旅立ち(ミラ)4
「ミラちゃん、もうすぐ国境だよ。降りる準備をしてって」
「もうそんなところまで来たのね」
二年目と三年目の間の長い休みを使い、ミラは隣国へ向かっている。
ロザリーに話したら国境まで一緒に行きたいとせがまれた。そこでメルキュールに相談すればいっそ国内旅行をしようと提案された。彼には故郷の村に寄らなくていいのかと問われたがその必要はないとミラは答えた。
メルキュールはミラを隣国まで引率し、国境近くの村で担任教師が合流し、彼がロザリーを連れ帰る旅程だ。
馬車を降りると草原が広がっていた。心地よい風がミラの髪を揺らす。草原の向こうに人の背丈を遥かに超えた巨大な石が複数並び立っていた。
「ひゃー、石の向こうが隣国なんだね。近いようで遠いな」
制服ではないロザリーだが相変わらず男子のようなズボンを履いていてそれがよく似合っているとミラは思う。空は青く吸い込まれそうだ。ミラはロザリーと並び石の方へ向かう。担任教師は馬車で縮こまったのか腕を大きく伸ばしている。メルキュールが気の抜けたような欠伸を一つしてからゆっくりと二人の後を追った。
巨石が目前に迫る中ミラは足を止めた。そしてロザリーに顔を向ける。
「ロザリー、付いて来てくれてありがとう」
「私が来たかっただけだよ」
屈託なく笑みを向ける親友にミラはいつも助けられた。大嫌いなあの男からそれとなく庇ってくれた。一人になりそうな時声をかけてくれた。貴族が苦手な自分に合う新しい友達も紹介してくれた。
「隣国では魔法がない分、知恵の力があると本で読んだことがあるの」
「ふーん、ミラちゃんは相変わらず物知りだな。私、勉強はからっきしダメだからな」
学業よりも剣術に興味を持つ友人は勉強は苦手なようだ。部屋で一緒に教科書を広げ勉強を教えたこともある。自分が学んだことを伝えることでミラ自身の知識を深めることができた。勉強に限らず他愛のない話もたくさんした。
そんな友人にしばらく会えない。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。
国境を目の前にしてミラは急にそんなことを思ったのだ。
「ミラちゃん?」
押し黙ったミラにロザリーが不思議そうに声をかけた。
「私がいなくてもちゃんと勉強もするのよ。剣の修業が大切なのはわかるけど」
「わかってるわかってる。あー、でもミラちゃんがいないと寂しがる奴がいるだろうな」
ロザリーの頭にある人物の姿が浮かんだ。しかしミラの頭には別な友人の姿しか浮かばなかった。
「うん、オレリアにもよろしく伝えてね」
「そっちじゃないけど、まいっか。うん、伝えておくよ」
「そろそろ時間だよ、二人共」
メルキュールに声を掛けられミラは頷いた。
「じゃ、がんばってね」
「うん、行ってくる」
二人は見つめ合った。それから迷うことなくミラは隣国へと入る為の待機列へメルキュールと共に並んだ。徐々に小さくなっていく友人の背中を目で追いながらロザリーは呟いた。
「あーあ、ミラちゃん行っちゃった。あいつどうなるかな」
そろそろ帰りましょう、と担任教師から言われロザリーはそわそわしながらも聞いてみる。
「先生、馬で帰ってもいいですか?ものすごく飛ばしたら王都までどのくらいか試したいです!」
「ダメですよ。危ないから馬車で帰りますよ!」
即却下されたロザリーであった。




