第六十七話 審判
赤の剣の司教が古代人である、と言う話は以前モラークでアンリが口にした予想だった。
この、一見理に適っているように見えるアンリの予想に、シアンは一応頷いてはいたが、何故かすんなり受け入れられず、ずっと心に疑問として残っていた。
そして、シアンは箱庭である人物の魂のゴミを発見して、漸く納得がいく情報を手に入れることができていた。
だから、シアンは部屋に入って直ぐにトーレスにかかっていた幻術を解除してその正体を暴いたのだ。
「驚きました。まさか私の正体をこうも簡単に暴けられてしまうとは……」
「別に驚くことはないぞ。ただ知ることができただけだからな」
「知ることができた?」
「ああ、聞かされたと言うべきかな。あんたの友人から、色々とな」
「!?」
司教は更に驚き目を見開く。
シアンはゆっくりとソファーの方に移動しながら、話を進めていった。
「そう。あんたが友人と呼ぶ、たった一人の人間、ギルルスだよ。元神官トーレス」
ギルルス。
古代人の神である太陽神を信仰する、太陽神教の聖人までなった、最初の人間だ。
その名前を耳にしたトーレスは当惑と、悲しみと、苦しみが入り混じった視線でシアンを見つめる。
「どうやって……彼はもう……」
「死んでるよな。でも、なんとか聞けたよ。古代人のことも、古代人がやった過ちも、そして、あんたのことも」
「どうやって……あなたは一体……」
信じられないような目で自分を見るトーレスを睨みながら、完全に会話の主導権を握ったシアンは、トーレスの向かいのソファーに腰を降ろし、手でトーレスにも座るように勧める。
そして、渋々と座るトーレスを見て話を続けていった。
「どうやって知ったのかはこの際言う必要はないだろう。問題はこれからどうするかだ。長い話になるか、直ぐ終わるかはあんたの聞き分け次第だから。無駄話は省いて貰うぞ」
「……どうするかなんて決まっています。古代人は滅んでもらいます。もちろん私も含めて」
陰鬱な顔つきにぴったりな自虐的な言葉を口にするトーレス。
だが、それを聞いたシアンは嘲笑うように口元を吊り上げた。
「それは、古代人に掛けられた呪いのことか?」
「!!……そこまで……知っているんですか……」
「色々聞かされたって言ったろ?問題になりそうな話は殆ど知ってると思うぞ?」
呪い。
その言葉にトーレスの顔が、絶望の色に染まる。
だが、直ぐ目に力を取り戻し、自分の正しさを訴えてきた。
「なら、あなたも分かる筈です。私の考えが正しいと言うことを!」
「正しい、か……」
そんなトーレスの必死な顔を見てシアンは箱庭で知った、古代人の話を思い返した。
善でも悪でもない、ただ生きるためにやってしまった過ちの話を……。
◇
『生身の人間には毒でしかない』
箱庭でシアンがサティーから聞かされたこの言葉は、《ゴミ》の危険性を余りに軽く表現したものだった。
それは、人間が持つ全ての欲を一気に満たすと共に、その全ての欲を一気に限界まで感じさせる、麻薬であり、毒でもある、快楽と苦痛の極を混ぜて満たした水槽のようなものだ。
だが、強くなるための手がかりがその水槽の中にあるのは間違いない。
だからシアンはその危険から逃げるわけにはいかなかった。
そして、精神が壊されないギリギリの線までゴミの中で探索し続けたシアンが発見した物の中でそれがあった。
聖人ギルルスの記憶。
それは、友のトーレスから聞かされた、古代人の歴史の一部と、この世界の古代史とも言えるべきものだった。
シアンが箱庭でそれを見つけたのは偶然ではなく必然的だったのだろう……。
ラシニョールと言う違う星に、ターマランガと言う名の大国があった。
だがある日反乱が起こり、反乱軍の魔法で、王族と貴族の数百人は世界の狭間に飛ばされてしまう。
その狭間から脱出した、百人余りの王族貴族が到着したのが、シアンが生まれたこの星だった。
彼らは異邦人だった。
だが、彼らは支配階級でもあった。
よって、優れた魔法技術と、世界の狭間で偶然身につけた革新的な技術を使い、エネルギー源であるルダル石を使い果たし、滅亡の未来を待っていた人間たちを救い、再び自分たちが支配する世界を築き上げた。
だが、彼らは知らなかった。
自分たちが何も知らずに使った、魂を他の世界から呼び寄せる技術がどんな未来をもたらすのかを……。
数代ほど、古代人による支配が続いた後、《異変》が起こり始めた。
ダンジョンの中の魔物たちが次々と変異していき、人間はおろか古代人ですらも簡単に倒せない怪物が生まれ始めたのだ。
生まれた総数12体の最強クラスの怪物は古代人の全戦力を費やしても倒すことができない程の正真正銘のバケモノだった。
だが、数年間世界を蹂躙したそのバケモノは、古代人と他の種族が集まった連合軍の数の力で、辛うじて倒す事ができた。
もちろん、それには多大なる犠牲が必要だった。
しかし、問題は最後に倒した一体だった。
倒されながらも、力を振り絞り誰にも解けない強力な呪いを掛けてきたのだ。
その呪いで一緒に戦った種族は全員その場で即死。
古代人は生命活動が停止して、数百年も、数千年も、仮死状態で過ごすことになった。
仮死状態は一人一人期限が違っていて、数十年ぶりに起きて再び寝る人間も入れば、数百年も眠り続けていた人間もいた。
そうやって、彼らは《古代人》と言う名前だけを残して、歴史の表から姿を消した。
そして、一番初めに目覚めた少年、トーレスがギルルスと言う少年に出会った。
神官の息子だったトーレスはギルルスに自分が持っていた色んな知識を伝え十数年を一緒に過ごす。
その出会の後、ギルルスは古代人の宗教であった太陽神教を復活させ、一度滅亡寸前まで追いやられてしまった人間たちにダンジョンのエネルギ―源を利用する、様々な知識を与え、文化の発展を促した。
ギルルスが宗教と文化の面で世界を変えていく中、自分が眠りに着いて100年以上たった後、完全に変異が止まっていたのを知ったトーレスは、その理由を考察し始め、一つの結論に到達した。
異世界から魂を呼び寄せた張本人、つまり古代人がいなくなったことで、変異が止まったのだ、と。
そして、それを知った後、そのことをギルルスに伝え、異世界の魂に手を出す行為を禁止するように助言した。
だが、その後直ぐに、トーレスは再び深い眠りに着いてしまう。
その後、時間は再び流れ、ギルルスは目覚めた他の古代人と遭遇し、殺害された。
殺されたのはトーレスが助言したことをギルルスが教理の中に、律法として加えたせいだった。
ギルルスの死に際、最後に耳にした言葉はこうだ。
「主の失敗を奴隷どもが正すなど、痴がましいにも程がある」
◇
「正しいねぇ……」
シアンはもう一度、トーレスの言葉を繰り返す。
「はい。我らは過ちを犯して呪われてしまった。私は再び同じことが繰り返されるのを見過ごすわけにはいきません!」
トーレスも自分の考えをもう一度力強く主張してきた。
だが、
「善悪の話じゃないんだよな……」
「善悪の問題です!」
「なら、お前も悪だ。大義名分に酔って人間に戦争をやらせたんだからな」
「それは、我らが古代人全員を葬ることが出来なかった時に備え……」
これが苦しい言い訳だと言うことはトーレスも重々承知している。
だが、トーレスには他の道が見つからなかった。
弱い人間は古代人に操られる可能性がある。だから数を減らしてでも、強さを持つ、操れない人間を育てる必要があった。
そして、そんな人間が多ければ多いほど勝算はもっと高くなる。
これ以上の古代人対策はトーレスには思いつかなかったのだ。
「それは詭弁だよ」
「詭弁?」
「そう、詭弁だ。お前らが連れて来た魂だ。それを戻せばいいだけの話じゃないのか?なぜその尻拭いを他の種族に押し付けるんだ?」
「戻せば、この星の資源は……」
これは言い訳だ。
「確かにダンジョンの中では魔物は一杯生まれて、魔石も良質のものだ。だが、それがないからって滅びるわけではない。魔石が一番多く使われているところは魔物から人間の生活領域を守る防御術式の動力部分だ。他のところで使われる量は大した量じゃない。それに比べ、魔獣は世界中に散らばっていて、既に安定した生態系を作り上げている。良質ではないかも知れないが、無駄に生態系を乱さなければ、問題なく人間は暮らしていけるんだ。なのにそうしないのは何故だ?」
「……私には戻す方法が分かりません」
事実だが言い訳だ。
自己嫌悪と現実の重さがシアンの言葉を武器にしてトーレスを責めている。
「でも、他に知っている奴いるだろう?お前が騙して古代人の魂を盗んだ古代人の中に」
そう、トーレス以外の古代人は知っている。
異世界から魂を再び持ってくる所業をやったのだから。
そして、それを見ると奴等の目論見は簡単に推察できる。
シアンと同じようにもっと強くなって、変異種など簡単に潰せるようになろうとしているのだ。
シアンが口にしたように、それは、善悪の問題ではない、生存の問題だ。
ただ、生存の為に畑を作る人間と、人から奪って喰う人間がいるだけだ。
普通の法律から考えると後者は不法だが、古代人は法律の中にはいない。
なら、それを審判する権利は誰にあるのだろうか……
「いる、と思います。ですが、彼らは……」
「戻す意志がない」
「……はい」
力なく項垂れるトーレス。だが、シアンが口にした次の話がトーレスの視線を再び上げさせた。
「なら、これならどうだ?ダンジョンに縛られた異世界の魂をすべて解き放つ。僕がお前の魔法を消したのと同じように」
法律の外にある奪った者を審判する権利。
それは奪われた者だけにある。
シアンはそう言っていた。
※次回の投稿は11月16日午後2時前後になる予定です。頑張ります。




