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悪役令嬢は双子の妹を溺愛する  作者: ドンドコ丸
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僕の可愛い妹達(ルミナス)

 キラキラと光る聖石柱の一部、そして良い香りのする薬草。妹にできた友人と妹から貰ったそれらを自室の机に置き、青年は思わず笑みを浮かべた。あの小さかった二人がいつの間にかこんなに大きくなったのだと。


 まだ彼が小さな頃にこの家の養子となった。子どもに恵まれなかった夫婦の元へ半ば売られるようにやってきたのだ。

 貰われるのは由緒正しい家と聞いて幼い彼は緊張していた。果たして自分はこの家の望む子になれるのかと。

 彼を連れてきた親戚が去り、三人きりになる。新しい両親と彼だけ。眼の前に立つこの二人のことを何と呼ぶのが正解なのだろう。不安な気持ちが顔に出ないように気をつけながら彼は必死に二人の表情を読み取ろうとした。

 ふいに二人の顔が視界から消えた、と同時に体が温かいものに包まれていた。


「あ、先を越された」


 男の、父となる人の笑い声が耳に入る。母となる人から抱きしめられていることに気がついた。温かいそれは生まれて初めてのぬくもりだった。


「ああ嬉しい。うちに来てくれてありがとう、ルミナス。私の家族に、私の子どもになってくれてありがとう」

「私達の、だろう。来てくれてありがとうルミナス」

「……お母さん、お父さん」

「ルミナス!もっと呼んでくれ」


 そんな二人の嬉しそうな声に驚いた。てっきり政略的な、ただの道具として子どもが必要なのだろうと思っていたからだ。けれども二人は勿論のこと家の使用人たちも皆が愛情深く、まるで本当の家族のように接してくれたのだ。

 この屋敷全体が陽だまりのように温かい。この家のために役に立ちたいと思うのに時間はかからなかった。だから学べることは全て学び、努力しようと思った。そんな彼を両親は温かく見守り、時には助けてくれた。


 それから数年経ち、母が部屋にこもりがちになった。温かな屋敷の空気が日が経つにつれ重いものに変わっていく。心配で心配でおろおろしていると、同じようにおろおろしている父が庭に誘ってくれた。そして、弟か妹がもしかしたらできるかもしれない、とどこか苦しそうな声で告げられた。

 その時最初にルミナスが思ったのは、どうしようだった。

 だって自分はこの家の本物の子どもではない。血が繋がっていない偽物なのだ。生まれてくる子どもは本当の家族だと彼は唇を噛み締めた。


 父に連れられ母の部屋に入ると少し痩せた母が弱々しく笑みを見せた。彼の見舞いを喜んでくれ、頭を撫でてくれた。その時見せた寂しそうな笑みが頭にこびりつく。

 あなたはもう必要ないのよ、そう言われたら。そんなことなどないのに、頭の中で妄想の声が鳴り響く。


 その日から彼は今まで以上にいい子に、この家に必要な子になろうとした。時には使用人の手伝いまでしようとした。しかし慣れないことばかりで逆に仕事を増やしてしまうばかりだ。次は父の仕事を手伝おうとしてインクをこぼし、重要そうな書類を真っ黒にしてしまった。これでは本当にいらない人間ではないか。必死に謝るルミナスに、大丈夫だからと困ったような笑みを浮かべ声をかける父を見て、自分はもう期待もされないのだと肩を落とす。

 一人になりたくてルミナスは広い庭をとぼとぼと歩いていた。青い空に穏やかな天気だが、それすら今の自分を責めているようだ。庭の奥の木々が茂る場所へ行き座り込む。このまま消えてしまいたいと思いながら。そのまま彼はすうすうと寝息を立て始めた。


 一方屋敷では、使用人たちが顔を見合わせていた。


「ねえ、ルミナス坊ちゃまを見なかった?お茶の時間だからお呼びしようと思ったのだけど」

「最近元気がないから今日は特別仕様の甘いものを用意したって料理長が言ってたのよ」

「図書室は?」

「それがいないのよ」


 心配そうに会話する彼らに気がついたのはこの屋敷の主だった。そしてルミナスがいないと知り、誰よりもおろおろしながら屋敷中を駆け回り始めた。このことはどうか妻には内密にしてくれ、絶対に心配するから、と口止めをすることは忘れなかったが。


 屋敷を上から下に探し回り、ついに庭の捜索が始まった。

暫く後すやすや眠る少年を抱えて主人が戻る姿を見て皆がほっと安堵の息を漏らしたのだった。


「今日はこのまま寝かせることにするよ。私が部屋に連れて行くからね。皆にも心配をかけたね」


 そう言って二階へ向かう途中でルミナスは目を開いた。父が自身を抱き抱えていることに気がつき、慌てて降りようとする。そんな彼を父は優しく制した。


「お腹は空いていないかい?」

「大丈夫です。迷惑をかけてごめんなさい」


 しょんぼりとした口調で言う彼に、大丈夫だよと優しく微笑む。


 ルミナスの部屋に入るとそのままベッドに優しく寝かせる。


「ぐっすりお休み」

「……ご当主様、お休みなさい」


 出ていく男にかけたのは小さな声だったが慌てたように戻ってきた。男の顔は青ざめ、今にも泣きそうで。


「ルミナス、私は君の父親だよ。そんな風に呼ばないでくれ」

「だって僕は本物の子どもではないですから」

「誰がそんなことを言ったんだい?」


 父はベッドの側に屈み、ルミナスに目線を合わせ穏やかな口調で問う。ルミナスは半身を起こし、首を横に振った。その目から涙が滲んでいた。そんな彼の様子を見ておろおろしながらも男は言葉を続ける。


「この屋敷の誰かに何か言われたわけじゃないのかな?」

「はい。皆さんとてもよくしてくれます」

「それはよかった」

「でも本物の子どもが生まれたら僕は必要なくなります」

「ルミナス、それは違う。君は僕らにとって本物の子どもなのだよ」


 ぎゅっと手を握る男の目にも涙が滲んでいた。


「少し昔話をしようか」


 昔々、いやそれほどではない少し昔、闇の力を持つ者が人々の心を惑わせた。王宮、大聖堂、民、それぞれが自身を一番に考え、互いに憎み合い、いがみ合った。騙し騙され、蹴落とし合った。人の心はその時々に揺れ動く、闇の力が悪しき方向に強く作用し、多くの犠牲もあった、とそんな話を男はした。


「……そんな不安な日々が僕達を子どもから遠ざけたのかもしれない。もちろん子どもを授かるかどうかはそれだけが原因ではないだろうけどね」


 寂しそうな男の表情はそれでも笑みに変わった。


「でも聖女様が現れた。悪しき者をあっという間に見つけ出し、追い払ってくれた」

「はい」


 辺境の地からやって来た聖女の力を持つ存在が闇の力をあっという間に討滅したのは有名な話だ。


「そのおかげで僕らはルミナス、君に会えた。聖女様のお導きだよ。君は本当の本物の家族なんだ。だから君が嫌じゃなければ」

「……おとうさん」

「ルミナス」


 ぎゅっと痛いほど抱きしめられ、ルミナスは父の胸の中でたくさん泣いた。


 翌朝、母の部屋に通されると母からも抱きしめられた。

「あなたは私達の大切な子どもよ。そしてもしかしたらだけど、お兄さんになるかもしれないわ。もしかしたら、ね」

「おかあさん」

「お兄さんになっても、ならなくても、あなたは本当の私達の子ども。何も変わらないわ」


 そう言われてから暫く月日が過ぎた。

 おろおろしながら母の部屋の前を行ったり来たりしていると同じようにおろおろしている父と目が合った。やがて聞こえてきたのは泣き声で、父と二人ノックもせず部屋に飛び入り使用人から怒られた。

 それでもルミナスは妹が、妹達ができて本当に嬉しくて父と母と三人で、いや新しい家族と五人でわんわん泣いたことを昨日の事のように覚えている。


 ある日のこと、母が姉妹の子ども部屋をこっそり覗いているところをルミナスが通りかかった。


「母さん、どうしたの?」

「ね、ルミナス見て」

「どうかしました?」

「リュシアがルーナにほら……」


 顔を赤くした母の指先を追えば、妹がもう一人の妹のおでこにキスをしている。可愛い。でもキスをしているのはルーナだ。どうやら両親には双子がそっくりに見えるようだが妹大好きなルミナスには確かに似ているしどちらも可愛いことはわかっている、だが見分けもつく。


「二人で何を見ているんだい?」


 さらには父も加わり姉妹の可愛さに悶絶している。


「ねえねえ、私達も……」


 何を言い出すのかこの母は、とルミナスは思ったが気づいた時にはおでこに優しくキスされていた。


「私にも」

「はいはい。少し屈んでくださいな」


 互いにキスしあってる両親を尻目にルミナスは自室に戻っていく、顔を真っ赤にさせながら。



「懐かしいな」


 そんな懐かしい思い出に浸りながら、ルミナスはこの幸せな家族がこれまでもこれからもずっと続いていけばいいなとそう思うのだった。

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