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彩詠譚  作者: 風羽洸海
断片・二次
66/127

新春奉納舞

金枝番外。即位後初の新年祭。



 シャン、と鈴が鳴る。天高く伸ばされた手が、新しい日の光を呼び寄せる。

 腹に響く低い笛の音と共に、光を掴んだ手を引き下ろし

 ジャラン、鳴り渡る鈴と共に大地へ振りまく。

 ひとつふたつ、みっつよっつ、鈴と共に歩みは時を進めて

 トンタタントントトタン! 爪先と踵が打ち鳴らす拍動に乗せて、草木は芽吹き萌える――


 ワシュアールの新年祭、その要は他の折々の祭儀と同じく、王による舞だ。新たな一年の始まりを祝い、危難災厄を退け王国の安泰を願う舞。時に古代の英雄、時に神の現し身となって舞う王は今、自然の新生をその身で表している。


 鳥のようにさえずる笛に合わせ、羽ばたく腕が、なびく黒髪が、新しい風を呼び

 タン、と高く跳躍して身を翻せば、虹が輝き

 五弦琴の和音ひとつごとに、五本の指が宙に花を咲かせる。


 守り継がれた伝統の譜に、隙なく調和する型の舞――の筈が、いつしか、楽に合わせて王が舞うのでなく、王の動きそのものによって音が奏でられていた。


「――」


 声が響く。今までの王は詠わなかった、いにしえの詞による祝いを載せて。

 薔薇、雛芥子、百合水仙……古い詞で花の名が詠まれる度に、色の花弁が開いては舞い散り、澄んだ可憐な音を重ねてゆく。

 釣鐘草、金雀枝、菫……ワシュアールにあるものもないものも、季節も問わず、あらん限りの花を集め彩るかのごとく。

 王の声、しなる腕、指さす仕草、ひとつひとつが花を咲かせ、音色を引き出し、地に満ちてゆく――



 奏者も観衆もすべてを巻き込んだ夢幻の舞が終わり、数拍して歓喜と興奮が神殿前の広場を沸かせた。王が舞台を去って神殿の中へと姿を消しても、熱狂はおさまる気配がなかった。

 控えの間で普段着に着替えたシェイダールは、さすがに疲れた様子で大きく息を吐いた。完全に舞に没入している間は、すべての感覚が理の流れに満たされて痛みも疲労も感じなかったが、終わると一気に消耗が押し寄せる。絨毯に腰を下ろした途端、糸が切れたように倒れ込んでしまった。

「我が君、これを」

 呼ばれて顔だけ上げて見ると、リッダーシュが蜂蜜入りの果汁水を用意してくれていた。残る力を振り絞って身を起こし、ありがたく受け取って一息に飲み干す。身体の隅々まで潤い、見えない傷が癒やされていくようだ。

「はー……美味い。助かった」

 ありがとう、と杯を返し、シェイダールはやっと人心地ついた顔になった。

「素晴らしい舞だっただけに、かなり消耗したようだな。例年のものとは様相が違ったが、やはりあれが本来の正しい舞だということか」

 リッダーシュがつくづくと感嘆したので、シェイダールはわざと、大したことじゃない、というような態度を装って肩を竦めた。

「正しいかどうかはともかく、『最初の人々』が『路』に刻んだもの、って意味でなら、確かにあれが本来のものなんだろう。ほとんど始めからずっと術に呑まれていたからな……まったく、手の込んだ見世物だよ」

「ただの見世物ではあるまい。おぬしの舞で、本当にこの一年は良きものになると、誰もが信じられただろう」

「冗談じゃないぞ、それで来年までに水涸れだか疫病だかそれっぽい何かがひとつでもあったら、勝手に失望されて俺のせいにされるじゃないか。くそ、ウルヴェーユは神々に代わるものなんかじゃないってのに」

 うう、と呻いてシェイダールは顔を覆う。リッダーシュはその肩に手を置いて慰めた。

「多くの民はまだウルヴェーユに熟達しておらぬし、そもそもおぬしほどの資質を持つ者が少ないのだ、夢を見られるのも致し方あるまい。いずれ皆がウルヴェーユを日常のものと捉えられる時代がくれば、認識も変わるだろう。おぬしは神でもその現し身でもなく、ただ図抜けて素晴らしい舞手なだけだ、と」

 言葉尻で少し意地悪く微笑んだリッダーシュに、シェイダールはややこしい顔を向ける。褒められて照れくさいと同時に、からかわれて悔しい。ひねくれ者の王は苦虫を噛み潰して言い返した。

「同じ標を読み解ける者なら誰だって同じように舞えるだろうさ。来年は誰かに代わってもらおう。そうすれば皆、夢から醒めるだろう」

「おぬしと同じように舞える者を見付けるのは、それこそ国中まわって次なる王を捜すほどに苦労するぞ。しかも仮に同じ舞を同じように再現できるとしても、おぬしのように神々に声を届かせ“良い年”を呼び込めるとは思えないな」

「おいよせ、おまえまで」

 シェイダールは険悪に唸ったが、リッダーシュは真顔になって応じる。

「神々のたとえが気に入らぬのだろうが、私は可能性を感じるからこそ言うのだ。おぬしのあの舞ならば、きっと理の力そのものにも何かしら良い影響を与えるに違いない、と。それがどんなにわずかな、ほとんど違いがわからないほどのものであっても。だから、友よ、おぬしが王で本当に良かった」

「……」

 まともに真面目に、しかも筋の通った理屈での肯定と称賛。それを、よりによって目映まばゆい黄金の声で。

 勘弁しろ、とシェイダールは蚊の鳴くような声で降参し、再び絨毯に突っ伏してしまった。リッダーシュは慈悲深く追撃を控え、黙って室内を片付けて王宮に引き上げる支度をする。しばらくかかってシェイダールはどうにか気を取り直し、ひとつ息を吐いて起き上がった。

「可能性か。ああ、そうだな。ウルヴェーユについても、理の力についても、俺たちはまだほとんど何もわかっちゃいない。もし本当に、俺の儀式舞が何らかの効果があるなら……ほんのわずかでも、災厄を退けて皆の暮らしを守る力があるのなら、やった甲斐があるってもんだ」

 うん、とひとつうなずいた横顔には、切なる願いと慈しみの色がある。その理由を知るリッダーシュは目を細めて胸に手を当て――それから、いつもの陽気さを纏って微笑んだ。

「まことに仰せの通りにございます、我が君。というわけだから、来年もご存分に」

「今から来年の話をするな!!」

 悲鳴じみた叫びに朗らかな笑声が重なり、暖かな黄金色が広がる。シェイダールは手を振って眩しいきらめきを払いのけようとしながら、これ(・・)のほうがよっぽど幸運を呼び込むんじゃないのか、来年はこいつに詠わせようか、いやそんなことしたら観衆が大惨事か……などと益体もないことを考えていたのだった。



2024.1.3



ワシュアールの新年は春分なので日本の新年イメージとは齟齬があるのですが、まぁそもそも気候風土が全然違う世界なので……

少しでも、いろいろなことが良くなるように祈りつつ。

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