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悪役令嬢は双子の妹を溺愛する  作者: ドンドコ丸
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寂しい壁(マルグリット)3

 一日の家事を終えたマルグリットは自室に戻り腰をうんと伸ばし肩を揉む。

 そういえばと床に置いた包みの存在を彼女は思い出した。布包みを開いた瞬間彼女は顔を顰める。むわっとしたカビ臭い匂いに思わず咳き込む。中にある物を広げれば白いドレスであっただろう布が入っていた。黄ばんで汚れ、ぼろぼろになった物だ。今どき平民だってこんなボロは着ていない。

 古臭いゴミ、いらないもの。

 まるで自分だ、いらないからと捨てられた自分と同じだ、そうよぎった考えを消すように首を振ると包みを元に戻す。部屋に置いておくのも嫌だとマルグリットは包みを持ち部屋を出た。向かうのは地下室だ。祖母が絶対に立ち入ることはない部屋を目指す。


(それにオバー様は食後のお茶のおかげでぐっすり眠っている頃だし)


 マルグリットは小さく笑む。リラックス効果のある薬草を使った茶葉のおかげで食後の暇つぶしという名の折檻を回避できるようになった。毎回お茶だと怪しまれるかもしれない次は菓子に混ぜてみよう、そう考えながら片手で明かりを灯し薄暗い階段を降りていった。


 地下室はカビとよくわからない独特の匂いに溢れている。簡素な棚がいくつか並び、中には布に包まれた物が無造作にいくつも押し込まれている。

 適当に空いている場所をみつけるとマルグリットは包みを突っ込んだ。彼女は傍にあった他の包みをなんとはなしに取り出し、布をめくる。


「オジー様か、ハズレね」


 布の中には厳格そうな表情の男の肖像画が現れた。それを棚に戻しマルグリットはため息をついた。


 過去にこの男、マルグリットの祖父は政治闘争に負けた。大昔にはそれなりの爵位だったのだ。後に不正に手を染めて得た地位と明るみに出たが。腐敗した権力の手先となった祖父は投獄された。もっともマルグリットのことを最後まで孫とは認めなかったが。

 まだ彼女が幼い頃、祖父がそんな悪いことをしているとは露知らず、何かの間違いだと信じ切っていた頃。男を励まそうと面会に行った時。


「おまえのような汚れた血は我が一族ではない。帰れ、顔も見たくない、虫唾が走る」


 そう怒鳴られ追い返された。それからすぐに男は病に倒れ、獄中を出ることなく亡くなった。


 棚を物色しながらマルグリットは呟いた。


「全部捨てちゃえばいいのに」


 棚に押し込められているのは昔この屋敷に飾られていた絵だ。この地下室は絵の墓場なのだ。


 貴族の美しい娘を卑しい平民の画家見習いの男が騙し、誘惑し、あろうことか子どもまでつくったからだ。

 家族の肖像画を描くためにやって来た画家に付いてきた若い見習いの男がいつの間にかその屋敷のお嬢様に手を出したのだ。

 騙されたのが母であり、生まれてしまったのがマルグリットだ。 


 それ以来画家は勿論、絵すら嫌いになった祖父母が家中の絵をここに押し込めたのだ。

 高貴な貴族に卑しい平民の血が混じったと考えた祖父母はマルグリットを同じ人間とは、貴族とは認めなかった。


 マルグリットは目障りな転入生(フィーリア)を思い出し顔を歪めた。同じ平民だと言うならばあの娘より自分のほうがまだ貴族に近いのに、と。それなのにあの娘はジェローム様だけでなくイリス様に近づき、ルルディ様とも近しい、さらには殿下(アレス)にまで取り入ろうとしていると憤慨する。そしてマルグリットにとって何よりも許せないことがある。あろうことか未来の王太子妃(ルーナ)の屋敷に行ったのだ。


「許せない」


 噛み締めた唇が赤くなることにも、その考えがが身勝手な八つ当たりであることにも彼女は気づかない。

 こみ上げる怒りを棚にぶつける。すると棚の中から何か落ちてきた。

 わき上がる埃に咳き込みながら彼女は包みを解いた。最初はそれが何かわからなかったがやがて気がついた。


「いいものあるじゃない、ま、使うわけないけど」


 それは絵を描く道具のようだった。使いかけの絵の具の素であろうものも乱雑に詰め込まれている。マルグリットはそれを手に取り弄ぶ。


 暫くそうしていたがやがて彼女の口角が上がった。そして先程押し込めたボロドレスをもう一度取り出した。それを包んでいた布にガラクタを詰め込み、丸く形作る。そして絵の具の素を小皿に入れ、掌から少量の水を出し皿へ入れる。


「溶けないわね。ま、いいわ」


 指に水を含ませ、布に丸を2つ、歪んだ線を1つ。目と口を。口は笑っているように、目は虚ろに。絵具の色はのらなかったが水の跡が残る。さらにドレスを当てれば亡霊の出来上がりだ。


「うわっ、気持ち悪い」


 真夜中の部屋にこんなものがいたら……きっと出ていきたくなるだろう。


「ルーナ様のためよ」


 にいっと口角を上げたマルグリットのその顔は布に描かれた表情と同じものだった。


 マルグリットは絵の具とドレスを布に包みそれぞれ棚に戻す。慎重に準備を進めないといけない、決行日も決めなければ。逸る気持ちを抑えつつ部屋を出ようとした。


 その時ふと彼女の目に留まったのは紙の束だった。先程の衝撃で棚から落ちてきたのだろう。元の場所に戻そうと手に取り何とはなしに目に入ったそれをマルグリットはぐしゃりと手で握りつぶした。それから我に返り手の力を緩め、ぐしゃぐしゃになった紙の皺を伸ばし始めた。そしてそれを手にしたまま足早に自室に戻るのだった。

 部屋に戻り彼女は紙に描かれた絵をじっとみつめていた。色も塗られてない黒一色のそれは男と女そして赤子の絵だった。女性はどこかマルグリットに似て三人笑顔で顔を寄せ合っている。


「……あさん」


 小さく呟くとマルグリットは大切そうに紙を胸に押し当てた。それから机の引き出しの奥にそれをしまったのだった。

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