悪役令嬢は流される2
それにしても川は心地よい冷たさだ。スイカを冷やしたら美味しくなりそうだな。でもあいにくここには存在しない。
「ルーナとスイカ割りしたかったな」
「割る?何を?」
「ううん、なんでもない。それよりも!」
せっかく川に来たのだ、遊ばなければもったいない。川遊びといえばもちろん……。
「えいっ!」
ドレスの裾が水に浸かるのも気にせず両手で水を掬い上げ、ぱしゃりと軽くルーナに水をかけてみる。
「冷たい」
目を丸くしたルーナが至極当たり前の感想を口にする。
「水かけっこするの。気持ちいいわよ」
「水をかける?」
不思議そうに首を傾げるとルーナが両手を水面に翳した。すると川の水が掌に集まり特大スイカサイズの水の球体になった。それを胸元辺りに掲げルーナがじっとこちらを見る。
「ちょ?え、ルーナ、ちがっ」
へぶぅっ!!!
弁明するより前に水の球が顔を包み、やがて全身が包覆われた。髪もドレスも水を含み体が重い。そんなびしょびしょな状態で沸き上がったのは闘志だった。
「お返しだー」
魔法よりも物理だ!と水を掬い上げてはルーナにかける、しかしルーナはひょい、ひょいと水を躱し涼しい顔をしている。全然当たらない。それにドレスが川に浸かってるのになぜか濡れていない。なんでー?
「疲れた」
肩で息をする私を呆れたように見るルーナは何かに気がつき指を指す。
「お姉様、何か流れてる」
「どんぶらこーどんぶらこー」
「ドンブラコ?」
思わず口から出たが本当に川を桃が流れていたのだ。布に包んで冷やしておいた物が脱走したらしい。川の流れに乗ってどんどん川下へ流されていく。貴重な私のおやつが逃げていく。
「じゃなくて追いかけなくちゃ!」
慌てて桃を追いかけようとするが水の流れに足を取られはうまく走れない。それに段々と深くなってきたようだ。しかし桃は捕まらない。このままでは小さな桃太郎が誕生してしまう!焦って先に進もうとしたところで急な流れに翻弄されつるりと足が滑った。バランスを失い慌てて水面に出ようと手をばたつかせる。思っていた以上に深くて足がつかない。
「あばぼっ、たすけ」
ルーナを呼ぼうと手を上げ声を出した瞬間水に引き込まれた。なんとか水をかき、水面に顔を出そうと試みる。息をしなきゃと手をバタバタさせ顔を上げようとするがうまく呼吸できない。それよりもドレスが水を含みどんどん水底に引き込まれていく。
もうダメかもしれない。
そう思った時急に息ができるようになった。気がつくと私は河原に立っていた。
正確にはここは川底なのだろう。私の前に川の水が壁になったように立ちはだかっている。反対を向けばそちらにも壁状の水がある。
そう、川の間が割れたようになり、その間に私が立っているのだ。何だかとっても不思議なことになっている。指でつつけば水がふよふよと揺れる。
「お姉様、川遊びは程々に。流れが急なところには近づいちゃダメよ」
声のする方を見上げればルーナが河原に立っていた。その掌に浮いているのは3つの桃だ。
「ルーナが助けてくれたの?ありがとう」
「早く上がってらっしゃい」
びしょびしょのドレスも髪もいつの間にか乾いている。慌てて河原に戻ればほどなく川は元の姿に戻った。水面がキラキラと輝いている。ただ鼻に残った水がツンと痛んだ。
川遊びは楽しい反面危険を伴います。
必ずライフジャケットを着用し、マリンシューズを履いた上、いざという時の浮き具等を用意し、安全確認した上でお楽しみください。




