白いバケモノ
当然だが、アレマニアがそんな状況を唯々諾々と受け入れて尻尾を巻いて逃げ去る。などということは無く、比較的安全な粕照に陸揚げした戦力を用いた攻勢を開始した。
その攻勢は半ば孤立した井倉恩救出を最大目標としたもので、リーベン海軍に睨まれた海岸沿いではなく、敢えて内陸部から行われた。
攻勢自体は予期していたモノの、内陸部からとは思っていなかったリーベン陸軍は意表を突かれて混乱した。
ともすれば北岸部隊が包囲されてしまうのだから事態は急を要するのだが、戦艦の艦砲射撃という手助けによって北岸での攻勢を第一と考えていたのだから、対応は後手に回る事になった。
アレマニアの攻勢は新たに派遣された第15、21の二つの装甲師団を指揮するヨハネス・オイゲンによって行われ、それまでの弛緩したアレマニア軍とは一線を画す練度と速度を持った衝撃力に全く対応できないリーベン陸軍はただただ後退を続けるだけだった。
11月14日に始まっていたこの攻勢の初動は海での戦いと艦砲射撃で収まるとの当初予想によってリーベンはそれを無視する沿岸での進撃を行い、井倉恩の包囲を25日には完成させたのだが、それから3日後、背後からオイゲンの部隊が出現し、リーベン軍を包囲する様な機動を行った。
これではどちらが包囲されているのか分からない。
かといって、リーベンにはどうする事も出来ない事情があった。
暮田島の中央山脈を下った先にある中央丘陵は南北の道は発達しているのだが、東西の道は井倉恩にほど近い平野部、そして、オイゲンが展開した中部にしかなく、その外を包囲しようにも展開が非常に遅く、限られた東西線は各個撃破を受ける事が誰の目にも明らかだった。
なにせ、オイゲンは直前までゴール南方領土における作戦でゴール軍を海岸線から追い込んでしまっていたのだから。
彼は砂漠を迂回してゴール軍を引っ掻き回し、分散配置された部隊を各個撃破すると、要衝だけを占領するとすぐさま居なくなり、点在する街や拠点を一切無視して突き進み、先年秋には南方領土の拠点、アホ・ヨセヤを制圧していた。
その後、本国に凱旋し休暇のはずがルテニア戦線の立て直しを丸投げされ、それが終ると暮田島へと放り込まれてきたのだ。
砂漠のキツネ、不敗のペテン師とゴールから恐れられたオイゲンはしかし、暮田島での作戦について、後に「アレは発作の様なモノ」と語っている。
相当に嫌気がさしていたらしく、作戦指揮は優れていたモノの、全く補給を考えない急進であったがために12月に入ると燃料不足が深刻になってしまって身動きが取れなくなった。
ただ、それで困ったのはオイゲンでも井倉恩のアレマニア軍でもなく、二重包囲されたリーベン軍だった。
補給のやせ細った井倉恩の部隊ではあったが、すぐ背後に味方がいる事を知り戦意旺盛だったし、オイゲンの率いる部隊もそこが砂漠ではないので全く悲観していなかった。「水も食料もそこにあるし、何なら燃料だって目の前に居る敵から『貰えば』良い」と、そんな考えであった。
そんなオイゲンの攻勢を支えるように陸海軍の航空部隊もそれまで以上に上空に現れる様になり、何より、根本的な解決こそなされないものの、無理を押してBa190が前線を押し出す役割を果たしていた。
この時、Ba190は攻勢に合わせて増強されており、暮田島においては既にアレマニア軍の主力戦闘機であった。
アレマニアは幸運の、リーベンには不運な事に、酒寄や志波と対比される整備主任が着任し、それまでの低稼働率がウソのような働いを始めていた。
当然だが、それは彗星で手に追える相手ではなく、隼が相手をすることになるのだが、完全に水噴射の使い時を心得たパイロット相手に隼0型は劣勢であった。
特にルテニア戦線から転戦してきた白い塗装を施したBa190はリーベンにとって恐怖の的だった。
生還したリーベン空軍のパイロットは口々に「連邦の白い連中はバケモノだ」と繰り返すようになる。
もちろん、そんななかでBa190を撃墜する逆井や玄柄の様なバケモノがリーベンにも居たし、潟稲に至っては3度操縦席後ろの装甲板を破壊され、4度エンジンに被弾し、数えきれないほどトラブルに見舞われ「ツイてない潟稲」などと笑われながらもBa190だけで3機撃墜という大手柄を上げていた。
そんな神聖歴1919年/皇歴2004年12月14日、事件は起きた。
「逆井が戻ってこないぞ!」
それまで編隊を率いて活躍していた逆井が帰還しなかった。
ただ、誰も彼が被弾した姿など見ていないという。僚機であった巌本が帰ってこないことから、撃墜されたものと考えられた。
それからしばらくして、聴音機隊から通報があった。
「空耳8より仕手藍、味方機のエンジン音をひとつ探知、エンジン音は正常だが乱流音らしきものが聞こえた。損傷機が単機で飛行中と思われる」
その連絡によって多数のパイロットが飛び立とうとしたが、すぐに飛べる機体は少なかった。
「玄柄」
酒寄に呼ばれ、飛行可能機のリストを渡された彼が救援機を編成して飛び立ったのはそれから5分後であった。
ただ、それからわずか後、新たに聴音機隊から報告が来た。
「空耳7より仕手藍、敵機探知、音源は4ないし5、Ba190と思われる。注意されたし、高度3000、速度420」
逆井の飛んでいる空域とはズレてはいたが、救援隊と接触する可能性があった。
その報告によってさらに迎撃機の準備と出撃も行われた。相手は何と言ってもBa190である。手を抜く事など許されない。
「突っ込んでくるかもわからねぇ、お前らも手伝ってやれ!」
飛べる機体を空へと送った後、整備隊も警備部隊を手伝って対空砲や機銃の弾薬を準備して回る。掩体に入りきらない機体はこの際仕方がない。
それから数分、対空砲と連接した聴音機隊がBa190の音を捉えた。
「敵機探知!空襲!空襲!!」
基地には退避と防空戦闘の指令が発令される。
「射撃は待て!空戦中」
聴音機が空戦音を聞いて射撃待機の命令がすぐさま出される。
「あれが空戦か、模擬戦なんてただの遊びじゃねぇか」
どこかからそんな声が聞こえる。
「うわ、翼端から雲引いてるぞ」
「つか、白い奴じゃねぇか!!」
退避命令が出ているが防空壕に逃げ込んだ人数は少ない。見え始めた空戦に皆夢中だった。
「ああ~」
「マジかよ・・・」
墜とされるのはリーベンの機体ばかり、白い機体4機は健在だった。
空戦をしながらもこちらへと近づく白い機体。
「よっしゃ!」
何とか白い機体が1機、炎を吐いて墜ちるのが見えた。
「もう、彗星の時代じゃねぇな」
それを見つめる酒寄はそう独り言ちる。
「ですね。ウデがどうとかじゃなく、次元が違い過ぎて・・・・・・」
志波もそれを聞いてそう応える。
「あ」
空へ上がった彗星は目の前で落とされていくが、隼が逆襲に出ていくのが見えた。そして、もう1機白い機体が墜ちる。
「アレは潟稲か?」
「多分。機銃一丁止まってますから」
どこか無感情にその空戦を眺める二人。
「やりましたね」
潟稲らしき機体がさらに白い機体を撃墜し、残った1機に照準を定めているのだろう。しかし、ガクンと速度が落ちる白い機体。
「弾切れだ」
潟稲も数発は撃てたようだが、そこで弾切れとなった。
そのまま敵機にのしかかるように接近する潟稲。
「体当たりはやめろ!」
どこからともなくそんな声が聞こえ、それが届いたかのような動きをする隼。
ただ、諦めてはいないらしく、敵機の上を離れない。
「強制着陸なんざ初めて見たな」
際どい飛び方をして敵機の高度を下げさせる隼の指示に従って滑走路へと滑り込んでくる白いBa190を見ながら酒寄はそう言った。
周りにも5機の彗星が飛んでおり、ここから上昇したところで撃墜確実な事をパイロットも悟ったのだろう。




