初めての招待(フィーリア)
体の内側から出てくる力を全身に巡らせる。そして指先から力を放つ。すると少女の指先から水が溢れる。水はこぼれることなく一塊になり、ふよふよした球体になった。フィーリアは満足そうに笑むと薬草を2本放り込む。今日の土産に友人から貰ったものだ。魔法の使い方にもほんの少し慣れてきた、と彼女は思う。
机の上に飾られた木彫りの馬の隣にそっと水の球を置く。正確には球は少し浮いている。以前はここに石と呼ぶには大き過ぎる物が置いてあったが今はない。
お土産に貰った薬草は抱えきれないほどだ。少しジェロームパパにおすそ分けしようかと思案する。大聖堂の庭に植えたら良さそうだ。そんなことを思いつつ、爽やかな香りに包まれた部屋でフィーリアは楽しかった一日を振り返る。
初めて貴族の家に招かれた。しかも相手はこの国の王太子の婚約者、の姉である。昔の、まだ平民だった頃の彼女ならば絶対に近づけない人だ。貴族は雲の上の存在だと思っていたが、出迎えてくれた家族は優しく温かかくフィーリアを迎えた。両親も兄も愛情深そうで二人の姉妹を大切にしているのがよくわかった。
本当はこの招待をあきらめようかと思ったのだ。同級生の一人に止められた時のことが頭によぎる。
「はあ?なんであんたがルーナ様の家に行くのよ」
「リュシアさんにお呼ばれしたからです」
「ふーん。ねえ、知ってる?人様のところに行く時はちゃんとした贈り物を持って行くのよ」
「贈り物?」
「そうよ。あんた用意できるの?できないでしょ。言っておくけどそこら辺に咲いている花とかはダメよ」
フィーリアの考えを見透かしたように言われてしまう。そうは言ってもフィーリアは元々平民だ。お金はほとんど持っていないし、そんな素敵な贈り物をどこで手に入れればいいかもわからない。
「どうしよう」
「わかっていると思うけど、殿下や神官様の手を煩わせるのはダメよ。あんたと違ってお忙しいんだから」
意地悪そうな笑みを浮かべながら少女が言い放つ。
「マルグリットさんならどんなものを持って行きますか」
「そうね。私なら隣国から手に入れた紅茶や織物 、それにうちの料理人が作った珍しい調味料を使った菓子なんてのもいいかしら」
どれもフィーリアに用意するのは無理そうで肩を落とす。
「私に用意できるかな」
「贈り物も用意できないのにルーナ様の家に行くなんて無礼千万よ。あきらめたら?」
そう吐き捨てるように言われフィーリアは途方にくれた。このマルグリットはフィーリアのことを疎んじているようで何かと嫌味を言ってくるのだ。他にも フィーリアのことが嫌いなのか目も合わせてくれないクラスメイトもいる。学院に通うことにはようやく慣れてきたが、こういうことには未だに慣れない。一方、言葉は厳しいが、何かと面倒を見てくれる人もいる。そうだ、彼女達に相談しようと思った時に気がついた、とても良いものがあることに。
この女子寮に入る時に大聖堂の神官見習いジェロームから大きな石を渡されたのだ。
「これはあなたの物です。部屋に置くといいでしょう。お守りのようなものです。大切なものですからね。少し重いですよ。ほら、両手で持って!落としたら危ないでしょ。しっかり持って!」
そう言って渡された石。石の割れ目からはキラキラした綺麗な物が見えている。
何か他にも言っていた気がしたがフィーリアは覚えていない。ただ大切なことは一つ、これは自分のものだということだ。
それにジェロームが大切な物と言うからにはちゃんとした贈り物になる筈だ。
石と呼ぶには大きい岩、フィーリアは知らないが正確には聖石柱の一部、を布で包む。
これでリュシアさんの家に行ける、素敵な贈り物を持って行けるのだとぴょんぴょん飛び跳ねた後、淑女らしくないと慌ててやめたのだった。
招待当日、持っていった贈り物は皆を驚かせた。とても高価なものだと言われたから素敵な贈り物になった筈だ。諦めないでよかったとフィーリアは思うのだった。
姉妹の兄に会うのは実は初めてではない。フィーリアに聖女の力が宿ったとわかり王宮に招かれた時、色々世話を焼いてくれたのが二人の兄ルミナスだったのだ。その時は緊張していてあまり話せなかったが、今日は色々なことをお喋りできた。
フィーリアが若干後退りしたくなるほど姉妹が好き過ぎることが判明した。二人の学院での様子をこっそり見に行きたいと言うので、寮の空室があれば通学生は泊まれるし、相談すれば卒業生も泊まれるかもしれないと教えると、彼は隣国の学校に通っていたそうで肩を落としていた。でも次の瞬間、今から通えばいいのではないかと言い始め、さすがのフィーリアも絶句した。
そんなルミナスを宥めつつ、二人の学院での様子を話すととても喜んでくれたし、彼からは二人が家に戻ると今でも夜は一緒に眠っているらしいと教えてくれた。仲良し姉妹最高!、とフィーリアは心の中で叫んだ。
学院に通って良かったことの1つは紙と筆記具が使い放題になったことだ。学院が提供してくれるのだ。授業の内容は勿論のこと、思いついた時に物語を書き留めておくことができるようになったのだ。今までは頭の中にしかなかった物語を文字に残しておけるは嬉しくてフィーリアは夢中になって書き記した。
でも辿々しいながら一生懸命書き取った物がビリビリに破かれたことがある。最初は誰かが間違えたのかと思った。でも何度かそういう事があり誰かが故意にやっていると理解したのだ。得体の知れない悪意は恐ろしく、そして悲しかった。
ある日もそんなことがあり、書き写し直そうと図書館の机で破片をつなぎ合わせ元の状態にしようと四苦八苦していた。そんな作業をしながらも堪えきれず涙が溢れてしまった。すると不思議なことが起こったのだ。
フィーリアが並べかけたバラバラの紙がひとりでに球状に丸まり、そしてまた開いていく。すると破れていたのが嘘のように元の紙に戻っていたのだ。
「え、どうして?」
「他に直すものはあるかな?」
フィーリアが振り返ると制服を着ていない少し年上の男がにっこりと笑みを向けた。
「メル先生!」
男は以前医務室で薬草茶を振る舞ってくれた教師だった。誘われるままに再び医務室へ行き、薬草茶と焼菓子を振る舞われ、それから秘密の庭の鍵を渡された。
この鍵がきっかけでフィーリアはリュシアとも仲良くなれたのだ。入学初日から知り合ってはいたが沢山話すようになったのは庭で過ごすようになってからだ。
リュシアのことは不思議な人だと思っていた。時々挙動不審なところがあるが話してみると人当たりも良い。そして顔がそっくりな双子の姉妹がいる。仕草もそっくりで時々見分けがつかなくなる。そんなルーナとはあまり話したことはない。何しろ王太子の婚約者である。でもそんな彼女からは時々強い視線を感じるのだ。特にフィーリアがリュシアといることが気になるようだ。
その様子が幼馴染の兄弟と重なり微笑ましい。
きっとルーナは姉の様子が気になって仕方ないのだ。兄に聞いた二人の様子を思い返し、フィーリアの表情が自然に緩む。そして紙と筆記具を取り出した。頭に浮かぶのは子猫の姉妹の物語、花畑を走り回り、池で魚を釣り、いつでもどこでも二匹一緒の仲良し姉妹のお話だ。
「あるところに ちいさい ねこの しまいが いました」
辿々しい文字で書き綴っていく、誰か読んでくれる友だちもできるといいなと思いながら。
マルグリットの贈り物の提案は口からでまかせで彼女自身が用意できる物ではありません。




