寂しい壁(マルグリット)2
学院内の馬車待ち場に並ぶ絢爛な馬車から目を背けマルグリットはローブの前紐をぎゅっと結び直した。学院の外に出る時は制服が見えないように隠すのが暗黙のルールである。
門を出て街の広場へ足早に向かい乗合馬車に乗る。一度乗り換え街の外れで降りてまた暫く歩く。雑草だらけの前庭、蔦の絡まる屋敷、いつもの見慣れた光景を気にも止めず建付けの悪いドアにぐっと体重をかけ開く。これもいつものことだ。玄関ホールに入りマルグリットはため息を一つつく。
ところでこの屋敷を初めて訪れた人は皆何か違和感を覚える。いやこの屋敷に来る者はほぼいないが。
玄関ホールに立ち、室内を見回せばやがて気がつくだろう。壁がやけに広く感じられることに。
絵が一枚も飾られていないのだ。
この国の貴族の屋敷では肖像画が壁を彩るのが当たり前なのだ。一家の主、家族、領地の風景が壁を賑やかに飾り立てる。しかしこの屋敷の壁には一枚も絵はない。
しかしこれもいつものことだ。そもそもマルグリットは他人の家に招かれたことなどないからそういうものだと思っていた。
マルグリットはローブを脱ぐと部屋のドアをノックした。
「ただいま戻りました」
「入りなさい」
返答を待ってからマルグリットは部屋に入り礼をする。そして頭は下げたままにする。
「どこをほっつき歩いていたんだい。遅いじゃないか」
杖を手にした老婆が椅子から立ち上がりもせず声を荒げる。マルグリットは姿勢を崩さず口を開いた。
「申し訳ありません。学院で友人のルーナ様と予習をしておりました」
マルグリットの祖母、彼女曰く『オバー様』はルーナの名前さえ出せば何も言えなくなるのだ。
「全くおまえのような卑しい女がよく取り入ったものだね」
そう言われマルグリットは唇を噛み締めた。でもここで口答えをしてはならなことを彼女はわかっていた。杖で打たれるのは御免だからだ。
「すぐ食事の支度をします」
「さっさとしておくれ」
貴族の血筋を自慢にする割に使用人すら雇えない。平民と変わらない、いや裕福な平民の方がよほどいい暮らしをしていると軽蔑の表情を出さないよう内心毒づきながらマルグリットは部屋を出ようとした。そんな彼女を祖母は呼び止めた。
「そうだそうだ、おまえにこれをやろう」
床に置かれた布包みを杖でつつく。
嫌な予感を覚えながらもマルグリットは近づき包みを手にした。
「貴族として恥ずかしくない服装をするんだよ」
女の嘲るような口調にどうせ碌な物ではないだろうと思いつつ、マルグリットは礼を言う。
自室に戻り包みを放ると制服を汚さぬようすぐに着替えマルグリットは調理場へ立った。
幼い頃から炊事、洗濯、掃除となんでもこなしてきた。いつものこと、なんてことはない日常なのだ。




