第20話 度量衡
第04節 孤児院改造計画〔4/6〕
【ミラの店】を出て、シンディさんと別れた後(服は賭けの産物であって約束の贈り物じゃないから、改めてアクセサリーを買いに行くことを約束させられてしまった)、孤児院に戻り、改造計画の次なる一手を考えていた。
それは、読み書き計算、すなわち初等教育である。
「読み書き計算が大切だってことはわかるけど、それだけで何が変わる?」
「俺も実は後回しで構わないかと思いましたが、ちょっと急ぐ理由が出来まして」
「理由、とは?」
「ある人と賭けをしまして。店で仕立てた服と同じ服を、20着作ることになったんです」
「……それは無理だろう」
「大丈夫、勝算はあります。けど、それは俺が指揮して完成させたんじゃ意味がないんです。セラさんと、そして子供たちの力で成し遂げないと」
「私にそんなこと出来ると思えないけど」
「大丈夫。その為の道筋は既に見えてます」
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この世界では、まだ度量衡は発展していない。
例えば水の量などは「皮袋一杯」という基準になり、その皮袋自体の大きさがまちまち、ということはあまり考えない。
そもそも、度量衡を定める為には基準が必要だ。地球でも、1Lは10cm×10cm×10cmの立方体の容積だし、1kgは1Lの水の重さとしたのが始まりなのである。
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商品の規格化。
その為には、どうしても度量衡の基準化が必要になる。が、その為の強い味方が俺にはあった。〔無限収納〕である。
俺の〔無限収納〕は、中のものがデータとして記録される。
例えば、石を入れたら「石 1個」というように記述されるのだ。
では、サイズの違う石を複数入れたら?
これは先日の木札の、鉄鉱石の輸送依頼の時実証出来た。
数を数えながら入れたときは、個数で表示されたが、「あるだけ全部」入れたところ、その表示は重量だった。そして、その“重量”の単位は「t」だったのである。
これは多分に、この魔法のご都合主義の部分だろう。
石を分類する方法として、成分、採取地、大きさ、重量、などがあるが、このうち一番“俺が”わかり易い基準として重量を選択し、且つ“俺が”わかり易い単位として「t」を採用した。
なら、長さで測るモノなら?
複数の長さの紐を用意して、〔無限収納〕に入れてみた。
予想通り、長さ「メートル」で管理された。
そこで、〔無限収納〕それ自体をメジャー代わりにして、100cm、60cm、10cm、6cmの四種類の長さの糸を作った(長すぎたら切り、表示が例えば「100cm」になるまで調節したのである)。
これらの糸で、今度は120cmの巻尺と定規(どちらも5mmごとに目盛りがあるもの)を作ったのである。
この世界で服を採寸するとき、「測り糸」といわれるものを使う。
例えば、肩幅はこの糸の長さ、袖の長さはこの糸の長さ、という具合である。
しかし、巻尺があれば、それらをデータとして記録し管理出来る。同じ長さの物を複数作ることが簡単に出来るようになるのだ。
そして長さを正確に測り、その長さの通り正確に裁断する。それが出来れば、服の量産化は8割方成ったも同然である。
ただ、数字を管理する為にはやはり、簡単な計算が出来なければ始まらない。しかし、実はこの世界の数字は(漢数字やローマ数字と同じで)視覚的に計算し易いものではなかった。
そこで、算用数字を導入することにしたのである。
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「成程ね。良くわからないけど、とにかくアレク君が必要だと思っていることは良くわかった」
「え~っと、有難うございます」
「でもその賭けに勝って、何の得になるの?」
「そうだな。お前個人の賭けの為に、この孤児院の子らを使うのなら納得出来ないな」
「厳密には、賭けの勝敗はどうでも良いんです。勝てることはほぼ間違いないんですから」
「何?」
「けど貴族しか着ることが出来ないような新品の服を、それも専門の職人さんが作ったものを、です、誰でも着れるようになるんです。この孤児院から」
「……そんなことが可能なのか?」
「ならちょっと試してみましょう。たしか、針仕事が得意な子がいましたよね」
「あぁミリアだな」
「ちょっと呼んで来てください」
「わかった。
ミリア! ちょっとこっちに来なさい」
「……何?」
「アレクお兄ちゃんが用があるそうだ」
「シアお姉ちゃんに服を作ってあげたいんだ。ミリア、ちょっと測ってくれないか?」
「うんわかった。測り糸はどれ使うの?」
「じゃぁまずこれを使って」
と、普通の糸を取り出した。
「はい、シアおねぇちゃん、ちょっと屈んで」
「あいよ」
ミリアは慣れた様子でアリシアさんの肩に測り糸を宛がい、糸に印を付けた。
「次は袖の長さを測るね」
もう一本の測り糸を取り出し、ミリアはアリシアさんの腕にそれを当て、またそれに印を付けた。
そこで俺は、意地悪をした。
まず二本の測り糸の長さを巻尺で測り、記録した。
そして同程度の長さの複数の糸の中に、今ミリアが印を付けた測り糸を放り込んだのである。
「あ~っ、おにぃちゃん何してるのよ!」
「ごめんごめん、で、ミリアの測り糸ってどれだっけ?」
「わかる訳ないじゃん。おにぃちゃんの莫迦!」
「おいアレク、ミリアに何か恨みでもあるのか?」
「いえまさかそんなこと。
ミリア、お詫びに俺が、ミリアが印を付けた測り糸と同じ長さの糸を作ってやる」
「え?」
何も難しいことはない。二本の測り糸は長さを記録してあるのだから、その長さに糸を切れば良い。
「ホラ出来た。これが、ミリアが印を付けた測り糸と同じ長さの糸だよ。
試しにアリシアさんに宛ててみな」
果たしてそれは、確かにアリシアさんの肩幅・袖長と同じ長さの糸であった。
ミリアはまるで奇術を目の当たりにしたように驚き、アリシアさんとセラさんも同じく驚愕していた。
「タネはこの数字です。糸に印を付けなくても、数字を記録しておくだけで必要な時に好きなだけ同じ長さの物が作れるんです。
同じことが他のことにも言えます。
例えば、この孤児院で物を買ったときにその金額を記録しておけば、あといくら残っていてあとどれくらい使うのかがわかります。
また修理をしたときにそれを記録しておけば、その記録を見直すことで、次にいつ頃また修理が必要になるか予想が出来るようになります。
数字と記録。この二つで、かなり色々なことが出来るようになるんです。
だからこそ、これは商人の秘儀とされ、あまり人には知られないんです」
「商人の秘儀を、何故お前が知っている?」
「“秘儀”といってもレベルがあります。この程度なら、流出しても商人ギルドも何も言わないでしょう。
もっとも、商人ギルドが秘中の秘とする、商業帳簿の作り方も俺は知ってますが。
“何故”? それは俺が博物学者だから、とでも思っておいてください」
「“世界の目録を作る者”、か。その知識がどこから湧いて出て来たのか、興味があるな」
「それこそ俺の死活問題ですので、殺されたって口を割りませんよ」
「良いだろう。ではお前が話しても構わないと思える程度に、お前の信頼を勝ち取ろう」
アリシアさんのその言葉は、もしかしたらこの世界に生まれて一番嬉しい言葉だったのかもしれない。
(2,971文字:2015/09/06初稿 2016/01/03投稿予約 2016/02/08 03:00掲載予定)
・ アレクにとっては簿記も博物学の範疇のようです。




