キスSS2編
ツイッターでの「1番目にリプきたキャラが2番目にリプきたキャラにキスする」お題
大体において学究の徒というのは真面目なようでいてどこかズレており、なんでそんなことを、と大勢に変な顔をされるような事に着目しては追究してみたりするものだから、
(どうしてこうなった……)
などと頭を抱える状況が発生するのもままあるわけで。
目下その学究の徒たる一人ジョルハイは、冷や汗が足元に水溜まりをつくりそうな心境で、作り笑いを浮かべて突っ立っていた。
暗い色味の金髪は解いて背に流し、月星をかたどった髪飾りを留めて。薄絹のヴェールで目元から下をふわりと覆っているが、素顔にもきっちり化粧が施されている。目の縁取り、白粉に口紅、頬紅も。
身にまとうのは祭服ではなく、品良く体型を隠しながらも艶やかな(以下略)。早い話が、女装しているのであった。
一緒に並んでいるのは、本物の女もいれば同じく女装した学徒もいる。それぞれ、やたら胸が大きいだとか、服が華美だとか慎ましいとか、ことさらに個性付けした形だ。むろん、理由があってのことだった。
「世嗣様、どうぞお選びください。一夜を語り明かしたいと望まれるのはどの娘ですか? どの娘なら、あなた様の話し相手が立派につとまりましょうか」
慇懃に依頼したのは学究派幹部の一人だ。愛想笑いでごまかしているが、内心面白がっているのが透けて見える。ジョルハイは苦々しく思ったが、顔には出さず、ただ理知的な女に見えるよう澄ましたまま微動だにしなかった。
変なことを頼まれたシェイダールは、面倒臭そうな顔をしながらゆっくり全員の前を歩いて来る。ジョルハイの少し手前でぴくっとその眉が上がった。
(気付いたか。頼む、私を選べ、後でなんでも奢るから!)
微笑を絶やさぬままジョルハイは目で訴える。ようやくこの質問に裏があると察したシェイダールは、眉間にやや皺を寄せたが、あからさまに言葉にして何の真似だと問いはしなかった。胡乱げに質問者をちらりと見たが、やれやれという風情で残りの顔ぶれを見渡し、つかつかとジョルハイに歩み寄る。
「お決まりでしたら」とすかさず質問者が付け加えた。「どうぞその者に口づけで栄誉をお与えください」
「――!?」
流石にジョルハイはぎょっとなって身じろぎした。そんな話ではなかったぞ!
シェイダールのほうもはっきり渋面になり、やはり選び直そうか、と他の女に目を戻す。
(ああぁ頼む! 堪えてくれ、後生だから!)
最終的に、ジョルハイの声なき訴えに負けたシェイダールは、後にくる嵐の激しさを窺わせる静かな面持ちで、素っ気なくジョルハイの手を取り、甲に掠る程度の口づけを落としたのだった。
ではこの娘がシェイダール様の興味をそそるお話をいたしますので、と意味深長な台詞と共に客室に通され、扉が閉まった直後ジョルハイは横から蹴られてよろめいた。
「で、人をだしにして何の冗談だこれは。胸糞悪い」
「私だって正直反吐が出そうだよ。ちょっと待ってくれ説明するから」
ため息をつき、髪飾りやヴェールをむしり取って寝台の上に放り投げる。そう、寝台があるのだ。言葉によらない語らいをお望みならどうぞとばかりに。
「発端はちょっとした議論だったんだ。なぁ君、知性は容姿にあらわれるものだと思うかい?」
「はぁ?」
「一目見ただけで、いっさい会話しなくとも、その者が知的にすぐれるかどうか判別つくか、ってことだよ」
げんなり言ったジョルハイに、シェイダールは呆れ顔でしばし黙考し、眉間を揉んで「だいたい読めた」と唸った。
「理知にこだわる俺が、知的な会話の相手として、見ただけで『正しい』相手を選べるかどうかで、その命題の真偽をはかろうとしたんだな?」
「ご明察。さすが我が君」
「阿呆かおまえら!? 馬鹿だろう!!」
悲鳴のように叫んだシェイダールに、ジョルハイも半笑いになって「私もそう思う」と同意した。
「どうしてこうなったのか……途中までは真剣に議論していたはずなんだがなぁ。見た目といっても祭司神官ならそれなりに頭がいいのは明らかだ、じゃあ職業や個性を様々にすればいい……って辺りからおかしくなって」
「およそ察しがつく。どうせ、女と見れば頭の中身より身体が気になるものだから、それを差し引いても理知に優れる者を選び出せたとしたら、確実に『知性は外見にあらわれる』と言える。そんなところだろう」
「そうそう、確かにそういう流れだった。あいた!!」
思い出してうなずいた途端に頭を殴られ、ジョルハイは慌てて両手で庇った。
「なんで誰も止めなかったんだ、本っっ当におまえら馬鹿だな!?」
「そこまで実験計画を立てたら結果が気になるだろう? いや悪かった、悪かったよ巻き込んだのは衷心よりお詫び申し上げる、埋め合わせはするとも!」
首を締められかけ、ジョルハイは大急ぎで謝罪する。シェイダールは深いため息をついて頭を振った。
「……くだらん。そもそも何を基準に『理知にすぐれる』とするのか、その時点からして曖昧だろうに」
「それはそうだがね、しかし少しは気にならないか? 実際、私も経験があるからね。新しく祭儀を担当することになった家を訪ねて、この当主は聡いぞと気付いたり。君のことも、一目でほかの有象無象とは違うと直感したさ」
「どうでもいいから口を漱ぎたい」
ぶっきらぼうに遮られ、ジョルハイは抗議しようとしたものの、黙って肩を竦めた。不機嫌そうに口を覆った『理知の君』の横顔に、照れ隠しの色が見て取れたので。
「私も手を洗いたいよ」
「おまえはまず顔を洗えよ。化粧が気持ち悪いぞ」
「ええ? なかなか美人に出来たと言われたんだがね」
ジョルハイはとぼけて言いながら、部屋に備え付けの水差しを取りに行く。水碗に注いで主君に手渡しながら、彼はふと笑った。
「実験の裏はさておき、あの顔ぶれの中では私が一番ましに見えたかい? 正体に気付かなかったとしても御指名頂けたかな」
「知るか。一番胡散臭そうに見えたのは確かだがな」
ふん、とシェイダールは鼻を鳴らす。その口調の白々しさに、うっかりジョルハイは露骨なにやけ顔をしてしまい、水碗の中身を頭から浴びせられたのだった。
おしまい。
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【オマケの姫ちゅー】
わたしはよく、としのわりに大人、って言われる。
自分でも、ふつうより早く大きくなったのはわかっているけれど、それでもまだ体は子供だし、背も小さい。
お父さまがじゅうたんに座っているときはいいけれど、いすに座ったり立ち上がったりされてしまうと、ぜんぜん遠くてとどかないの。
そんなときは、ちょっとおそでをひっぱって、「お父さま、あのね」って呼びかける。わざと小さな声で。
そうしたら、いつもお父さまは「なんだシャニカ」って笑ってしゃがんでくださるの。
今日はとくべつ、ないしょ話のふりをして、ほっぺにちゅってしちゃった。
お父さまったら座りこんで動かなくなっちゃった。
「末恐ろしい……実に末恐ろしい」
お顔を両手でかくしてふるえながら、つぶやいたりして。
こんなにお父さまがこわがるなんて、『すえ』ってよっぽど、すごいお化けなのね。
でも、お父さまはお強いもの。わたしもついてるから、だいじょうぶ!




