2.
pixiv、個人サイト(ブログ)にも同様の文章を投稿しております。
ご都合主義のゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります。
ロリータタンバリン少女は、今日もそこにいた。大通りから少しだけ外れた夜の路上、最近では彼女を見かけないことのほうが少ない。
赤いタンバリンが、激しく打ち鳴らされる。
「よう」
しゃがみ込んでその少女に見入っているキノコ頭に、創介は声をかける。茶色い髪の毛がさらりと流れ、ぱっちりと大きな二重の目がこちらを見た。
「ああ」
説也は、無機質に声を発した。
説也の名字は、「いのした」というらしい。井下説也。名前の字は、創介が勝手にあてていた字で偶然にも正解だった。
英語の授業の時、創介は桜澤さんに聞いてみた。桜澤さんと創介は同じ学部だ。だから知らない人ばかりの英語の授業では、いつもとなりに座る。ふたり一組で会話をするという授業の際、友だちの少ない創介は、毎回、桜澤さんの世話になっていた。
「桜澤さん、あいつの名前って知ってる? ほら、あのキノコ」
桜澤さんは、さりげなく創介の示す人物に視線を向け、「井下くんね」と教えてくれた。
「史学部の井下説也くん」
いのした、と創介は口の中で呟いた。
「井下くんがどうかしたの?」
桜澤さんに聞かれ、
「いや、別に」
創介は首を横に振る。説也のほうを見ると、ばっちりと目が合ってしまった。説也は舌打ちをしそうな顔で目をそらす。俺は嫌われているのかな。創介はそんなことを思った。友だちになれそうな気がしていたのに。
ロリータタンバリン少女に見入っていた説也が、すっと立ち上がった。
「樋口、スマホ持ってる?」
唐突にそう尋ねられ、
「ん?」
創介は思わず聞き返す。誰もが、こちらがスマートフォンを持っているものとして話を進めてくる昨今、持っているかと尋ねられたのは初めてだ。
「持ってんの、持ってないの」
「持ってる」
てっきり番号やメッセージアプリのQRコードなどを交換するのだと思い、創介はその準備を始める。嫌われていると感じたのは、思い過ごしだったのかもしれない。そう思った。創介の心は浮き足立っていた。
しかし、説也が尻ポケットから取り出したのはスマホではなかった。創介の目の前に、説也は指でつまんだそれを、ぷらん、と突き出した。
「これやる」
説也は言った。
「なんだ、これは」
創介は尋ねる。説也が創介に突き出しているのは、ストラップだった。見たこともないような妙な虫がリアルに再現されたストラップ。創介は、うげ、と思う。虫は得意ではないのだ。
「ミイデラゴミムシ」
説也は言った。どうやら、それがこの虫の名称らしい。
「スマホケースとかにつけたらいい」
説也は、ストラップを創介の手に握らせる。ちくちくした感触が本当の虫みたいで、創介は再び、うげ、と思った。
それでも、せっかくもらったのだから、と創介は説也の言うとおり、それをスマホケースにつけてみた。説也に見せると、説也はゆらゆらと揺れるストラップを、ただ目で追っていた。
「どうしたんだ、このストラップ」
尋ねると、説也は、「ガチャで。ほしいのが出なくて」と呟く。
「なにがほしかったんだ?」
「オニヤンマのヤゴ」
「ヤゴ?」
「トンボの幼虫だよ。習っただろ、小学校ん時」
ヤゴ。トンボよりもぞわぞわする外見だった、確か。そう思い出しながら、創介はやはり、うげ、と思った。
赤いタンバリンが打ち鳴らされる。説也はしばらくそれを眺めたあと、創介のほうを見もせずに歩いて行ってしまった。またな、と声をかけようかどうか迷っているうちにタイミングを失い、創介は黙ったままでいた。
目の前の、ロリータタンバリン少女がにっこり笑う。
「たたきますか?」
差し出されたタンバリンに反射で手を伸ばしかけ、創介は慌てて引っ込める。そして、首を横に振った。
「いつも、そういう格好をしてるんですか?」
創介は少女に尋ねてみる。
「いつもはこんな格好はしていません」
少女はにっこりと微笑んだまま答えてくれた。
「タンバリンをたたく時だけ」
「そう」
創介は頷いて、少女の持っているタンバリンを一回だけ、トン、と指で鳴らしてみた。少女は、にこにこと微笑んでいる。
ありがとうございました。




