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第20話 山を守るということ

 ダドオォー……ン!


 山に一発の銃声がこだました。

 硝煙の匂いを浴びながら、俺はゆっくりと白い息を吐く。風があるらしく、匂いも息もあっという間に流されていった。


 遅れて斜面を転がり落ちてゆくのは小鬼とも呼ばれるゴブリンで、バキバキと茂みを突き破ってから血まみれのものが力なく四肢を広げる。それを見て、上下二連装のライフルからポンポンと俺は弾を抜く。

 ほとんどの場合で、サボットと呼ばれる貫通力のある弾を使っているが、あのような相手であれば散弾のほうがずっと役立つ。


 ちなみにゴブリンは、このあいだと違って狩猟許可が既に出ている。よくいる一般的な魔物だし、人家への被害が多いため「害獣」として扱われているため、見敵必殺サーチアンドデストロイというわけだ。


 お役所さん、しっかりしてくださいよ。他の魔物のほうがずっと凶暴なんだから、こいつみたいに狩猟許可をさっさと出してくれ……って、そこまできたら軍隊に任せろっていう話か。


「これで8体ですか。きりがありませんね」

「ああ、まだうようよいる。さっさと根絶やしにしよう」


 息を殺して見守っていたイヅノは、弓を手にしている。このあいだ与えたコンパウンドボウだが、彼女の表情はややご不満そうだ。ゴブリンがすぐ逃げてしまうせいで、修理し終えたばかりの斧を試せないのが不満なのだろう。


 また、俺たちは珍しく山に溶け込む迷彩柄のツナギを着込んでいる。いつもと違って獲物を追跡チェイスする必要があるからだ。ここには他の狩猟者が決して立ち入らないため誤射されることもない。


「…………」


 大して会話もせず歩き始めると、彼女もあとをついてくる。

 イヅノを養うことになって半月は経っただろうか。さほども足音を立てず、気配を殺すイヅノはまるで熟練のハンターのようだった。


 はぁーあ、ゴブリン相手なんてダルいっす。あいつら小さいしすぐ逃げるし、まとめてかかってこいやあって言いたくなるじゃんね。もー。おまけにセンサーをかわす狡猾さまで覚えちゃって。


 そう思い、頭をぼりぼり掻いていたとき、イヅノがなにかをじっと見つめていることに気づく。

 はて、この俺がゴブリンを見逃したかなと考えたが、どうやら違ったようだ。彼女は尾根の辺りに見える人工的な建造物を見上げていた。


「いつもあの建物に魔物たちが近寄ります。どうしてですか?」

「うん、あいつらにはそういう習性がある。イヅノ、お前はどうしてこの山に来たか覚えているか?」


 いまはこのような美しい外見だが、イヅノはれっきとしたオーク族である。ぶよぶよの巨体で俺と対峙したときのことを俺は聞いてみたわけだ。しばし待ってみたところ、イヅノは尾根のほうをじいと見つめながらぽつりとつぶやいた。


「……誘われていた、ような気がします。甘い蜜のような、優しい声のようなものから」

「いまも?」


 そう尋ねてみると、少し経ってから彼女は首を横に振る。


「なにも聞こえません。それがなぜか悲しいと感じています」

「ああ、そうだろうなと思っていた」


 いつだったかな。彼女は、輪廻と殺戮の輪から放り出されてしまったと口にした。恐らくはそれに起因することだろう。

 オーク族に限らず魔物たちには習性がある。一見、バラバラなように見えるが、被害状況を日本地図全体で見ると大きな偏りがあるんだ。


「お前は知らないだろうが、いくつかの地域が地図から消えている。決して人が立ち入れない領域と化してしまった。それは現代の技術をもってしても解決できていない」


 ざくざくと落ち葉の溜まった獣道を歩きつつ、俺はひとりごとのようにつぶやく。


「うちの爺さんは血気盛んでさ。近寄ろうとする魔物たちを次々と撃ち殺していた。地元の連中も呆れるくらいだったが、ある夜に俺は聞いたんだ。どうしてそんな必死になって山を守っているんだってさ」


 振り返ると、イヅノはもう建造物を見ていなかった。俺をじいと見つめており、その長い耳で俺の声をちゃんと聞いていた。


「馬鹿野郎、俺が守っているのは山じゃない。国だ、と怒鳴られた」

「それは……、つまりあそこを取られると……」

「地図から消える」


 パキ、とイヅノの踏む枝が鳴った。


 あー、どうしよ。ビビらせちゃった?

 いまはセンサー機器とか情報網がしっかりしているから、ぼけっとしていても大丈夫とか言えない空気になっちゃった。数日かけてキャンプしたのも忘れちゃったかなぁ。


 ああ、イヅノちゃんも両手を握って「ふん!」と鼻息吐いてるし、めっちゃやる気になってるやん!

 違う違う、そんなに大層なものじゃないから。俺としてはバンバン撃っているだけで金が入ってくるぜ。うへへ、たまんねえ金ヅルだな。一生ここで暮らしてやるぞっていう気持ちなのに。


 のしのし大股で近づいてきたイヅノは、やはりちゃんと誤解していた。


「やりましょう! 私たちが英雄になり、地域の皆様が安心安全に過ごせるように尽力しましょう! 子供たちの未来のために!」


 なにこのオーク、すっごくいい子じゃん!

 言動がちょっと政権立候補者チックだったけど、頭を抱えたい気持ちでいっぱいだ。このシリアスさには水を差せない。


 ついでに言うと、この辺りの住民はとっくに避難し終えてるからね。地図から消えて困るのは、たかだか数人程度だよ。だからお役所さんの仕事もすごく適当なんだけど……。


「……よし、イヅノ。残り4体のゴブリンを追うぞ」

「はい! 私はやります! うおー、燃えてきました!」


 お、おお、やる気があって素晴らしいね。その調子で、ぜひともこのダルい仕事をこなしてもらいたいものだわ。


 などなど画策しつつ、斜面を歩いていたときに、鼠色の曇天をチラつくものが見えた。それは白い埃のようなものであり「あれ?」というイヅノの声に導かれて俺も空を仰ぐ。


「雪だ」


 そうぽつりとつぶやくと、真っ白い息が風に流されていった。この村にもようやく冬の兆しが舞い降りるらしい。


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