護摩行
那加京華の父・吉一は、新興IT企業である那加フロンティア・システム・カンパニー(株)の社長をしていた。
会社は、アメリカの某大手企業が提供するクラウド基盤サービスの上にシステムを構築することを軸に急激に成長している。
今やビジネスに情報システムは欠かせないものとなっているが、システムのオンプレミス(自社運用)は廃れつつあり、時代はクラウドへと大転換しつつある。政府の情報システム整備政策がクラウド・バイ・デフォルトへと舵を切ったことが、その証左であろう。
だが、吉一は、社員を引っ張っていくカリスマはあれど、経営学やマーケティングといったことには疎かった。
そういったことは、彼の右腕で専務取締役である本町聡に任されており、彼なしには会社の成長はあり得なかった。
しかし、会社が成長するにつれ、本町専務も限界を感じていた。そこで彼は、甥っ子の遥斗を呼び寄せることを考え、社長に提案してみることにした。
「社長。私も仕事がもう手一杯なので、手伝わせるために甥を呼び寄せたいのですが、いかかでしょうか?」
「君の甥なら優秀なんだろうが、どういう人なんだ?」
「スタンフォード大学のMBAを取得して就職先を探しているところなんですが……」
「……MBA?」
「いやだなあ。社長。経営学修士(Master of Business Administration)のことですよ。授業も英語だし、ペラペラですよ」
「スタンフォード大学って、アメリカの大学だよな。中堅くらいだったかな……」
「社長。ハーバード・ビジネスがトップ常連の時代はもう終わったんですよ。MBAランキングも種類がありますが、トップ争いの常連は今やスタンフォードですね。遥斗は、その中でも成績がトップクラスだったんです」
「わ、わかったから……ならば、まずはインターンで来てもらおうか?」
「そうですね。そうしましょう」
「それで仕事ぶりを見せてもらって、良ければ採用しよう」
「社長! 何を言ってるんですか。選ぶのは遥斗の方ですよ。やつは世界中の有力企業から引く手あまたなんですから。放っておいたら、うちみたいな新興企業を選んでくれるわけがないでしょう」
◇◆◇
そして、遥斗がインターンでやってきた。
能力的には即戦力であるし、そのうえ背が高くイケメンであったので、女子社員たちは舞い上がった。
遥斗が20分くらいでVBA(Visual Basic for Applications)を組み上げたら、それまで女子社員が数時間かかってやっていたデータ入力業務が10分で終わってしまった。このときばかりは、女子社員たちから拍手喝采があがった。
だが、社長の吉一は昭和気質の人間だった。
遥斗を接待するような感覚で、社員旅行を企画した。
若者は、きちんと仕事とプライベートを分けて考えているのだが……。
しかし、本町専務ですらカリスマ社長の首に鈴をつけることは難しかった。
さすがに、全員参加とはいかず、社長夫妻、本町専務と遥斗、そして社員有志で栃木県の那須湯本温泉へ観光旅行することになった。
ここには、「玉藻の前」という美人に化身していた九尾の狐にまつわる「殺生石」という国指定名勝があり、当然にこれも見に行った。
そのとき、社長の妻・旭子は、見慣れない女子社員から殺生石のレプリカをお土産だと渡された。
遥斗の具合が悪くなったのは、その旅行の後からであった。
結局、会社へ通えなくなり、病院で診察を受けたもののはっきりした原因はわからず、心療内科へと回された。
京華は、藁にも縋る思いで、凛月から言われた護摩の話を父にした。
吉一は、会社経営者がありがちなことに、ゲン担ぎに熱心であったから、一も二もなくこれに飛びついた。
が、結局、本人は具合が悪かったので、本人不在のまま護摩行が行われることになった。
覚元は迷った。護摩行にも種類がある。
単に健康の問題であれば、増益法になるし、凛月が心配するように霊障ということならば調伏法ということになる。
しかし、根拠がない以上は増益法というのが筋だろうということになった。
普段は使われない毘沙門堂で、護摩行が行われた。
覚元が護摩壇の中央に開けられた火炉へ護摩木と呼ばれる薪を投げ入れて勢いよく燃やし、手で印を組み不動明王真言などを唱えていく。背後では関係者と凛月も祈りを捧げていた。
それが終わった後、覚元は凛月をひそかに呼ぶと言った。
「おまえも感じたと思うが、手ごたえがなさすぎる。これは霊障の線が濃厚だな。おまえ、行って様子を見て参れ」
「ええっ! 何で私が?」
「どの道、寺としてのアフターサービスも必要だし、おまえの修行にもなれば一石二鳥ではないか」
「もう……勝手なんだから……」
霊障だとすると、まだ初心者の凛月は自信がない。となると、頼みの綱は彼である。
「哪吒。あんたもたまには働きなさいよね」
「ちぇっ。わかったよ。行けばいいんだろう。行けば……」
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