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彩詠譚  作者: 風羽洸海
金枝番外
61/127

薔薇と糸杉・父の記憶


【薔薇と糸杉】



 かつて、王の子を産むというのは夢物語であった。

 百花に彩られ馥郁たる香に満ち、金銀宝石綾錦に飾られた『柘榴の宮』は、美しくはあれど悲しみを秘めていた。あくまで妃らが王の寵愛を競い、おねだりや睦言を通して己が一族・都市に利便を図る隠微な駆け引きの場。

 すなわち、建造以来この王宮に、王の子のための施設はなかったのである。

 過去の王が継承の儀式を経る前に生した子はいたが、それらは恒常的継続的なものではなかったし、王の血を引こうとも、資質や年齢次第で将来は不安定だった。

 シェイダールによって『王の力』が解き明かされ、そうした状況は一変した。彼は前王から受け継いだ妃の一人が懐妊したと知らせを受けると、すぐに新しい宮の建造を決めた。女児のための『薔薇の宮』と、男児の『糸杉の宮』である。

 『柘榴の宮』もまた変わった。

 王をもてなす華やかさは同じでも、その一隅では乳離れしない赤子が元気に泣き騒ぎ、女たちが世話をしている。妃らはただ故郷に利益を誘導する女ではなく、母としての振る舞いをも見せ始めた。我が子が王のお気に入りになるように、目をかけられ将来を約束されるように、と。


『もっと励まなければ駄目よ、セレスダール。王は優秀な人にしか興味がおありでないの。あなたが立派に役に立つところを見せなければ、王はあなたという息子がいることすら忘れておしまいになる。……充分な資質を与えてあげられなかったのは、わたくしのせいだけれど』

 懇々と諭し、美しい王妃は最後で唇を噛んだ。引き結ばれた紅が目の前にちらつき、耳には憂い声がこびりついている。

 少年はため息をつき、机上に並べた六彩の宝石を見つめた。『柘榴の宮』の母を訪ねた後はいつも憂鬱だ。期待と自責ともどかしさを縒り合わせた視線が、蜘蛛の糸のように顔や肩や背中にへばりついている気がする。

『でもね、路を辿って標を開くのは努力次第だから』

 わかっている。わかっているが、母の言うことはどこか間違っていると、まだ十歳のセレスダールにも本能的に感じられた。

「……きれいだな」

 左手で頬杖をつき、右手で宝石を軽くはじく。光を反射して緑がきらめき、軽やかな響きがこぼれた。

 励め励めと鞭打たれるようにして路を辿るのは、嬉しくも楽しくもない。美しさに心を遊ばせる余裕もなく、己の内なる標をひとつひとつ確かめ、色と音を響かせて読み解こうと努めるばかり。とはいえ、経験浅く未熟な心と知力では、そうたやすく開けないし受け止められもしない。急かされても励まされても、できないものはできないのだ。

 ころころと指先で石を転がし、机上で踊る色と音に目を細める。何を探るでもなく、ただありのままの響きを楽しむのが好きだった。

 自然と唇がほころび、石の音色に合わせた声を小さく紡ぎ出す。宝石の緑に黄金を重ねれば、陽光に透ける若葉。青を重ねれば、深い湖の静けさ。

 こんな小さな石を通して、広い世界に触れられるのだ。

 いつしか彼は目を瞑り、色彩の浜辺に意識を遊ばせていた。

 ――と、そこへ別の音色が寄り添ってきた。確かな強さと輝きを持ちながら、調和を乱すことなく少年の意識を支え導く。

 優しい色の波がさざめきと共に寄せては返す。ただそれに聞き入るだけだったセレスダールは、白銀の舟に乗って海へと漕ぎ出してゆく。

 知らなかった波のうねりに揺られ、彼は少し怖くなった。察したように、舟は形を変え、白鳥となって少年を背に乗せたまま飛び立った。

 雄大な朝焼け、光を受けて輝く雲を目指して舞い上がる。遙かな世界の広がりに、少年の意識はすっかり圧倒され……


 気が付くと、机に向かったまま放心していた。ぱちぱちと瞬きし、自分の居場所を確認する。そうだ、と覚醒すると同時に、背後で足音がした。

「あっ……父上!」

 振り返りながら声を上げ、慌てて立とうとしてよろける。歩み寄った父、シェイダール王がそれを支えた。

「しばらく見ないうちに随分良くなったな。色が穏やかで安定しているじゃないか」

 褒められるとは思っていなかったセレスダールは、驚きのあまりとっさに返事もできず固まってしまう。息すら忘れたようなありさまなもので、シェイダールが訝しげに呼びかけた。

「セレスダール?」

「はっ、い!」

 裏返った大声を上げてしまい、少年は真っ赤になった。あぁほら、ご機嫌を損ねてしまったじゃないか――寄せられた眉を見て彼は唇を噛み、うつむく。母が失望のため息をつくのが聞こえるようだ。

 予想に反して父王は、気を悪くしてはいなかった。やや呆れはしたようだが、むしろ困惑のまさる口調で言う。

「初対面じゃあるまいし、何もそこまで緊張しなくてもいいだろう。シャニカみたいに抱きついて来いとまでは言わないが」

「ま、まさかそんな」

 とんでもない話だ。セレスダールは目を丸くして首を振り、それからおどおどと言い訳した。

「無礼をお許し下さい。わたしのことを、お心に留めて下さっているとは……思わなくて。名前まで。だから、驚いて」

「自分の子供の名前を忘れるわけないだろう。何十人もいるならともかく」

「は、はい。でも、あの……父上は役に立つ者しか目をかけて下さらない、と」

 もしかしてこれは告げ口だろうか。途中で思い当たり、臆した彼は続きを飲み込んだ。母が言っていました、という部分を。

 シェイダールは心外そうに顔をしかめ、傍らに控えている友を見やった。面白がるような微笑を返され、やれやれと肩を竦めて息子に向き直る。

「何を言うかと思えば。そりゃ当然、役立たずより役に立つ奴のほうが好きだが、子供相手にそういう選別はしないさ。そもそも、俺に目をかけられるっていうのはな、セレスダール、それだけこき使われるってことだぞ。甘やかして楽をさせてやるわけじゃない」

「ふぇっ?」

 予想外のことを聞かされて、少年は頓狂な奇声を発した。度重なる失態に赤面する間もなく、父が皮肉な笑みを浮かべてしゃがみ、顔を覗き込んでくる。

「それがいいと言うなら、せいぜい励め。これだけのことが出来る、と見せびらかしに来るがいい。だが、偉い偉いと頭を撫でられて終わりだと思うなよ。玩具や菓子をねだるのも論外だ。相応しい課題と仕事をどっさりくれてやるからな」

「…………」

 脅されたのか励まされたのか、期待されているのか馬鹿にされているのか。セレスダールが混乱して涙目になっていると、後ろから黄金の助け船が出された。

「子供相手にそう圧力をかけられますな、我が君。まったく、大人気ない」

「こいつが子供気のないことを言うからだ」

 ふん、とシェイダールは切り返しておいて、改めて息子に笑みを見せた。今度は普通の、辛辣さのない、いたわりが感じられる笑みだった。

「役に立つとか立たないとか、気にするのは早すぎる。自分に何が出来て何が出来ないのかも、まだ全然わかってないだろうに。それにどのみち、役立たずってのはどこにでもいる。役立たずだからって切り捨ててたんじゃ何も残らない」

 シェイダールはそこまで言い、まだ難しかったかな、というような顔をする。察したセレスダールは、理解しているしるしにしっかりうなずいた。

 よし、とシェイダールは息子の頭を撫でてから、腰を伸ばして億劫げに首を回した。

「どうせ『柘榴の宮』で何か言われたんだろう。あの子には負けるなだの、このままじゃ忘れられるぞ、だの。馬鹿馬鹿しい。ウルヴェーユは競ったり比べたりするものじゃないんだと、何回言えば理解するんだろうな。ああ、おまえはもう、何となくわかっているようだが」

「はい」

 セレスダールは自然に答えていた。母の言うことはどこか間違っている、という最前の感覚に、明確な形が与えられたようだった。

「やはり生まれつき路が開いていると早いな。そうでない者に後から感覚を身につけろというのも難題だろうが、それにしてもせめて理屈ぐらい……やれやれ」

 うんざりと天を仰ぐシェイダールに、リッダーシュが同情的な苦笑でとりなした。

「恐らく先日おぬしがエニファ妃を合議に連れ出したのが、不安を煽り波風を立てたのだろうよ」

「ああ、多分な。まったく下らん。あれほど知力胆力の備わった妃が他にいるなら、とっくに仕事を割り振っている。なぜ出来もしないことを妬むんだか。はぁ……とにかく、機嫌を取ってやるしかないか。面倒臭いな、女どもは!」

 ほとほと疲れているらしい。取り繕わない本音をまともに吐き出してしまい、彼は急いで息子に口止めした。

「おっと。今のは誰にも言うなよ。おまえ自身のためにもな」

 セレスダールは大真面目に畏まり、こっくり深くうなずく。真剣そのものの親子に、横からリッダーシュが茶々を入れた。

「エニファ殿に聞かれたら生皮を剥がれるかな」

「そんなわけあるか。あいつも女の面倒臭さは骨身に染みている、と妹たちへの恨み言をこぼしたことがあるんだぞ。それでも面倒見るのが義務なのにすぐ放り出す王の後始末をするほうが面倒臭い、とばっさり斬られたが。あのぐらい強ければ、」

 シェイダールは渋面ながら楽しげに、イェンナ家から迎えた妃の剛胆ぶりを語ったが、不意につまずいたように笑みを消した。一瞬だけ死んだような静寂の後、彼はふと瞬きして息子に詫びた。

「……ああすまん、セレスダール。邪魔した上に無駄話を聞かせたな」

 王がいつどこにいようと、邪魔だとか言えるわけがないし、そのように感じることすら不敬だ。少なくともセレスダールが教わった範囲では、それが常識である。だから彼は戸惑って、ただ曖昧に「いえ」ともぐもぐつぶやいた。


 じきに父王は、別の子らの様子を見るために部屋を去った。セレスダールはほっと息をつき、肩の力を抜く。

「びっくりしたなぁ……」

 思わず独り言がこぼれた。いつもなら王の訪問は予告され、皆が揃って迎えるものだ。そうして一人ずつ順に路を辿って見せ、王の助言や導きを受ける。

 セレスダールもそうしたやり方には慣れていたが、今日のように不意打ちで来られて、あんな風に大きな世界に触れさせてもらったのは初めてだ。独りではまだ届かない、深みにして高みへと連れられて。

「……しまった」

 礼を言いそびれてしまった。失敗した、と無意識に考えてから、さもしさを自覚して額を小突く。おべっかを使って点数稼ぎをしようなどと、あの父に対して小賢しい。そうではなくて、ただ感謝を伝え損なったのが残念なのだ。

 次の機会があったら、ちゃんと言おう。そしてもっとたくさん、色々な話をしたい。いつもは緊張してしまって、自分がどう見られているか、失敗して失望されないか、嫌われないかと怖がってばかりいたけれど。

「そんなに怖くなかったし」

 むしろ本人が、怖がられて不本意だ、とばかりの顔をしていたではないか。勇気を出して、もう一歩踏み出してみよう。そうすれば……


「何をやっとるかこの馬鹿者がー!!!」


 耳朶のみならず路に響いて意識を吹き飛ばすほどの、白銀の落雷が壁を震わせた。

 セレスダールは身を竦ませ、息を詰める。じきに、なだめる声と、何やら憤慨しながらまくし立てている声が聞こえてきた。やれやれ、とセレスダールは気を緩めた。怒られている兄弟には気の毒だが、普通の声になったのなら安心だ。少なくとも、本当に大変な事態になったわけではない。

 とは言え。

「やっぱりちょっと、怖いな」

 勇気を出すのは、次の次ぐらいにしよう。あんな雷を落とされたら、さすがに立ち直れない。

 焦らなくていいよね、と自分に言い訳しながら、同意を求めるように紫水晶を指先で撫でる。ころん、と柔らかい音色が応えた。



2017.11.30



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【父の記憶】



 王の子を育むふたつの宮が完成し、『柘榴の宮』から一人二人と子が移されて、いたずら盛り泣き盛りの幼子らによる騒音が王宮の日常の一部になった頃のこと。

 シェイダールはいつものように、リッダーシュだけを連れて王宮の庭園を歩いていた。玉座で報告を待っているより自分で見に行ったほうが早くて正確、その場で対処もできる。というわけでこのせっかちな大王様は、定期的に自ら各所を巡回する決まりをつくったのである。

 王の仕事は国内外の広範囲にわたり、日常住み暮らす場所の雑事にかまけてはいられないのだが、それでも彼は自分の目で諸々のことを確かめたがった。特に王宮内には『路』を開かれたばかりの者が大勢いる。皆が安全に過ごし、つつがなく王宮を動かしていくには、ウルヴェーユに優れた人間の“手入れ”が不可欠なのだ。

 ――というのは事実ではあるが建前でもあり。

 今日も今日とてシェイダールは愛娘のもとを訪ね、溺愛ぶりを発揮して、やっと宮から出てきたところであった。

 まだ頬が緩み足取りも浮ついているほどの子煩悩ぶりに、リッダーシュが笑いを堪えて変な顔をする。だがふと、その瞳が切なさを帯びた。誰かの面影を探すような遠いまなざしを主君の横顔に向け、感慨を込めて言う。

「おぬしもすっかり『父親』だな」

 表面だけを捉えるなら、単純な事実を述べただけの言葉。だがその声音の深さに、シェイダールは浮かれた気配を消して立ち止まった。

「そうか? 俺自身は、父親らしいつとめを果たせている気がしないな。つい昨日も、シャニカにばかり入れ込んでないで息子のほうも見てくれとか、文句を言われたばかりだ」

 ぼやきつつ、行く手の建物を見やる。今は四歳と五歳の二人が暮らす『糸杉の宮』。複雑な感情をごまかすように、彼は肩を竦めて続けた。

「そう言われてもシャニカは可愛いし、恐ろしいほど優秀なんだから特別扱いは当然だ。……あんな目に遭わせた償いのためにも」

 最後の一言は聞き取りにくいつぶやきだったが、リッダーシュには届いた。当事者のひとりである従者は沈黙し、空を仰ぐ。

 涼しい風がナツメヤシの葉を揺らし、碧いさざめきが地上にわだかまる影を吹き払うのを待って、彼は主君に笑みを向けた。

「おぬしの父御はどのような人となりだったのだ?」

 不意を突かれたシェイダールは返答に詰まり、目をしばたたく。ちょっと考えてから、ひとまず曖昧に前置きした。

「十歳までしかいなかったからな。あまり思い出があるわけじゃないんだが」

 腕組みし、宙に目をやって思案しつつ一言。

「そうだな……まあ、良く言えばおおらかだった」

「ほう?」

 リッダーシュが意外そうな相槌を打った。シェイダールは瞑目し、眉間に皺を寄せる。

「悪く言えば無頓着で無神経、となるのかな」

「それはまた随分な」

 リッダーシュは当惑顔をした。この主君は父を殺した祭司を憎み、同じような犠牲を出させないと決意したがゆえに、茨の道を歩み険しい崖を這い登ってきたのではないか。そのすべての原点となった父への想いがこれとは。

 シェイダールも自覚はしており、なんともややこしい顔で眉間を揉んだ。

「悪感情があるわけじゃない。今になって客観的に振り返ると、そう言わざるを得ない、という話だ。……俺が子供の頃、音に色が見えると言っても、誰も信じなかった。よその連中には馬鹿にされたり嘘つきと罵られたりしたし、母は……どこか悪いんじゃないかと心配した。父だけが、否定も肯定もしなかった」

 ため息をついた彼の脳裏に、もうすっかり忘れかけていた父の声がよみがえる。

 ――そうか、青いのか。おまえは面白いことを言うなぁ……

 無邪気に鳥を指さして、今の声はすごく青いね、と言った息子に、父は最初そのように笑っていた。それがいつしか困ったような曖昧な顔で、父さんにはわからないな、と言うようになった。おそらく母と意見が食い違って、何か揉めたのだろう。

 ただそれでも、シェイダールが嘘をついているとは言わなかった。

「何事につけ、あるがままを受け入れる、と言えば寛容に聞こえるだろうが。今思うと、それが何を意味するのか、どう判断すべきか、ひとつひとつについてよく考えたりしなかったんだろう。そんなだから、他人が近付こうともしない女に平気で話しかけて、自分を殺す口実を敵にくれてやるはめになったんだ」

 忌々しげに唸り、ぎりっと奥歯を噛みしめる。いまだ胸にくすぶる熾火が朱く瞬き、その光が紫の双眸に宿る。

 横からリッダーシュが静かにささやいた。

「そのような軽率なふるまいをすべきではなかった、と?」

 違うとわかっていて、それを声に出すよう促す質問だった。シェイダールは軽く眉を上げ、皮肉めかした微苦笑を浮かべる。毎度この友人のおかげでおのれの考えを整理できていると、改めて認識したのだ。

 おまえがいてくれて良かった、との思いは胸中に留め、彼は相手の質問に答えた。

「いいや。ただ、皆と違うことをするなら、それが理由で殺されないだけの強さと力が必要なんだ。腕力でも、権力や人脈でも、あるいは単に精神力でも。……父にはその自覚がなかった。自分が、隙あらば殺したいほど憎まれているとは」

「あるいは、憎い相手を隙あらば殺すほど人間は残酷なものだ、とは夢にも思わなかったか」

 リッダーシュがまた助け船を出してくれる。シェイダールはふっと嘆息した。

「ああ。恐らく善良で……俺と違って、こだわりのない性格だったんだろう。ああそうだ、たとえば俺が捕まえた蝗を観察していたら、母には金切り声で怒られたが、父は『まあいいじゃないか、ははは』で済ませたからな」

 これ以上空気を重くしたくなくて、軽い話に切り替える。リッダーシュがふきだした。

「ご母堂はおぬしに似て気が強く賢い方だと聞き及んでいたが、やはり虫は苦手なのか」

「そうじゃない。虫でも蛇でも叩き潰せるさ。ただ、俺が蝗の肢や翅をひとつひとつばらして並べて数えたりしているのが、不気味だったらしい」

「…………」

「なんだその顔。おまえだってやったことあるだろう、虫をばらすぐらい!」

「いや……ちょっと待ってくれ、自分の記憶に自信が持てなくなってきた。確かに子供の頃はよく虫捕りをした、うん。蟋蟀コオロギや蜘蛛を戦わせて遊んだり。だがさすがに、わざとばらばらにしたことは……ない、な」

「似たようなもんだろう、上品ぶりやがって。お坊ちゃまめ」

 シェイダールは鼻を鳴らして憤慨してから、周囲を見回して言い添えた。

「まぁ七歳で王宮に来たんなら、虫で遊ぶ暇もなかっただろうけどな」

 清掃の行き届いた王宮は、故郷の村とは環境がまったく違う。むろんここも花壇や果樹園があるので虫だっているが、そんなものをいじらなくても、もっと楽しく興味をそそるものが溢れているのだ。子供とはいえ馬術弓術の訓練や勉学に忙しかっただろうし。

 今更ながら自分が野趣あふれる田舎育ちの身だと思い出され、シェイダールはいささか鼻白んで頬を掻く。ごまかすようにぼそりと、

「まぁしかし俺の子なら……」

 言いかけた語尾に、召使の悲鳴が重なった。発生源はもちろん『糸杉の宮』。いけませんおやめください、誰か捕まえて、といった言葉を間に挟みつつ、化け物でも出たかのような阿鼻叫喚と騒音が響きわたる。

 主従はその場に立ち尽くしていたが、ややあってあるじが天を仰ぎ、従者がうつむいて笑いだした。

「やれやれ。まあいいじゃないかハハハ、では済まないだろうな……おいリッダーシュ、笑ってる場合か。他人事じゃないぞ、おまえも一緒にあの騒ぎを収拾するんだ」

「御意、我が君」

 なんとか笑いを堪えて応じたものの、リッダーシュの肩はまだ震えている。シェイダールは不敬な従者の背を叩くと、瑣末事ながら父親らしいことをすべく、気合いを入れて歩きだしたのだった。



 2018.10.24



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