悪役令嬢は大わらわ4
食堂には長テーブルが2つ縦に並んだ状態で用意されていた。
さてさて何かあってもすぐ離脱できるように椅子取りをせねば、と思ったら誰かにぎゅっと手を握られる。見れば可愛い妹が手を引っ張るではないか。
「お姉様、一緒に座りましょう」
ルーナと一緒、嬉しいなあ。でも正面は苦虫を噛み潰した表情のマルグリットさん、その隣が浄化する気満々のジェロームさんなのは勘弁願いたい。正直今すぐ逃げ出したい。けれど及び腰の私をルーナは再度誘ってくる。
「ね、一緒に紅茶、頂きましょ」
少し潤んだ瞳でそうルーナに言われたら誰が断れようか。お姉ちゃんは頷くことしかできないのだ。
左にルーナが座り、ルーナの正面にはアレス様がいる。でも私の右隣はルルディさんがいる。うん、少し心強いぞ。
アレス様は紅茶を淹れようと、あたふたしているが高貴な王太子様ができるのだろうか。ソワソワしながらルーナに助けを求める視線を送るが、彼女は気づいていないようだ。
ここは媚を売って、ではなく、妹の婚約者にいいところを見せなければ。
「あの、私が紅茶を淹れましょうか」
そう言うとアレス様はほっとした表情を浮かべ、紅茶の容器を手渡してきた。よしよし紅茶様、美味しく淹れてあげますからねー。
「あなた、何を盛るおつもりで?」
そんな私の申し出を即座に叩き切ったのはジェロームさんである。
「茶葉を入れるだけですわ?」
そう答えた私から強引に茶葉の入った容器を奪うと彼は慣れた手付きでポットに茶葉を入れ始めた。
「私が入れますよ。聖女様に仇なす者が悪しきことをしないよう、ね」
おまえをいつでも見張っているからな、と言わんばかりの目で圧力をかけられてしまい、私はすごすご席についたのだった。
テーブルには美味しそうな焼き菓子も用意されている。マルグリットさんも甘いものは嫌いじゃないのか、いつもより表情が柔らかい。これはチャンス!彼女に伝えたいことがあったのだ。
「あの、マルグリットさん」
ありゃ、私が話しかけると口がへの字になったぞ。
「なにか?」
私への態度は相変わらずである。
「あのね、マルグリットさんが勉強を見てくれたおかげで悪くない点だったの。ありがとうございます」
「べ、別にルーナ様の姉がみっともない点数だと嫌だからよ」
おや、顔がピンク色に染まったぞ。もしかして照れてる?
程なくして紅茶が注がれた。さすが隣国の王家御用達、芳醇な香りが広がる。でも淹れたのはジェロームさんである。これ、飲んだ瞬間に私消えたりしないよね?
「では皆、頂こうか」
乾杯の音頭、ではないが、アレス様の一声でお疲れ様会という名のお茶会が始まった。アレス様はルーナが紅茶を飲む姿を顔を赤らめながら眺めている。そして焼き菓子を勧めたり、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
そっと周りを見回せば皆も早速紅茶を味わっている。こんな沢山人がいる中でまさかヤられることはあるまい。私は覚悟を決め、いや、誘惑に負けて紅茶を頂いた。
「おいしい!」
小声で呟いたらルルディさんが同意してくれた。何も入れなくてもそのままで美味しい紅茶、素晴らしい。
でも私はテーブルの真ん中に置かれた魅惑の壺に手を伸ばした。中には砂糖が入っている。貴重な甘味である。
ぬふふふ、アレス様のおかげで砂糖入れ放題だぜ。遠慮なくスプーン山盛りに掬うとカップにダバァーを数回繰り返す。
あ、マルグリットさんと目が合ったよ。ドン引きしているよ。でも私は甘味に飢えた獣なのだ。
「お姉様、入れ過ぎですわよ?」
小声でルーナが囁いた。マルグリットさんはそんな私を尻目に上品に2杯ほど入れている。淑女である。
でも私は見てしまったのだ。
皆が会話に夢中でテーブルから目を離した隙にジェロームさんが砂糖を山盛り5杯位入れていたことを。
何食わぬ顔で優雅に紅茶を嗜んでいるが、その紅茶激甘ではなかろうか。溶けない砂糖でジャリジャリではなかろうか。
まあ、私も人のことは言えないが。




