椎名 賢也 76 迷宮都市 地下10階 ダンジョン攻略の中止
誤字脱字を修正していますが、内容に変更はありません。
地下10階の攻略を始めて2ヶ月が経った。
旭が怪我人の治療を続けたおかげで、地下10階を攻略している冒険者とは良い関係を築いている。
ちょうど今も、休憩に戻った俺達の前に怪我をした女性冒険者が連れてこられた。
怪我の状態を見て問題ないだろうとテント内で待っていると、旭が戻ってこない。
変に思った沙良がテントから出て様子を見に行ったあと、少ししてから2人が帰ってきた。
旭は困った様子だし、沙良は何やら考え込んでいる。
治療した女性冒険者と揉めたのか?
「お兄ちゃん。悪いんだけど、今日の攻略は中止にしていいかな?」
何もなく沙良がそんな事を言うとは思わず、
「あぁ、いいぞ」
俺は理由があるんだろうと了解した。
そのままテントからホームへ戻り、夕食まで俺と旭は自分の家に帰った。
「旭、沙良が攻略を中止したいと言ったのは何故だ?」
リビングにあるソファーに座るよう旭を促し、尋ねる。
すると旭は、少し言い辛そうにしながら口を開いた。
「それが……。さっき治療した女性冒険者のクランリーダーに、会ってほしいと言われて断ったんだけど、引き留められちゃってね。どうしようかと思っていた時、沙良ちゃんが来たんだよ」
「クランリーダーが、お前に会いに攻略階層を移動して来たのか?」
「そうみたい。多分それを伝えるために、態と怪我をしたんじゃないかな?」
俺達はダンジョン攻略中、朝と昼をホームで食べるから安全地帯にいる時間が少ない。
夕食は、仲良くなったアマンダさんのパーティーと一緒にいる事が多い所為で、他の冒険者は話しかけてこないのだ。
そんな俺達と接触しようとすれば、治療時を狙うしかなかったのだろう。
しかし、それを妹がどう思うか考えるまでもなかった。
旭が病気だった妹の雫ちゃんのために医者になった事や、その旭の願いを叶えるために弁護士の夢を諦め、医者になった俺をよく知っているからな。
こんな強引な方法で、治癒術師の旭を引き抜きたいと考えたクランリーダーは愚かすぎる。
どうやら俺達は、年若い3人パーティーだと侮られたらしい。
善意で治療を行っていた結果がこれか……。
「沙良は、どういう返事をしたんだ?」
「女性冒険者に、かなり強い口調で会わないと言ってたよ」
「分かった」
何が起こったのか聞いて納得した。俺は、沙良が今後どうするか見守ろう。
夕食時も沙良は今日の事を話さなかった。
翌日の朝。食事を終えたあとで話があると沙良が切り出す。
「旭に会うために、クランリーダーが女性冒険者に怪我をさせたの。もし治療が間に合わなかったら、彼女は亡くなったかも知れない。私はそんな方法を考えるクランリーダーが許せなくて、暫くダンジョンの攻略を中止しようと思うんだけど、2人はどうかな?」
沙良が考えたのは、ダンジョンの攻略を中止する事だった。
今まで旭の治療を受けていた冒険者達は困るだろう。
その不満を利用して、周囲からの孤立を図る作戦か?
まぁ、相手が勝手に自滅するなら手間が省ける。
俺は旭と顔を見合わせ頷いた。
その日から俺達は冒険者活動を止め、悠々自適に過ごした。
沙良が経営している肉うどん店へ在庫の補充に行く必要はあるが、日曜日の教会の炊き出しは母親達に任せ俺達は参加しない。
沙良は、その理由を彼女達に話して、もし冒険者から聞かれた場合は代わりに説明してくれるよう頼んでいた。
その際に沈鬱な表情を見せて、母親達の同情を買っていたようだ。
うちの妹は意外と策士らしい。
教会の炊き出しに参加しない事で、子供達から質問攻めにあう冒険者達は災難だな。
そうして俺達は異世界での滞在時間を短くして、旭と会おうと画策したクランとの接触を回避した。
たとえクランメンバーが100人いようとも、異世界に10分程度しかいない俺達を探すのは無理だろう。
時間が出来たのでホーム内を満喫しようと、旭と大人の店へ行ってみた。
いやホーム内に人がいないのは分かっていたが、一応念の為に確認をな……。
2人でしょんぼりして帰宅すると、察しのいい沙良に呆れた顔をされる。
「どうして、お前しかいないんだ……」
そう呟いてしまうのも仕方ない。
旭は両想いになれば困らないが、俺は相手がいないのだ。
家族以外の女性を召喚してくれないか? 出来れば俺の好みの女性をお願いしたい。
まぁLvが10上がる毎に1人しか召喚出来ないんじゃ、無理だろうけど……。
しかし異世界に来て長期の休みを取った事がないから、急に冒険者活動を止めると暇で仕方ない。
旭と毎日ジムに通うのも飽きてくる。
ホーム内の移動範囲は狭く、境界線が見えないため遠出をするのも難しい。
これといって趣味もないため、時間を持て余している状態だ。
結局、映画館に行って映画を見るくらいしか出来なかった。
途中で不足したファングボアを狩りに、リースナーのダンジョンへ行ったりもしたが……。
迷宮都市のダンジョンは一度も入らなかった。
それから1ヶ月後。
母親達に俺達に接触しようとする冒険者はいなくなったから安心していいと言われ、冒険者活動を再開した。
久し振りに炊き出しで会う子供達が沙良を見付け、駆け寄ってくる。
「あっ! お姉ちゃんだ~」
「見て見て~、ほらあと少しで200回なんだよ~」
不在にしていた間、話したい事が沢山あった多くの子供達に話し掛けられた沙良は、それぞれの話に耳を傾け笑顔になる。
「よく頑張ったね、E級になれたらハンナさんへ話に行こう!」
「うん。モグラの狩り方を教えてくれるって、約束したんだ」
一人一人に返事を返し、頭を撫でていた。
「あ~でもね、ガレスさんが、お姉ちゃんを困らせてる悪い人はやっつけてやるって言ってたから、もう大丈夫だよ!」
「アマンダさんも、大丈夫って約束してくれたもん。もう隠れなくて良くなったから、安心してダンジョン攻略に来てほしいって~」
「皆、心配してくれてありがとう! お姉ちゃん、明日からダンジョン攻略に行くね」
「うん、沢山魔物を倒してきて~」
子供達の話を聞く限りでは、沙良の作戦が上手くいったようだ。
冒険者達に話が伝わり、元凶のクランは恨みを買ったに違いない。
「お姉ちゃんがいない、なんで~」
「どうしていなくなっちゃたの~? 僕達ちゃんと、約束を守ってるのに~」
「お姉ちゃん、困ってるんだって~」
「なんとかしてあげて~」
「お姉ちゃんに会いたいよ~。わ~ん」
そんな風に、支援している子供達から質問されている冒険者達の様子が目に浮かぶ。
冒険者達は戸惑っただろうが、母親達に理由を聞き動いてくれたらしい。
もうこれで、俺達に下手な勧誘はしないほうがいいと分かっただろう。
同じ攻略階層の冒険者から協力を得られないのは困るからな。
治癒術師のいないパーティーが怪我をしてエクスポーションが不足した場合、借りる事もあるだろうし……。
だが、俺が思っていた以上に事態は深刻化していたようだった。
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