国党の急先鋒となっていったがテクノクラシーに基づく経済自体は支持していたため、当然、国民党内では浮いた存在だった。
「しかし、《《大統領》》私を呼んだということは…」
「…そうだ。少なくとも私の政権の続く限りにおいてテクノクラシー体制は継続させる」
「それは…よろしいのですか?支持者を裏切ることと同義では?」
「仕方がない。私もいろいろ考えたがね。やはりすぐの移行は無理だ。どのみち国民にしても我々を選んだのは愛国党政権に対する怒りだからな。彼らの生活さえきちんと保障すれば何とかなるだろう。それにいくつかの公約は果たすさ。スコット氏がやたらとこだわっていたカナダ占領地域から合衆国本土へとつながる大規模な運河およびダムの建設停止、同じく肝いりの電子産業への補助金の削減。莫大な軍事費や宇宙計画に対する予算の削減もそうだし、それから愛国党政権下において"不当な"扱いを受けた人々の名誉回復と癒着した企業との不正の追求とかはきちんとやるさ。ああ、もちろんカナディアンとの対話もね」
不安を隠すためにわざと長々と話してからフォレスタルは笑った。本人としては満面の笑みを浮かべたつもりだったが、バーナムからするとその笑みはどこかぎこちないものにみえたのだった。
とりあえず様子見がてらの投稿となります。
続きに関してはカクヨム版のほうをこっちに合わせたり、それ以外にも改訂したりしたいのでそれが終わってからになると思います。




