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この際、優秀かどうかは置いといて

 神聖歴1918年/皇暦2003年9月24日、この年の初夏はサルマにおいては黒麦が大豊作であり、そろそろ秋を迎えようかというルテニアは飽食にまみれていた。


 しかし、それは苦戦を強いられた対アレマニア戦争からの逃避であり、収穫祭が終って熱が冷めるにつれて、熱気から覚めた頭に現実が以前よりもより悲観的に映るようになってきていた。


「このままではルテニアが無くなる」


 豊作を見たエステリカ帝国の侵攻も開始されており、完全に二正面作戦を強いられた中での現実である。悲観的になるなと言う方がおかしい。


 それはほんの些細なものでしかなかったが、しかし、確実にルテニアを深く静かに侵食していた。


 この頃、ルテニア陸軍航空隊は絶好調だった。なにせ、敵はクリリン恐怖症に罹り、パイロットの練度など何の意味もないほど簡単に敵が逃げ惑い、隙を突いて技量のある者、勇敢な者がBa147を墜とせば、その波及効果で更に混乱が広がり、逃げ惑い、新人にすら撃墜機会が回ってきた。

 もちろん、それはクリリンKy3の速力と重防御が、アレマニアの13ミリ機銃を躱し、防ぐのに役立ったからだが、それ以上の効果をルテニアにも、アレマニアにも与えていた。


 もちろん、アレマニアにも技量と冷静さを持つパイロットは多く、この頃すでにクリリンバスターなどと呼ばれる英雄も出現してはいたが、それはごく一部であり、宣伝の割に未だ機体が届かないBa190への不信と落胆が広がる結果へと繋がっていた。


 だが、空の上の活況が地上でも甘受できているかというと、そうではなかった。


 クリリンKy3は確かに大出力で高速で重防御ではあった。


 のだが、それは全てを空戦のために注ぎ込んだ結果であり、航続距離は旧態依然といってよく、地上支援をしようにも、高速発揮のために翼下、胴体下には冷却機能を除く突起も懸架装置も備えられてはいなかった。

 その為、地上支援は旧式低速機が主役であり、長く上空に留まれないクリリンKy3では地上軍を守る役目を果たせるはずがなかった。


「ルテニアにおいて航空閥と地上閥は不倶戴天の敵」


 などと外国ではみられており、事実、アレマニアやエステリカはパイロットと地上兵を同じ収容所には収容しなかった。

 もちろんそれは尾ひれの付いた噂であり、権力闘争こそ起きる事はあったが、不倶戴天の敵かと言われればそこまでではない。精々、後に空軍が分離独立する際に地上攻撃機部隊がクーデターを起こし、陸軍航空支援隊が存続した程度の事でしかなかった。


 空では優勢なルテニアであったが、いくら空を見上げても敵陣に爆弾が降る訳でも、砲兵支援を適時行ってくれる訳でもなく、危険を冒した一部の地上攻撃機が士気を繋ぎとめる鍵になっていただけで、アレマニアやエステリカが次々新型戦車を投入してくるのに対し、ルテニアでは数はともかく、性能が追い付いていなかった。


 普通ならば食料供給が改善し、日々の活力がみなぎれば士気も上がるものだ。


 しかし、この頃のルテニアでは逆であった。


 空腹が思考を止め、眼前の敵と戦わせていたが、腹を満たして思考の余裕が出来ると睨むべき敵が背後にいるのではと多くの兵が考える様になる。

 それに対して師団、軍団司令部では、戦況が変わるたびに自身の位置が味方の敗走でいつ最前線になるかと戦々恐々としており、兵士の不安や不信に気付く暇は与えられなかった。


 もちろん、必死に指揮を執る司令部への不信など兵たちも持ち合わせてはいなかったが。


 だがこの日、アレマニアとの最前線の一つが破られ、たった2日で30kmも後退する事態が発生した事で、兵士たちの不信は形を持つことになった。

 軍団レベルまでの司令部は、能力はともかく真剣に取り組んでいる。だが、首都の参謀部は遊んでいるだけ。

 誰からともなくそんな不満が口を突いて出る様になり、地上攻撃機が戦闘機の掩護も受けられない姿を見て、更に確信へと変わって行く。

 それは直接兵士たちと接する連隊レベルの指揮官にも伝橋し、「やってられるか」と降伏する部隊が続出しだす。


 しかも悪い事はさらに続く。


 ルテニア皇帝自らが指揮する南部軍集団からエステリカへ降る部隊が続出し、叱責と督戦のために前線に赴いた皇帝自ら、その考えに感化されてしまう事態まで起き、急ぎ集団司令部に戻った皇帝が参謀本部へと地上支援強化と直掩、地上軍と航空部隊の連携を勅命した事で参謀本部までが混乱し、戦争遂行に多大な支障が出るという状況にまで発展してしまった。


 皇帝が参謀本部に乗り込み、掌握したならばまだ話は違ったのかもしれない。


 しかし、皇帝は南部軍集団の統制と地上、航空の指揮一元化という段階までしか行動しなかった。

 これによって南部方面では10月にはおおむね混乱は落ち着き、必要程度の連携も執れていたのだが、アレマニアと対峙する北部軍集団は派閥の対立と主導権争いで朝令暮改が繰り返され、師団や軍司令部単位での独断による撤退や攻勢という事態で余計に事態が混乱するに至っていた。


 そして、11月7日には首都ピーチェルで衛兵や下級兵士たちが蜂起し参謀本部を占拠、逃げ遅れた航空閥将校が複数殺害される事態まで生起するに至る。


 この混乱を収拾するため、11月12日には皇帝が首都へと帰還し、軍中枢の掌握と再建を始める。


 しかし、対アレマニア戦線は既にどうする事も出来ず、戦前国境での防御戦闘へと作戦を変更しスヴェーアからも撤退するしかなくなる。

 12月1日には対立関係にあるとされた航空閥と地上閥を分離するために空軍創設の勅命が発出され、更なる混乱が全土に広がり、すでに戦争どころではなくなっていた。唯一、真っ先に混乱を鎮めた南部方面での混乱は極僅かであり、エステリカとの戦闘は比較的優位に進められ、北部とは対照的に、ルテニア優位の状況であった。


 そんな12月22日、アレマニア軍は大攻勢により一気にピーチェルを奪い、戦争それ自体の決着を着けようとしたのだが、アレマニアは気象予測を大外しして、数週間の平穏という予報通りに電撃戦を展開したのだが、装甲部隊が輸送部隊を置いて突出していた5日目、突如として吹雪に見舞われ、それが1週間続くことになった。

 当然ながら、補給の目途が立たない装甲部隊は嵐の間隙を縫って襲撃するルテニア軍に各個撃破されていき、嵐が止んだ頃には電撃戦の衝撃力は無残に砕けた残骸や放棄されたガス欠車両を晒すのみとなっていた。輸送物資のみがルテニアに奪われたのは言うまでもない。 


 バッヘムBa190の初陣となったこの大攻勢は、初期トラブルと猛吹雪によってほとんど成果を残すことなく終焉を迎えた。

 この作戦に参加した兵力の3割が吹雪による物資欠乏や遭難により凍死ないし凍傷となり、2割がルテニア軍により撃破ないし捕虜とされ、全滅判定を受ける様な敗北を喫する形となってしまった。


 神聖歴1919年/皇国暦2004年はアレマニアの敗北という衝撃的なニュースが世界を駆け巡る中で明け、ルテニア方面軍主力を失ったアレマニアは部隊再建を急ぎ、その隙に攻勢を強めるゴール、アルピオス連合軍と西部で激しく衝突することで始まった。

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