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彩詠譚  作者: 風羽洸海
追加番外
120/127

料理人の願い

大王様小咄。


 その日、料理人アンシェは機嫌が悪かった。というかもう、だいぶ前からずっと機嫌が悪い。

 故郷の町がワシュアールに征服され、やって来た総督の下で働かされて、任期満了で都に帰る時に当然のごとく連行されたのだからして、そもそもワシュアール人に好感が持てないのも致し方ない。

 住み慣れた土地を離れ、設備はむろんのこと気候も食材も馴染みのない厨房で腕を振るうよう求められた。なんとか供したもてなしの料理が好評だったのは幸いだが、ではこの料理人を王に献上しようと勝手に決められ、王宮に入れられた。出世と言えば聞こえは良いが、何ひとつ本人が望んだことではない。

「どいつもこいつも」

 食後の飲み物に加える果物と香草を刻みながら、悪態が口をつく。人を家畜のように、否、命さえない物かのように、右から左へと都合良く売り渡しやがって。

 正直、ワシュアール人など泥水でも啜っていろ、と言いたい。だが彼は、どんなに気にくわない相手にも、ちゃんとした料理を出してきた。主人どもの機嫌を損ねたら文字通りに首を切られるかもしれないし、そうでなくとも、わざと不味い料理を作るなどというのは、食に対する冒涜だと信じているからだ。まるで食そのものを人質に取られているようで、ますます機嫌が悪くなる。

 そんなわけだから、給仕長が厨房の戸口から興奮気味に、

「おいアンシェ、大王様が今日の料理はことのほか美味だったとお褒めの言葉を賜ったぞ」

 などと言ってくれた時も、アンシェは振り返りもせずに唸ったのだ。

「そりゃあ、何もしねえでふんぞり返ったまま運ばれてきたもんを食うんだ、何だって美味かろうさ」

「おい馬鹿っ……!」

 途端に給仕長が裏返った声を上げる。うるさい、とアンシェが言い返すより先に、予想外の言葉がかけられた。

「ああ、その気持ちは分からなくもない」

 声だけで正体は判らずとも、口調と給仕長の慌てぶりから推察はできる。まさか、とアンシェが目を剥きながら振り返ると、その通り、大王様御自らがそこに立っていた。

 愕然と凍り付く料理人の前で、シェイダールは戸口にもたれて腕組みし、何やらしみじみとうなずいていわく。

「気に入らん奴にものを食わせるのは、本っ当ーにムカつく。俺も昔、果樹園で働いて手に入れた大事なリンゴを、親切面して上がり込んだ爺に美味い美味いと食われた時には、なに食ってやがる帰れこの■■■■■■野郎、と怒鳴りたくなったもんだ。今思い返しても新鮮に腹が立つ」

 王宮では到底聞かれない野卑な罵詈が大王様の口から飛び出したもので、居合わせた他の料理人や下働きまでが、笑いそうになったりうろたえたりと、ややこしい反応をする。

 むろん当のアンシェはそれどころではなかった。今ここで■■■■■■野郎への恨みを代わりにぶつけられるかもしれない。帰れ、で済めばまだ良いが。

 アンシェが震えながら平伏しようと膝をついたところへ、シェイダールが曖昧な声音で問いかけた。

「で、俺は今日のスープがいつもより美味い理由を知りたくて来たんだが、答えてもいいぐらいには機嫌が直ったか?」

「――はっ、それは、もう、何なりと」

「そんなに縮こまるなよ、さっきは随分威勢が良かったじゃないか。おまえ確か、わりと最近入った奴だよな。出身はカリトゥだったか。何か向こうの特別な材料でも持ってきたのか、作り方が違うのか、どうなんだ。食べた感じじゃ、特に変わったものは入ってなかったが」

 庶民の世間話のような砕けた話し方をされて、アンシェはどう受け答えしたものか混乱しながら、料理の材料手順を必死に思い出す。

「畏れながら、はい、伝統的な作り方でございまして、特段の変更は……あ、強いて言うなら、調味料を入れる順番が異なりましてございます。こちらでは煮込み始めに酢を入れるところを、最後にいたしました」

「なるほど、それでか! 味の輪郭がくっきりしてると思った。順番が違うだけで結構変わるものなんだな」

 シェイダールは面白そうに納得し、次いで何かに思い当たった様子で「順番……待てよ、あれも」とつぶやく。もうそちらに気を取られて歩き出しかけ、おっと、と振り返った。

「邪魔したな。それはそうと、おまえはここの仕事が気に入らないようだが、何が望みだ? 辞めたいのか、休みか人手か、給料か」

「いやいやいや滅相も、不満などは、ただ少し虫の居所が悪かっただけでございまして、とんでもない失礼を申しました! 平にご容赦を」

 アンシェは大慌てで言い繕った。そもそもワシュアール人が嫌いだなどと、その大王に向かって言えるはずもない。今度こそ首が飛ぶ。シェイダールは眉を上げたが、追及はしなかった。

「そうか? まぁ、故郷くにに帰りたくなったら辞めても構わないが、その前にさっきみたいな手順とか、おまえが知ってることをここの連中にもちゃんと教えておいてくれよ」

 あっさり言って、そのまま足早に去って行く。完全に足音が聞こえなくなってから、アンシェはほーっと深い息を吐いた。はらはらしながら成り行きを見守っていた給仕長も同様に胸を撫で下ろし、それからアンシェの様子を見て面白そうにニヤリとする。

「どうだ、お許しも出たことだし辞めちまうか?」

 意地の悪い揶揄に対し、アンシェはじろりと険悪な視線を返してから、ゆっくり立ち上がった。

「……まぁ、幸い首はつながったんだから、もうしばらくは勤めるさ。故郷に帰るにしたって、先立つものがなけりゃあな」

 ふん、と鼻を鳴らし、すっかり習い性になった不機嫌顔で、作りかけの飲み物の仕上げに取りかかる。その手つきは今までになく慎重かつ丁寧だ。変化に気付いた給仕長が余計なことを言いそうになり、料理人に睨まれて、首を竦めて自分の仕事に戻っていった。


 ――それ以後、厨房では時折、王と料理人があれこれ談義している姿が見られるようになった。数ヶ月して物覚えの良い王が「本当に休みも人手も給料も足りてるのか」と念を押したところ、料理人は「ひとつ、お願いできるのなら」と前置きし、こう答えたという。

「美味い食事で喜ばせたい、と思えるような王であられてください」

 難しい注文をされて、さしもの大王様も苦笑いするしかなかったとか……。



2025.3.9

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