悪役令嬢は踏みつける2
「あーむ」
大きな口を開けて幸せそうにパンに齧り付くヒロインちゃんが私の目の前にいる。
迷子のヒロインちゃんを食堂まで送り届け、じゃ、ここで!、と全力逃走しようと思ったのに。どうしたことか彼女は一緒に朝ごはんを食べようと提案してきたのだ。
小さくため息をつき、パンを一切れ口に運ぶ。いつもなら美味しいパンなのに味がしないよ。
ところでルーナはまだ来ないな。いつもは一緒に朝ごはん食べるのに。
すると突然目の前のヒロインちゃんがパンを両手に持ったまま動かなくなった。
「フィーリアさん、どうなさいました?」
掌を軽く彼女の顔の前で振ってみるが固まったままだ。その視線は私の後方に定まっている。
何やらどす黒い気配が背後から漂っている気がする。
恐る恐る振り返れば、そこには大聖堂長の息子で隙あらば私を成敗しようと目論むジェロームさんが立っていた。その鬼のような表情は聖職者の顔じゃないと思うけど。
やばい、これは私、本当に消されてしまうのではなかろうか。
しかし彼の口から出たのは私のことではなかった。
「フィーリア嬢、待ち合わせをすっぽかし朝ごはんとはいい身分ですね」
「あひぃっ、ごめんなさいいいい」
あ、ヒロインちゃんがめちゃくちゃ怯えた顔で謝ってるよ。
「私は食堂の前であなたと待ち合わせをしていた筈ですが」
「ひゃいっ、でも場所がわからなくて」
「ほお?では今あなたはどこにいるのです?」
「食堂、です」
「ではなぜ待ち合わせ場所にいないのです?」
ネチネチとヒロインちゃんを詰問するジェロームさん、怖い。私逃げてもいいかな。そんな邪な考えを抱いたが、食べかけの朝ごはんは惜しい。
「えっと散歩して、迷子で、リュシアさんが」
ちょっと待って、ヒロインちゃん!私が踏みつけたことは言わないでー!!!特にジェロームさんには絶対に、絶対に言わないでほしい。
「ふむ。リュシアさんと何かあったのですか?」
わたしの名前を呼ぶ時にギロッとこっちを見たよ、射殺さんばかりの目で。
「リュシアさんが案内してくれたの!」
ヒロインちゃんが嬉しそうな声を上げた。
はい、セーフ!首の皮一枚つながったー。
「ふむ。なぜリュシアさんがあなたと会ったのかは気になりますが、まあいいでしょう」
偶然の出会いですって、ホントですよ。
「しかし約束を守らないとどうなるかわかっていますね?」
ヒロインちゃんを追い詰めるかのごとくジェロームさんはまだ言葉を続ける。
「や、やだ」
ヒロインちゃんが今にも泣き出しそうだ。これではどちらが悪役かわからないぞ。
「約束を守らない子は、おやつ抜きです」
は?え?おやつ抜き?それだけ?
でもヒロインちゃんは半泣きになっているぞ。
「うわーん、ママが虐めるぅううう」
「誰が!!!ママですか!!!」
ママ、とヒロインちゃんが呼んだ瞬間ジェロームさんの顔が鬼を超えて魔王の表情になった。こわっ、こわっ、怖い。
「じゃあ、パパ」
ヒロインちゃん、火に油を注ぐ気かーい。
ぶすっ、とむくれた表情で言い放ったが、絶対に怒られるぞー。
「それならよしとしましょう」
しかしジェロームさんはすっと穏やかな顔に戻った。
ねえ、いいの?パパはいいの?
ジェロームさんの怒りのポイントがわからないよ。
そんな空気と化していた私にジェロームさんが視線を送る。
「彼女は神官見習いで、今日から我々のクラスに入学します。くれぐれも粗相のないように」
くれぐれも、を強調しながら、彼は何かあったら、ヤるよ?と言わんばかりの表情で私を牽制するのであった。




