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タンバリン  作者: 相沢ごはん


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後日談2

pixiv、個人サイト(ブログ)にも同様の文章を投稿しております。


ご都合主義のゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります。

「説也、説也!」

 スマートフォンから聞こえる創介の声は、いつもの淡々とした様子とは違い、かなり慌てているようだった。

「どうした、樋口」

 戸惑いながら問いかけると、

「説也、助けてくれ」

 創介は、いまにも泣き出しそうな声でそう言った。わけがわからない。

「どういうこと? なに言ってんの?」

 説也は言う。

「いますぐ俺を助けにきてくれ」

 創介は、とうとう涙声でそう言い、そのまま通話は切れてしまった。

「なに? 誰?」

 向かいに座り、フライドポテトをつまんでいた友人の音尾が尋ねる。

「樋口から。なんか、助けてくれって泣いてた。わけわかんね」

 説也は呆然としながら答えた。

 今日は日曜日で、しかもクリスマスイブだ。説也は音尾の買いものに付き合ったあと、ふたりでファストフード店で歩き疲れた脚を休憩させていた。音尾は今日が十二月二十四日だということを全く気にしていなかったし、説也も頓着しておらず、いつものように過ごしていた。そんな折、樋口創介からの着信があったのだ。

「樋口って、経済学部の? 確か、英語が同じだよな」

 そう聞かれ、説也は頷く。

「おまえら、最近仲いいな」

 などとからかうように笑んだあと、音尾は真顔になり言った。

「行ってやれよ。困ってんじゃないのか。泣いてるなんてよっぽどのことだろ。なんかあいつ、滅多に泣きそうにない感じだし」

「そうだな」

 説也は頷いた。

「わり。おれ、ちょっと行くわ」

「おー」

 音尾は、立ち上がった説也にひらひらと左手を振った。

 しかし、来てくれと言われてもどこへ向かえばいいのかわからない。説也は、創介のスマホに電話をかけ直す。

「ところで、おまえ、いまどこにいんの?」

「家」

 それだけ聞くと、説也は無言で通話を切る。電車だな、と思いながら説也は小走りに駅へと急いだ。

 創介のアパートには一度行ったことがあるだけだったので入り組んだ路地に少し迷ってしまったが、なんとか到着した。チャイムを押すと、ガツンと勢いよく扉が開き、顔面蒼白の創介が体当たりをしてきた。

「うわ、危ね。どうしたんだよ、樋口」

 体当たりをしてきた創介は、そのまま説也の身体にすがりつくようにして、

「説也。本当にきてくれたのか」

 涙声で言った。

「いや、おまえがこいって言ったんじゃん」

 説也は創介を自分から剥がしながら言う。ゆるゆると顔を上げた創介は、説也の顔を真正面から見て言った。

「髪切った?」

「切ったよ。毎度のことながら切られたよ。でも、いまそれはいいよ」

 説也は少し笑う。

「で、どうしたの」

 説也の問いに、

「虫が出た」

 創介は蒼白な顔で答えた。

「うじゃって、出た」

「うじゃっ?」

 虫って、どんな虫だろう。説也は考える。普段、あまり物事に動じない創介がこんなに怖がっているくらいだから、トンボや蝶々なんてかわいらしいものではなく、ゴキブリかなにかかもしれない。そもそも、トンボや蝶々はこんな真冬にはまず見かけない。だとしたら、やっぱりゴキブリか。ゴキブリが、うじゃっ?

「そんなの、おれだっていやだよ」

 説也は言った。

「どこに出たの?」

「ベランダの排水口んとこ」

 言って、創介は説也の右手を引き、部屋の中へ導く。

「黒くて、赤い斑点がある虫」

 ベランダへの窓を開けながら創介が言うので、よかった、ゴキブリじゃない、と説也はこっそり息を吐く。なんだろう、珍しい虫ならいいな、と思いながら、説也は創介に促され、ベランダを覗く。

 件の排水口の横には、何故だか濡れた歯ブラシが落ちていた。その少し上、ザラザラした白い壁に、確かに黒く小さな虫がうじゃっと存在している。とは言っても、五、六匹が固まっているだけだ。背に赤い斑点が二つある。

「テントウムシだ」

 説也は少しがっかりしながら言った。

「でも、それ赤くないぞ。黒い」

 創介は納得しかねる、という様子で説也を見る。

「テントウムシにはいろんな種類があるんだよ。これはヒメアカホシテントウだな。よく見るやつだ。赤いのよりメジャーかもしれない」

「……そうか。詳しいな」

 創介は頷いたが、自身がベランダに出てみる気はないようだった。

「ここがぬくかったのかな。大量発生しちゃってるな」

 言いながら、排水口の横に落ちている濡れた歯ブラシがやはり気になり、説也はそれを拾って創介に見せた。

「あ」

 創介は短い声を発すると、慌てて歯ブラシを受けとり、

「歯みがきの途中だったんだ」

 もにょもにょと呟いた。

「そんなに驚いたのか」

 説也が呆れ気味に笑うと、

「ああ。ゾッとした」

 創介は頷いた。自分で気づいているのかいないのか、創介は説也の右手を握ったままだ。創介の手は、この真冬に汗で湿っている。冷や汗だろうか、などと思いながら説也は言う。

「たぶん二、三日したら普通にいなくなるよ。害のある虫じゃないし、いても大丈夫だろ」

 その言葉に、

「そうか」

 創介は、ほっとしたように呟く。

 ヒメアカホシテントウは黒地に赤紋が二つあるテントウムシだ。赤地のヨツホシテントウや黄地のナナホシテントウと違い、確かに見た目は少し不気味ではある。しかし、そこまで驚くほどの虫ではないはずだ。よく見る虫だし。

 もしかして、と説也は思う。

「樋口って、虫苦手なの?」

 尋ねると、創介は、「得意ではない」という言い方をした。苦手なのか、と説也は内心で笑う。

 ふと、創介のジーンズのポケットから覗く、ミイデラゴミムシのストラップが目に入る。虫が苦手なくせに、それをずっと付けている創介の心理がよくわからない。このストラップは、説也が創介に渡したものだ。もしかすると、外すのはこれをくれた説也に悪いと思っているのかもしれない。そう思い、

「虫が苦手なら、ストラップ外してもいいぞ」

 親切のつもりで言ってやると、

「いやだ」

 創介は即答する。

「これは、説也がくれたストラップだから」

 いつもの淡々とした口調で、創介はきっぱりと言った。

「そ」

 説也の思考は一瞬停止した。しかし、すぐに頭を振り「そうか」と頷く。なんだかくすぐったい。その上、少し、いや、かなりうれしい気持ちになってしまった。

 そういえば、今日はクリスマスイブだ。創介にぎゅうぎゅうと握られた右手を見ながら、説也は改めてそんなことを思う。クリスマスイブに男ふたりでなにやってんだ、おれら。

「その髪型、かっこいいな」

 などと創介が言うので、

「それはどうも」

 説也は言って、安心させるように、創介の手を握り返した。

「おい、樋口。今日、晩飯いっしょに食おう。唐揚げとか焼き鳥でも食べに行こう」

「いいけど、なんで鶏肉ばっかなんだ」

「クリスマスっつったらチキンだろ」

 説也の言葉に、

「そうか」

 創介は静かに頷いた。

「今日って、クリスマスだったっけ」

「おまえ、もっと俗世に興味持てよ」

「うん」

「まあ、いいや。出かけるまで漫画読ませて」

ありがとうございました。

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