悪役令嬢は踏みつける1
「ごめんなさぁあああい!!!」
中庭の中心で、謝罪を叫ぶ。
正確には中心ではないけれど、でも誰か助けてください。
土下座、いや、五体投地が適切な所作だろうか。思わずそんな独り言が漏れ出てしまう。
そんな私を涙目で見上げるのはこの乙女ゲームの世界のヒロインちゃんだ。そして彼女の足をむんずと踏みつけているのは悪役令嬢リュシアこと私の足だった。
どうしてこうなった。
真っ白な頭で今朝のことを思い返す。
今日から学院生活がまた始まる。二年目の朝だ。前日から寮に戻り、早めにベッドに入ったからかいつもより朝早くに目が覚めたのだ。
早起きは三文の徳!ってなわけで誰もいない早朝の学院を散歩することにしたのだ。
清々しい朝、まだ誰もいない前庭の真ん中に立ち、体をうーんと伸ばす。
それから子どもの頃夏休み早朝にやったあの体操のメロディーを頭の中で流しつつ、体を動かした。
傍から見ればなかなかにシュールな光景であろうが幸いここには誰もいない。一運動終え、せっかくなので中庭の方へ足を運ぶ。軽くウォーキングをすれば、いつも美味しい朝ごはんが更に美味しくなるはずだ!
おはよう、朝露に濡れたお花さん。
おはよう、可愛い小鳥さん。
ウキウキ気分で呼びかける。もちろん心の中でね。
中庭を囲むように生える木々の合間をスキップしながら進んでいく。うんうん、今日も一日良い日になりそうだ。
私は硬い大地を踏みしめた。
むにゅ
あれ?大地、硬くない。何だこの柔らかな感覚は。
「きゃあっ」
そう思ったと同時に可愛らしい悲鳴が下から聞こえた。じ、地面が喋ったぁああ!!!じゃなくて足元に誰かいるぅううう!!!
恐る恐る足元を見れば女の子がいる。薄いピンク色に染まった頬、大きく見開いた目からは涙が零れ落ちそうだ。
端的に言うと可愛く純朴そうな女の子。その顔には見覚えがある。この乙女ゲームの世界のヒロインちゃん、その人だ。
そして冒頭に戻るのだ。この間、回想一秒程。
頭の中は真っ白だがとにかく彼女の華奢な足からこの足をどかさねば。
平謝りしつつ、彼女の体を起こす。それにしてもどうしてヒロインこんなところにいるの?
「大丈夫?怪我していたら大変!医務室、医務室行こう」
貴族令嬢の矜持などなんのその、私にとって絶対に避けなければならないのは断罪だ!
さささ、ヒロインちゃんは医務室に行って、私は遠いどこかへ行きましょうね。さよなら、私の学院生活よ。
そんな遠い目をしている私を尻目にヒロインちゃんは立ち上がるとピョンピョンとジャンプをし始めた。何この子、兎なの?
「ほら、見てください!大丈夫、大丈夫です」
どうやら怪我していないよアピールのようだ。いやでも万が一の万が一があった場合私が断罪されてしまうのだよ、ヒロインちゃん。そんな自己保身の塊の私に、にこっと微笑みを向ける。か、可愛い、さすがヒロインちゃん。
「びっくりさせてごめんなさい。私、フィーリア、です。」
ニコニコしながら自己紹介を始めた少女に、名乗るべきか思案している間に彼女はさらに言葉を続ける。
「今日からこの学院でお世話になります」
「こちらこそリュシアです。では怪我もないようですので私は失礼しま……」
そう言って、逃げ、いや、立ち去ろうとした私の手をヒロインちゃんががっしりと握る。そ、そんな、早速断罪ですか?
「あの、迷子。朝ごはん、教室、わかんない」
涙目のヒロインちゃんはそう呟いた。
ようやくヒロインちゃんと主人公が出会いました。
よくよく考えたら中心じゃないな、と修正しました。




