いつもそばに
王と一口に言ってもいろいろいる。
なんとなしに跡目を継いで、家臣と役人がすべて今まで通りにことを運ぶに任せ、自分は毎日ただ暇つぶしの遊興にふける王。
野心を抱いて王の座を奪い、玉座を温める間もなく西へ東へひたすら戦を続ける王。
そして、社会のありようを大きく変えんがために各地を視察し大勢と話し合い、休む間もなく国の仕組みそのものを再構築してゆく王――シェイダールがまさにそれだ。
今日も彼は長官達との討議になんとか妥当な落とし所をつけて、解散後の会議の間でぐったりしていた。壇上の玉座からずり落ちそうな姿勢で、背もたれに頭を預けている。
「さすがに疲れた……この後は予定はなかったよな?」
宙を見上げたまま問いかける。傍らに控える従者がうなずいた。
「部屋に戻って少し休むべきだな。魂が口から抜けそうだぞ」
「あー……」
まさに魂の抜け出るような声を漏らしたところで、軽快な足音が駆け込んできた。
「お父さま!」
途端にシェイダールは笑みを広げ、椅子に座り直して娘を迎えた。これは休息は後回しだな、とリッダーシュは諦めのまなざしを天に向ける。
シャニカ姫は父のもとへ駆け寄ると、膝に飛び乗った。そうするともう、頭が肩に届く。シェイダールが軽く抱きしめると、彼女はぎゅっと背に手を回してから、眉を曇らせて父の顔を見上げた。
「お父さま、ずるい」
「うん?」
予期せぬ非難にシェイダールは怪訝な顔をする。シャニカは唇を尖らせて繰り返した。
「お父さまばっかり、リッダーシュと仲良しで、ずるい」
「なか……」
絶句し、シェイダールは思わず従者の顔を見た。相手も同じく当惑に目を丸くしている。
それは確かに仲が良いか悪いかと言われたら良いに違いないが、形と影の添うごとく四六時中一緒なのは、仲良しだからという理由ではないのであって。
「仲良く遊んでいるわけじゃないんだぞ?」
というか、父に会いに来てくれたんじゃないのか。お目当てはリッダーシュなのか。しんなり萎れたシェイダールに、シャニカはぷっと膨れた。恨めしげに主従を睨み、父の髪を引っ張る。
「だから、ずるいの! わたしもお父さまのそばにいたいのに、リッダーシュばっかりなんだもの!」
「……?」
あれ、いつの間にか「ずるい」の対象が変わってないか、とシェイダールは訝ったものの、疲労の重しが載った頭はうまく働かない。とりあえず娘がそばにいたいと言ってくれたのが嬉しくてほほえむ。
「そうか、シャニカはお父様のそばにいたいのか」
しまりなく相好を崩した父に対し、シャニカは真顔になってこくりとうなずいた。
「お父さまのお手伝いがしたいの。そうしたら、お父さまもリッダーシュも、もっとゆっくりできるでしょ?」
「ああ、そうだなぁ。おまえが大人になって手伝ってくれるようになったら、随分助かりそうだ」
「だから! わたしは今すぐお手伝いしたいの! お人形遊びをしたり、古くさくて退屈な大昔のおじいさんの詩を覚えたり、お作法とか楽器を習うのじゃなく、お父さまの仕事を教えてほしいの!」
駄々と言うにはあまりに真剣で、悲痛にさえ感じさせる声。シェイダールは目をみはった。シャニカは小さな唇をきゅっと噛んで、悔しそうに首を振った。
「今のわたしでは、手伝えないのはわかっているけど……最初からあてにされないのは、いやなの。もっともっと、お父さまとリッダーシュと、一緒にいたいのに」
追いつきたいのに追いつけない。親子なのだから当然なのに、この姫君はその隔たりを納得いかないと拒んでいるのだ。聞いていたリッダーシュが、誰かに似てるなと言いたげな顔であるじを見る。シェイダールはそちらに渋面を返し、咳払いして娘の頭を撫でた。
「シャニカ、焦るんじゃない。一度に大人になろうと無理をしても、種からいきなり花を咲かせるのは無理だ。根を張り茎を伸ばし葉を広げ、たっぷり水と光と栄養を蓄えて、初めて美しい花が咲く。……だが、おまえの志はよくわかった。教育方針を変えよう」
姫がぱっと顔を輝かせ、リッダーシュがぎょっとする。シェイダールは娘の期待のまなざしに応え、うなずいた。
「作法や教養を一切なくすのは無理だが、最低限にして、法令や地理の勉強を増やす。今後は政務の場に一緒にいさせてやろう。そのかわり、退屈だと言うんじゃないぞ?」
「ありがとう、お父さま!」
嫌がるどころか、シャニカは大喜びで父の首に抱きつく。リッダーシュは天を仰いだ。
「もう早々と次期女王の教育とは……せめて歳相応にのびやかに遊ぶ時間は残されましょうな? 我が君」
「もちろん」シェイダールはにやりとした。「その時はおまえに相手を任せて、俺は昼寝でもするよ」
リッダーシュが複雑な顔をし、シャニカも小首を傾げて父を見る。シェイダールは優しい微笑を浮かべ、娘の額に軽く口づけした。
「俺はのんびり遊ぶってことが苦手だから、おまえが教えてやってくれ。シャニカには俺譲りの意志の強さだけじゃなく、おまえのしなやかさも身に着けて欲しいんだ。……折れないように、やたらと人を傷つけないように」
深い想いのこもった言葉に、リッダーシュは即答できず声を詰まらせる。そんな彼に、シェイダールはやや皮肉めかした苦笑を向けた。
「俺は何度もおまえに助けられた。だから、頼む」
「御意、確かに承りました。……微力を尽くそう、友よ」
リッダーシュは畏まって拝命した後、穏やかな黄昏の声で約束する。
辛苦を共にした二人に挟まれ、シャニカはまたぷっと膨れ、「ずるい」と悔しそうにつぶやいたのだった――聞き取られないように、うんと小さな声で。
2015.12




