第123話 無血開城
今まで固く閉ざされていたアルティア神聖国城正面の扉が上がっていく様子に城を囲んでいる『半血』隊員たちはアルティア兵が乾坤一滴の突撃を仕掛けてくると考えたようだった。
マリアとヘルダという『半血』のナンバーワン、ツー直属の隊員たちは精鋭中の精鋭たちだ。
例え、どれだけの人数のアルティア兵が突撃をしてきても容赦なく返り討ちにできる力量を全員が持っていた。がしりと盾で受けとめ、ぐさりと剣で刺す。
弓を持つ兵たちは上がっていく扉の陰からアルティア兵が飛び出すや否や一人残らず針鼠にしてやろうと扉の裏にいるだろう敵兵を想定して狙いをつけ、ぎりぎりと弓を引き絞っている。
総大将はマリア、包囲部隊の直接の指揮はヘルダが執っていた。
マリアもヘルダも、すべての『半血』隊員同様、上がっていく扉を睨みつけている。
そんな仮想戦場の真っ只中に、ぼくは、まだ完全には上がり切っていない扉を潜り抜けてひょこりと飛び出した。
待ち構えていた『半血』隊員たちの殺意が一斉に、ぼくに殺到した。さすがに勢いあまって矢を放ってしまうような未熟者はいなかったが彼らの放つ殺気は間違いなく、ぼくを貫きまくった。
オーク集落でオークの群れに囲まれた際に感じた恐怖など比ではない。オークはぼくを味方だと思っていたから殺気は放って来なかったけれども、今目の前にいる『半血』隊員たちは、ぼくを敵だと思って睨んだのだ。文字どおり、ぼくは『半血』の矢面に立っていた。びびってちびりそうだ。
『半血』は、ある程度城から距離を置いて包囲をしていたので、ぼくから先頭の隊員までの距離は三十メートルくらいある。
矢にとっては狙い頃の距離だった。
「撃つな!」
咄嗟に、ぼくは声を上げて両手を掲げると左右に動かし交差させたり開いたりを繰り返した。
一瞬遅れて緊張していた『半血』隊員たちの空気が、ポカンと弛緩した。扉から出てきた相手が、ぼくであり、しかも一人だけだとわかったためだろう。
ぼくは手を振りながら『半血』の包囲の輪に近づいた。
分厚い輪の一部が割れて二人の人間が飛び出すと駆け寄って来た。ブランとコークだ。
ぼくと王国の斥候が大聖堂入りをしたと知り抱えている仕事を誰かに任せて待機してくれていたのだろう。マリアが呼んでくれたのかも知れない。
「ご無事で?」とブラン。
「一人ですか?」とコーク。
ぼくは背後を振り返って出てきた城の入口に目をやった。二人もつられて目をやった。
城の扉は上げられたままであり、トンネルのような口が開いている。
「お城の采配を任せてきた」
ぼくが答えると丁度いい具合に開口部に王国の斥候が姿を現し片手を上げて見せた。殺気を浴びてびびったぼくと違って余裕そうだ。おのれ。
「教会直轄兵たちは全員大聖堂に引き上げさせた。お城に残っているのは降伏したアルティア兵と働いていた人たちだけのはずだ。外壁の門の時と同じように武装を解除して炊き出しに案内してあげて。安心させるために誰か説明役のアルティア兵も連れて行って」
後ろで聞き耳を立てている包囲の『半血』たちにも聞こえるように、ぼくは少し声を大きくして簡潔に説明した。
「「え、え、え」」とブランとコークは戸惑ったような声を上げて顔を見合わせた。
何からどうしようかとでも考えたのだろうか。何だかわからないが、ぼくのために『半血』内を駆けまわって色々と渡りをつけてくれるのが二人の役目だ。手分けして動いてくれるだろう。
ぼくが包囲の『半血』に近づくと、ぼくの前で列が割れた。
奥にマリアとヘルダが立って、ぼくを待っていた。
「戻りました」
ぼくはマリアに無事に帰還した旨を報告した。
なぜかヘルダが呆れたような眼差しで、ぼくを見ていた。ブランとコークにした説明が前方にいた兵からの口伝で届いていたのだろう。そんなに呆れなくても血が流れるよりはいいじゃないか。
「大聖堂の明け渡しはまだですが、とりあえず隊長の無茶ぶりには応えられましたか?」
「いつ突入の合図があるかと待っていたが期待以上だ」
そう言ってマリアは大笑いした。
ぼくからの詳細な報告後、ヘルダはブランとコークに人を貼り付けて恙無くアルティア神聖国城の接収を完了させた。
『半血』はアルティア神聖国城を占領本部とした。
城の包囲を解き跳ね橋前に戦力を集中して配置する。
大聖堂の堀の周囲への兵の配置も最小限にして炊き出しに余力を集中させた。
アルティア兵たちにも役割を担わせて外壁の外に出した市民の帰宅も実現させた。
ぼくには新しい二つ名がついていた。
『無血開城のバッシュ』
まるでどこかの筋肉隆々な豪傑みたいな二つ名だった。
どうやら、お城にいたアルティア兵たちが言い出したらしい。
覚悟を決めていたのに巻き上げ機を巡って教会直轄兵たちとの戦闘にならなかったのが理由みたいだ。
何だよ、『無血開城』って。
血が流れなくて良かったのに。




