第27話 少し考えれば当たり前の事実
走りながらも、ソムニは壮絶に混乱していた。
ソムニは神聖武道会ベスト4の実力者。あんなゴロツキに負ける道理がない。なのに、あのスキンヘッドの男の動きに微塵もついていくことができなかった。それだけではない。よりにもよって本来守られるべき少女、ライラ・へルナーに助けられ、今逃げている。彼女を囮に置き去りにしてだ。
(彼女自身が望んだことだ!)
そう何度も自分に言い聞かせてはみるが、強烈な罪悪感と敗北感が湧き上がる。
「ねぇ、ソムニ様、もう私たち限界です!」
そうだ。夢中で走っていて気づかなかったが、一流の剣士のソムニ全力疾走に彼女たちがついて来れるはずがない。
「ご、ごめん!」
慌てて走るのを止める。
「いえ、足手纏いですいません!」
赤髪ショートの少女が申し訳なさそうに頭を下げてくるので、
「こっちこそ、気が付かなくてすまない」
こちらも謝罪の言葉を述べておく。
「だけど、もう少しだけ我慢して欲しい」
まだあの場所から大して離れちゃいない。この場所も安全とは言えないんだ。せめて、もう少し先に進んでから、茂みの中で休憩を取ることにしよう。
三人の少女は不安そうに顔を見合せつつ、
「はい」
「ソムニ様の頼みなら」
「仕方ないよね。頑張ろう!」
そう次々に口にする。
「ありがとう! じゃあ、行こう!」
再度、エッグを背負ったままゆっくりと走り出そうとすると、背後から少女たちの話合う声が聞こえてくる。
「もうあいつら巻いたよね?」
「うん。あの女からも離れたし、そろそろここでいいんじゃん」
「賛成ぇ」
この緊迫した状況で妙に陽気な声が気になって、
「君たち――」
背後を振り返ろうとするが、ソムニの背中に鈍い痛みが走り、身体から力が抜けて俯せに倒れ込む。
「ざーんねん。ソムニ様ぁ、もう動けませんよぉ」
どうにか顔を動かすと、赤髪ショートの少女がソムニを覗き込んでいた。
「どう……いう?」
「察しが悪いですねぇ。ソムニ様ぁ。貴方様をこの先の廃墟までご案内して差し上げるよう依頼をされてるんですぅ」
「い……らい?」
「ええ、さるやんごとなきお方からの依頼ですわ」
意味が分からない。仮にそうだとしても、ソムニにそう伝えれば済む話だ。こんな敵に襲われている状況で、しかも、ソムニの動きを封じてするものでは断じてない。
「まさか……君ら……さっきの男の……仲間なのかッ?」
掠れた声で尋ねるも、
「違いますよぉ。でも、まあきっと依頼主は同じかな」
赤髪ショートの少女は首を左右にふる。
(最悪だ)
エッグを殺そうとした連中と同じ依頼主。それだけで、明確にソムニたちの敵だ。
ならば、ソムニから彼女が、バッヂを奪ったのは真実ということか。
「僕から……バッヂを奪った……のは?」
「そう私ぃ」
満面の笑みで両手により、ブイサインをしてくる。
「あんたの手癖の悪さがでたときは、マジで焦ったわよ!」
「ホント、バッヂなんてどうせこうなれば、奪えるんだし、別に危険を冒すことはなかったじゃない」
「うるさいなぁ。そんな楽して盗んでもつまんないでしょ! スリルよ! スリル! バレるか否かのギリギリのせめぎ合い。それにメッチャ興奮するんじゃない!」
「相変わらず、理解できない性癖ね」
「私は少しだけ理解できるかな。馬鹿な男が、慌てふためく様は見てて結構楽しいし」
「「性悪ぅ!」」
人一人死にかけているんだ。なのに、彼女たちからはまるで他愛もない悪戯のように負の感情が一切感じられなかった。それがあまりに現実離れしており、どうしても受け入れられない。
「君たち……は――」
疑問の言葉を振り絞るが、
「さーて、じゃあ、それ連れて行って依頼達成ってことで」
「そうね。さっさと彼を連れて行って、ここからずらかりましょう!」
「毒が切れると厄介だし、念のため、両手両足の靭帯を切って逃げられなくしとく?」
「そうだねぇ」
物騒な相談をしつつも赤髪ショートの少女は腰から慣れた手つきで短剣を取り出す。
情けない。情けなさすぎる。結局、ライラが正しかった。いや、少し冷静になって考えれば、彼女たちが不信なのは明らかだったのだ。ライラの冷たい態度にムキになって現実を見ようとすらしていなかった。
まさに赤髪ショートの少女の右手に持つナイフがソムニに触れようとする瞬間、
「逃げられると思ってんのかぁ!? 泥棒猫共がっ!」
男の怒気の含んだ声とともに、その眉間に深々と炎の槍が突き刺さり、燃え上がる。
白目を剥いて絶命する赤髪ショートの少女。
「くっ!」
咄嗟にバックステップしようとする仲間の黒髪長髪の少女の全身にいくつもの炎の槍が突き刺さり、断末魔の悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃっ!」
残された金髪の少女も悲鳴を上げて逃げようとするその背中に炎の槍が突き刺さり、炎が噴き出す。
まさに、瞬きをする間に、肉塊と化してしまったという事実に、
「うあぁぁぁぁぁぁぁッーーーー!!」
あらん限りの絶叫を上げるが、
「うぜぇ! これ以上面倒な奴に入られたくはねぇ! てめえは、少し眠ってろ!」
腹部に鈍い衝撃が走り、ソムニの意識は闇の中へ落ちていく。
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