心構えあらば
※異世界風土記様の短編競作企画「構」から着想。構えの単語をいくつか雑に組み込んだ、大王様がえらそうにするだけの話。
喧噪が往来を賑わし、人の流れは途切れることなく細い裏道までも埋め尽くす。日々国力を増しゆくワシュアールの都は、いつものごとく活気に満ちていた。
中でも、王宮と大神殿の周辺大通りは混雑の極みだ。商人、役人、神官、学士。様々な位の貴族に、付き従う使用人たち。道幅は広く、神殿前の広場など開けた場所もあるのだが、それでもどこかで人の流れが停滞してしまう。
ただでさえ混雑している大通りへ立派な身なりの集団が現れたら、誰もがひとまず歩調を緩めて様子を窺う。それが大王様とわかればなおのこと、一目姿を見ようと立ち止まり背伸びするやら、近付こうとして道を横切るやら、そうしてさらなる野次馬を呼び寄せて、すっかり渋滞してしまうのも当然だ。
「なんとかこう……通行規制とか陸橋を造って通れる場所を増やすとか、どうにかする方法を考えないとな……」
げんなり呻いたのは、群衆に圧し潰されないよう警護兵に囲まれた大王様ことシェイダールその人である。外出するなら前もって役人衛兵に知らせて道を空けさせろ、と近衛隊長ヤドゥカに何度も説教されたため、渋々それに従うことも増えたが、今日は突発的な事情でさる貴族の館を訪ねることになったので、この始末というわけだ。むろん、せっかち大王がすぐ行く今日行くと押し通したせいであるからして、現状は自業自得である。
隣で王の身を守るリッダーシュが、警戒を緩めることなくあるじに答えた。
「それらも有効ではあろうが、一時しのぎにしかなるまい。都そのものを拡張して、市場など人の集中する場を外にも増やさないことには」
「そうだな、小手先の工夫だけじゃ追いつかないのはわかってる。……ああもう、見るな見るな、見たって何もいいことないぞ! おまえらだって何か用事があるんだろう、いちいち止まるんじゃない」
警護兵の肩越しに覗き見ようと首を伸ばしている野次馬に向かって、しっしっ、と手を振る。大王様の意を受けて警護兵が見物人を追い払おうと動き、囲みに隙ができたその時、
「この下衆野郎!」
罵声が響き、さっとリッダーシュがあるじを守って立ち塞がった。直後、飛来した物を叩き落とす。一拍遅れて警護兵が襲撃に気付いたが、先んじてリッダーシュが踏み出し、狼藉者の襟首を素早く掴んで引き倒した。地に伏した男の腕をねじ上げ、膝で背を押さえつけて自由を封じる一連の動作には、躊躇も容赦もない。先頭を進んでいたヤドゥカが急いで駆けつけ、野次馬を牽制して他の仲間がいないか目を走らせた。
シェイダールは足下に転がる石を見下ろし、渋い顔になった。石というか、乾いた粘土の塊だ。当たれば汚れはするが大怪我にはならない、そこまで見越してどこか道端で拾ったのだろう。
「随分な挨拶だな。ああリッダーシュ、殺すなよ。何のつもりでこんな真似をしたか、聞かせてもらおうじゃないか」
「耳を貸すに値する相手とは思われませぬが、御意のままに」
リッダーシュは厳しい声音で応じ、男の動きを封じたまま、ぐいと上体を引き起こした。髭から頬、額まで砂まみれだが、それでも充分わかるほど顔が赤いし、息も酒臭い。リッダーシュの言う通り、相手をするだけ時間の無駄だろう。
「酒の勢いを借りてまで俺に言いたいことがあるなら、言ってみろ。ただし、俺が聞き入れてやるかどうかは知らんぞ」
腕組みして見下ろす王に向かって、酔漢はここぞとばかり、呂律の怪しい悪口雑言を並べ立て始めた。
「この神官殺し! 不信心の罰当たり、おまえなんぞ、お、王にふさわれ……っくない! 田舎にすっこんで、山羊の世話してろ!! だいたい俺ぁ、前から反対らったんだ! あんな石ころで、王を決めっりゅ、とか、だぁらこんな、罰当たりで、えらそうな田舎っぺが!!」
警護兵らがどんどん険しい目つきになり群衆が青ざめていくのに対し、当のシェイダールは次第に笑いを堪える顔になり、ついにふきだした。ヤドゥカが眉間に皺を寄せて唸る。
「我が君、笑い事ではない。かような侮辱を捨て置くことは……」
「構わないさ。どれもこれも聞き飽きた悪態だ。ああ、白石を用いた王の選定に反対だっていうのはちょっと新鮮だが、まぁそれももう関係なくなるし、こいつが何を喚いても影響はない。放っとけ」
そう言って、シェイダールは酔漢の前に身を屈めて、熱っぽくとろんとしているその目を正面から覗き込んだ。誰もが認める大王の強いまなざしに射られ、男は急に酔いが醒めたように怯んだ表情になる。そこへシェイダールは傲然と告げた。
「要は、おまえは俺が嫌いだって言うんだろう。いいぞ、俺もおまえに好かれたくはない。そして当然、おまえの感情に合わせて俺が身を慎む理由もない。文句を言いたきゃ勝手にしろ、だが言い分が通らなかった時に引き下がる心構えなしに、本人に食ってかかるのはやめておくんだな。次はこいつらがおまえをぶちのめしても、俺は止めないぞ」
「あ、う、」
酔漢がもぐもぐ言い淀んだが、シェイダールはもう構わず、手振りで指示して解放させた。警護兵に小突かれて、酔漢はよろけながら人垣の間へ戻っていく。何人かが嘲り冷やかす声を上げたが、シェイダールが真顔でそちらを振り向くとぴたりと止んだ。王に追従したつもりだったのだろうが、この王はそういうことが嫌いだと表情で伝わったのだ。
若干興醒めな空気になったところで、それに怖じない声を上げる者がいた。
「引き下がる心構えがあれば、直に文句を言っていいんだな?」
出発の合図をしかけていたヤドゥカが、ふたたび警戒して身構える。シェイダールは彼を制して声の主を振り返った。大柄な男が一人、負けじとばかりの意気込みもあらわに進み出てきた。その顔つきを見て、シェイダールはいかにも好戦的な笑みを浮かべる。
「いい面構えじゃないか。面白い、ついでだから聞いてやろう。おまえは何が気にくわない?」
リッダーシュとヤドゥカがそれぞれなりの表情で無言のままたしなめたが、もちろんシェイダールは既にやる気満々である。
受けて立つ、と返されて、挑むつもりで出てきたのだろうに、男はやや気後れした様子を見せた。が、シェイダールが眉を上げてにやりとしたもので、男はふんと鼻を鳴らして拳を固めた。
「こないだ出された、新しい決まりだよ。ありゃとんだ迷惑だ!」
おや、とシェイダールが笑みを消し、真面目な顔つきになる。
「なんだ、そういう話か? どの法令だ。毎日あれこれ決裁したり命令したりしてるから、こないだ、と言われてもわからん」
「店構えにあれこれ注文つけてきたあれだよ! 隣との間は煉瓦三個分以上空けろとか、それはまぁ新しく建てる時のことだから当面すぐ困るってんじゃないが、迷惑なのは看板や露台の制限だ。道路に肘先ひとつを越えてはみ出すな、なんて言われても、そんなんじゃ商売できやしない!」
「そこなのか? おまえだってこの混雑した通りを歩いていれば、店から好き放題に出っ張られちゃたまらん、ってぐらいわかるだろう。大体その法令は商店主たちの会合でも話し合って調整させた上で出したんだぞ」
「はっ! あいつらの頭にあるのは実際の商売がどうってんじゃない、金勘定だけだ。考えるのもでかい店のことばかりで、俺たちみたいに古くて小さい構えの店がどうなってるかなんて知りやしないのさ。そりゃあ、ばーんと間口の広い大店なら、道に出さなくたって充分だろうよ。だけどこっちはそんな風にはできねえんだ。大王様におかれましては、しみったれた店なんぞ潰れてくれたほうがお気に召すのかしらんがね」
「おい、俺がついさっき田舎者呼ばわりされたの聞いてたろう。小さい商いの大切さぐらい、わかってる。そういうことなら……」
シェイダールが身を乗り出したところで、リッダーシュがそっと「その辺りで」とささやいて本来の用事を思い出させた。おっと、とシェイダールも我に返り、うん、とリッダーシュにうなずきを返してから、随行の書記を振り返った。
「イマフ。こっちはいいから、こいつについて行け」
突然の命令に、しかし書記は驚かない。予想していました、とばかり平静に一礼する。シェイダールは男に向き直り、てきぱきと続けた。
「おまえ、名前は? メンウスか、よし。書記をつけてやるから、今から帰っておまえと同じくあの法令で困っているって連中の意見を集めて、どこをどうして欲しいか要望をまとめて、明日……は無理だな、明後日の午後に王宮へ持ってこい。門衛には通すように言っておく」
そこで彼はヤドゥカを振り向き、近衛隊長から了承の敬礼を受ける。それから、急展開で目を白黒させている男に歩み寄って、肩を力強く叩き、
「頼んだぞ、メンウス」
名前を呼んでにっこり笑顔で圧をかけると、「よし、行くぞ。先を急ごう」とヤドゥカに呼びかけ、あとはもう振り返らずに歩き出した。
取り残されたメンウスはぽかんと立ち尽くしていたが、大王様一行が雑踏の向こうに見えなくなり、書記がえへんと咳払いしたので我に返った。
「……頼んだ、って」
ぽつ、と言葉が漏れる。信じられないというように、叩かれた肩を無意識にさすり、頭を振って。
「本当かよ。大王様が……俺に、頼みを?」
「感動しているところ水を差してすまないが、シェイダール様の『頼んだ』は『十全の仕事をしろ』の意味だ。さあ、ぼやぼやしていないで取りかかろう」
促され、メンウスは喜びと困惑のあいまったややこしい顔のまま、自分の店と仲間たちのところへ急いだのだった。
一方で大王様はというと。
「引き下がる心構えなしに、か。おぬしの口から出るといかにも味わい深いな」
などとヤドゥカにしみじみ言われ、顔を赤くしていた。
「嫌味はやめろ。なんだ、俺だって引き下がるべき時にはそうしてるだろうが! だいたいいつも俺の言い分が正しいってだけで……おいリッダーシュ、笑うなよ。なんだ二人して」
ぶつくさぼやきつつ、気心の知れた友人二人を相手にしては、とことん言い負かすこともできない。いつものごとく、むすっとしたまま口をつぐんだ大王様に、リッダーシュがおどけて一言。
「撤退の時機を見極める我が君の眼力、つゆほどの疑いもありませぬ」
周囲の警護兵が何人か堪えきれず奇妙な声を漏らし、ヤドゥカさえもが小さく失笑した。撤退上手を褒められた大王様は、もちろんのこと、何も言い返さず唸るばかりであったとか……。
2024.12.6




