だってそれしか道は無い
「率直なところ、どうなんだ?」
酒寄は目の前の男にそう聞いた。
酒寄にとっては古い付き合いの男である。昔、ともに軍で飛行機開発に当たった頃からの付き合いだった。
「俺ももうに歳だからな、自分で飛んで確かめるのはさすがに難しい。700kmだぞ。200kmで喜んでいたころが懐かしい」
男は遠い目をしてそう言う。
「連邦の新型機だったか。まだ来ては居ないんだろう?そもそも、ルテニアにぶつけるための機体なんだから、こっちに来るかどうかは分からない。そうだろう?」
酒寄はそう言って顔を向けた男をサングラスで見つめる。
「明日来るのか、来ないままで終わるのか。そりゃあ、俺にだってわかりゃしねぇ。だが、すでに連邦の2機種を相手にアレが優勢なのは事実だ。何でワザワザ呼び戻した?そこに何かあるんだろう?」
はぐらかそうとする男に更に切り込んでいく。
「いまのリーベンの技術力じゃあ、アレが真っ当に量産できる限界。いまやってるブツはその先を行っている。造れない訳ではないが、アレと同等に量産できるかというと・・・・・・」
煙草をふかしながら、男は景色を眺めた。
「なあ、酒寄。勢いがあるヤツって良いよな。後ろを見る様になったら、どんどん突っ走れなくなる。まだ2カ月は待って欲しい」
男がそう言って酒寄を見た。
「空軍参謀長の判断か?それとも、お前の個人的な分析。どっちだ?」
男は酒寄の言葉に頭を掻いた。
「参謀長としてはもっと伸ばしたい。半年はかかる。そこを、お前の所のウデで何とかしてもらうって前提で2カ月」
新型戦闘機は潤沢な資金と最先端の技術を惜しみなくつぎ込んで開発中だった。
しかし、僅か60日で設計した機体なので、基本がいくら優秀だと言っても、改善点も多く出てきているのは確かだった。
最も大きいのは、大型の24気筒エンジンを積み、その馬力が最低2500馬力という事で、機体強度も相応に持たせたのだが、それは設計上の話であって、実際に試作してみると不具合、現実的な使用素材では無理が出るなどという部分が続出していた。
何より大きかったのはタンク配置に起因するバランス問題だった。
加治の設計は基本的に非常に優秀であり、空力研究所において発見、考案された数多くの技術を惜しみなく投入した事で、量産した場合、通常は設計から割り引く必要がある常用速度を、高次元で達成できることが試作機で検証できていた。
それは三式戦闘機においてラジエータダクトが大きな抵抗となっていたのだが、最新の空力技術によって抵抗を半減させ、なおかつ、ラジエータの熱を用いて推力発生まで可能になったことで、より一層の効率化が図れるようになったほどだ。
主翼は三式戦闘機譲りの太さと低抵抗を両立した翼型を採用し、KM15に必要な大量の弾丸を難なく収めるこのに成功している。
自動空戦フラップもより洗練され、試作機においてはPf109に迫る旋回性能すら引き出せるほどになっていた。
ただし、そうした高性能を実現するには三式戦闘機と同じ設備では不可能であり、仲治だけでなく、菱形や川北を巻き込んで新たな生産技術の開発すら行っている。
しかし、根本的な部分で機体バランスが崩れやすい燃料タンク配置となってしまった事だけは今更変更できない状態だった。変更するには胴体設計からやり直しであり、これまでの試験がすべて無駄になる。
そして、エンジンにも問題があった。
NE16Bとほぼ同じなのだが、唯一の違いは過給圧である。NE16Bの場合は3千6百で1750馬力だったが、N24Xの場合は3千3百で2500馬力を出す必要があった。
長大な高回転クランクシャフトが技術的に量産できず、回転数を抑えるしかなかった。
もちろん、目処は立っている。何をやれば良いのかはすでに分かっているのだが、ハンドメイドならともかく、量産化という点が今のところネックだった。
その為、回転数を上げられない分、過給圧を限界まで引き上げて対応しているのだが、それはエンジンへの負荷があまりにも大きくなるやり方だった。
そのような機体調整の問題、エンジン負荷の問題はどうにか現場が受け持って調整や整備で稼働率を上げる以外に現状なかった。
酒寄が呼ばれたのはそう言う事だった。
確かに、機体を出す事は出来る。
出せるのだが、整備を間違えるととんでもないトラブルを抱えた低性能機に成り下がってしまう懸念があった。
漏れ聞こえる状況によると、アルピオスがすでにその状態だという事を酒寄も知っていた。
機体やエンジンの基礎技術についてはアレマニアに伍するとも云われるのだが、量産に関しては設備も技術も追い付いてはおらず、粗製乱造や部品不足による不良が頻発し、Ba147を超える高性能機であるはずのアルピオスの新型戦闘機はPf109並の速度しか出ず、稼働率は劣悪な整備環境で知られるルテニアにすら劣るとまで言われる状況に追い込まれているのだった。
勢いだけで新型戦闘機を量産しても、その様な状態がリーベンでも生起する。
それだけは何としても避けたかったが、Ba190が出て来るのであれば、新型機を投入しないと再度劣勢になってしまいかねなかった。
「3か月は待とう。爆弾抱えた機体を押し付けられても迷惑だ」
神聖歴1919年/皇歴2004年6月5日の事であった。
その頃の西方は、アレマニアがルテニア侵攻で部隊を消耗した事によって、未だ大きな動きは起きていなかった。
本来ならば、今の時期に春季大攻勢を考えていたアレマニアだったが、いくらルテニアが混乱しているとはいえ、背後に隙を見せながら西進するような蛮勇は持ち合わせていなかった。
それと云うのも、黒麦病を懸念して侵攻を手控え、体力を温存しているはずのエステリカが思うように前進できていない事にあった。
もちろん、それはアレマニア基準であって、エステリカにとっては順調といえるモノで、わざわざ中央平原地帯で無暗にルテニアと衝突しようなどとは考えていなかったのだから。
エステリカの目標はルテニアを屈服させる事ではなく、穀倉地帯西部に分布するスルピヤ語族の支配であり、そこから北上しようという考え自体が希薄であった。もちろん、それならそれで穀倉地帯を突っ切ってカーミニ山脈南端、クロカシス山地まで進撃してオルぺニアとルテニアの連絡を断てよという注文がアレマニアから来そうだが、エステリカが真の目的を伝えていないのだから、気付きようもなかった。
その状況はルテニアにとっても悪いモノではなく、反抗を繰り返すスルピヤ語族を引き取ってくれるならそれを拒否する理由が無いので、エステリカの国力を削ぐよう出血を強いてさえいれば満足だった。なんなら、スルピヤ語族兵士を肉壁としてすり潰したところで、ルテニアには何の痛痒もないほどだった。
だが、そんな状況を楽観できない国が1か国存在した。
年末の混乱期にルテニアがスヴェーアから撤退し、資源供給が回復したにもかかわらず、アレマニアは未だに暮田島侵攻を止めない姿を見て、オルぺニアは自分こそが狙われているのでは?と、深い疑念を持つことになった。そして、ルテニアと同盟について協議する事にした。漏れないはずの秘密協議であったが、それがどこかから漏れ、アレマニアへと伝わった。
すでに伊豆見鉄山を獲得する意義を失い、暮田島からどう撤退するか、その名分を考える段階にあったアレマニアは、オルぺニア参戦という事態が迫っていると判断し、今動かせる最大戦力を暮田島へ差し向ける決断をすることになった。
それこそがオルぺニアの判断を確信へと変える事になったのだが、知る由もなかった。




