第125話 提案
「貴殿は探索者であるにもかかわらず王国の戦争に協力して我々と『半血』の仲を取り持ってくれた。誠に貢献大だ。陛下もことのほか感謝されており貴殿の叙爵を口にされている」
「はい?」
王国の士官の言葉に、ぼくは耳を疑った。
けれども、士官は真面目な顔だ。
王国の斥候二人も笑っていなかった。
「ぼくが貴族になるんですか?」
ぼくは思い切り嫌な顔をしたらしい。
士官も二人の斥候も苦笑いだ。
「そんな顔をしてくれるな」と士官。
「遠慮します。と言うと角が立つのでしょうから、ぼくは何も聞かなかったということでお願いします」
「そうはいかん。君は目立ちすぎた」
貴殿から君になった。ここからはぶっちゃけた話ということだろう。
士官は呆れた者を見る様なジトっとした目でぼくを見つめた。
「事実か否かは別にしてアルティア神聖国民は王国からやってきた探索者のバッシュが『半血』から力づくで炊き出しを勝ち取ったと信じている。
今や王国も巻き込まれて炊き出しに協力している有り様だ。これから莫大な予算を投じてアルティア神聖国への炊き出しを実施することになる。
仮にアルティア神聖国からの難民が何万人も王国に向かってきたところで敵国の人間なのだから悉く殺して埋めてしまえという考えの者もいる。
『半血』との共闘による戦勝と領土拡大、そもそもの話として王国の国土が戦禍に見舞われていない事実は『炊き出しのバッシュ』が成し遂げたものであり勝利と炊き出しは不可分だという説明をせざるを得ない」
「はあ」
それのどこが問題なのだろう? 説明すればいいと思う。
ぼくは不思議そうな顔をしたのかも知れない。
「それほどの功績がある英雄に対して陛下が何も褒美を与えないわけにはいかないだろう。叙爵は当然だ。何も聞かなかったではなく陛下の顔を立ててくれ」
うわ。これ、簡単に断れない奴だ。
「さらに探索者ギルドの問題もある」
士官は言葉を続けた。
「君を拘束して以来、探索者ギルドからは強く非難を受けている。
国都での炊き出しに使うための魔物肉の手配を依頼した際には探索者を不当に拘束する恐れのある依頼人からの仕事は安心して紹介できないとも言われた。
まあ、それはわかる。
一応、我々の理解として君は戦友と再会するために自分の意思で『半血』居留地、実際にはアルティア神聖国の国都になったわけだが、に向かい、その旨は探索者ギルドには内緒にするよう王国に頼んでいた。間違いないか?」
ぼくの意志に選択の余地があったかということさえ除けば、
「間違いないですね。ぼくは友人に会いにここに来ただけですよ。偶々同行者が王国の軍人だっただけで。問題ありますか?」
「ないな。我々との間はそれでいい。我々は偶々君に同行したお陰で『半血』の知遇を得られる。君は無事に友人と再会した後、こっそり王国に戻ってお互いに黙っている。そういう関係のはずだった」
「はず?」
「君は王国内に拘束されているのだぞ。国家紛争には関わらないという探索者の義務規定に明確な違反をして英雄になってどうする?」
「ああ」
ぼくは合点がいった。
「きっと探索者クビですね」
ぼくは、ぼくの未来を口にした。
何も問題はない。今更、探索者として今後もやっていくとは考えづらい。
「そう簡単ではない。処分対象は君一人というわけにはいかないだろう」
士官は悲痛そうな顔をした。
「王国からすれば君は戦勝の大殊勲者であり英雄だ。その分、探索者ギルドからすれば国家紛争には関わらないという明確な義務規定に対する重大違反者だ。国家紛争に関わるだけではなく勝敗を決定づけたのだからな」
「いや、ぼくが関わらなくても『半血』が勝ちましたよ」
「十中八九はそうだろう。だが絶対ではない。開門も開城も君がいてこそだ」
まあ、何であれ可能性はゼロではないと言われれば否定はできない。
「探索者ギルドは王国兵団の駐屯地の団長に対して君を不当に拘束していると文書による正式な抗議も行っている。ところが実際は件の探索者は既に解放され自らアルティア神聖国入りをしていた。王国に対して振り上げた拳の下ろしどころに困るだろう」
「王国兵団はぼくのアルティア神聖国行きを黙っていたわけだしチャラでいいんじゃないですか」
「内々に済ませられる話ならばそれでいいんだ。君が『炊き出しのバッシュ』になってしまわなければ仮に君の国都行きがばれたところで無事に帰ってくれさえすれば問題なかった。英雄として公になってしまうと探索者ギルド内での責任の所在の問題が出る。探索者ギルド本部は王国の探索者ギルドに対して何をしていたのかと責任を問うだろう。王国の探索者ギルドは君のクビを切る検討はもちろんだが誰が君を管理していたのかを追及するだろう」
「ギルドの担当者は探索者を管理しているわけではないですよ」
「パーティーリーダーならばどうだ? メンバーの行動に一定の責任はあるだろう?」
「あるかも知れませんが、ぼくはパーティーを脱けてますし」
「抜けてないんだ」
「はい?」
「君はまだ『同期集団』のバッシュだ」
「だって、ギルドマスターから勧奨脱隊の面接を受けて脱隊届も出しましたよ」
「我々も君について調べさせてもらった。
ギルドマスターから脱隊の勧奨を受けて君は承知した。担当者に脱隊届も提出している。けれども処理は行われていない。担当者は君が翻意すると期待したらしい。
君の脱隊の話を聞いたパーティーリーダーは脱隊届を破り捨てた。
ギルドマスターの決定と本人の意志に逆らって脱退の手続きを進めなかった担当者とパーティーリーダーは庇った探索者が重大な規程違反を犯したとなったら責任を問われると思わんか?
君を脱隊させなかった以上、君が起こした行動はある意味『同期集団』としての行動だ。メンバーの連座もあり得る。
君に脱隊の勧奨をしたギルドマスターは部下と探索者の不始末は自分の責任だと庇うタイプかな? それとも私はちゃんと指示を出したと逃げるタイプか?」
ぼくが知る限りのギルドマスターの人格は間違いなく後者だ。
「どちらにしても規約違反を犯した探索者が所属するギルドのギルドマスターは責任を免れまい。その人物が後者であれば部下と探索者を差し出してでも自身の処分を軽くしようとするだろう。叶わねば八つ当たりで部下と探索者を処分するだろう」
士官が口にしたとおりだと思う。
「だからこそ君は叙爵を受け入れるべきだ」
「どういうことです?」
「叙爵を断ったただの探索者がどう処分されようと王国は関与しないが、もし王国が英雄視し貴族とした探索者とその関係者が叙爵の理由と同じ事実を根拠に探索者ギルドから不名誉な扱いを受けるとなったら王国も黙ってはいないということさ。
政治力を使って水面下で探索者ギルド本部と交渉し、件の探索者がアルティア神聖国で行った行為は紛争への協力ではなかったと認めさせる。
君と恋人と仲間たちはお咎めなしだ」
まだ恋人じゃないけれども。
提案は魅力的に聞こえた。




