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異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第3章 奇妙な共闘編

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第47話 三世界会談

 

 田舎の宿らしい雑魚寝するだけの簡素な部屋で、パラリパラリと本のページが捲れる音がする。

 しおりが挟まれたページが開かれると、先代魔王の眷族に関する呪印が記載された絵が目に入る。

 今回の依頼を受けてから何度見たか分からない絵を、女性の青い瞳がじっと観察し、傷一つない綺麗な指でなぞった。

 

「不思議な場所だの……。この村にいると、他所で戦争が起きてるのが、嘘だと思ってしまうわい」

「……」

 

 窓の傍に立って外を眺めるユリィラ・レイルランドが、手を後ろに組みながら独り言を呟く。

 村の中では、籠を背負った子供達が果樹農園へと向かって駆けて行き、井戸の前では女性達が集まって井戸端会議をしている。


 それは、どこの村でもよく見る光景。

 しかし、この村に最近来た者であれば、異様に感じる光景。

 

「エジィスがここにいれば、この光景を見てどう思うかの……。是非とも、見せてやりたかったわい」

「……」

「セリィ。準備ができたらしいぞ。行けそうか?」

「ええ。行けますよ」

 

 部屋に入って来たダスカに声を掛けられて、セリィーナが人魔戦争に関する歴史書を閉じる。

 本を袋に収納して立ち上がると、愛用の杖を握りしめてダスカの後を追う。

 

「セリィーナ。本当に、護衛はつけなくてよいのかね?」

「……」

 

 背後から声をかけられて、セリィーナの足が止まる。

 

「せめてウキリルか、サキリルのどちらかでも……」

「大丈夫ですよ、ユリィラさん。こちらには、ダスカもいますから」

 

 セリィーナが優しく微笑むと、不安そうな顔のユリィラに見送られながら部屋を退室する。

 通路の先には食堂があり、朝から酒を呑んだり、暇つぶしの賭け事に勤しむ傭兵達の姿があった。

 立派な騎士の格好をした青年がテーブルに突っ伏しているが、宿屋に泊まっている青年商人のトーナス曰く、ヤケ酒をあおり過ぎて酔い潰れてるらしい。

 ダスカが聞いた話によると、先日セリィーナ達とすれ違ったはずの彼らは、国境砦前で大量の魔物達と出会い、慌ててこの村へ戻って来たようだ。

 

「逃げ道もなくなっちまったら、ああなるのも仕方ねえだろ」

「……そうですね」

 

 横目で食堂にいる者達を見るセリィーナに気付いたダスカが、同情的な笑みを浮かべる。


「セリィとあたいの二人なら、砦は突破できるかもしれないけど。ユリィラが一緒だと森を抜けるにも、ちと厳しいな。まあ、最悪あたいがユリィラを担ぐのも、一つの手だな」

「……」

「言っとくが、セリィ。あたいらの仕事は、ユリィラの護衛だ。ここにいる連中までは、契約のうちに」

「分かってますよ、ダスカ。そうではないのです」

「……?」


 考え込むような仕草で歩いてたセリィーナが、魔樹農園でオランゲの実を採取する村人達の方へ顔を向ける。


「ダスカ……。どうしてここの者達は、危険な魔物がすぐ傍にいるのに、逃げ出したりしないのでしょうか?」

「あん? ……諦めてるんじゃないのか? 村には、傭兵が数人いるみたいだけど……。森の中には獣人がうじゃうじゃいるし。昨日だって、騎士の格好をした鬼族が、村の外で訓練してただろ? あんなのが追いかけて来ると思ったら、逃げ出す気も無くすだろうさ」

 

 エモンナの指示で、わざわざ村の外の草原で行われた、鬼族達の訓練風景を思い出したのか、ダスカが苦虫を潰したような顔をする。

 

「確かに、それはありますね……」

「しかし、親玉から直々の指名とは、嬉しくて涙が出ちまうね」


 顔に手を当てて「ハハハ」と乾いた笑いを漏らし、大袈裟な態度を取るダスカだったが、指の間から覗く鋭い瞳がこれから向かう場所を睨みつける。

 森の前にある草原に建てられた、セイナアン王国の紋章が描かれた野営用のテント。

 それらは隣村へ調査に来た騎士達が運んでいた物であるが、生前が騎士だった中鬼騎士ホブゴブリン・ナイトのナイトンによる的確な指示のおかげで、完璧な設営がなされていた。

 そして、野営テントの傍には騎士の鎧を着た中鬼ホブゴブリン達が腰に剣を提げ、セイナアン王国の紋章が描かれた盾を持った状態で、横に整列して立っている。

 

「随分と派手な、もてなしだね~」

「ダスカ。分かってると思いますが、くれぐれも慎重に行動をして下さい。我々の今回の目的は戦争では無く、ここで起こってることを必ず持ち帰って、皆に伝える事です」

「分かってるよ。そこまであたいも馬鹿じゃないよ。本当に魔界の王族なら、どんだけ兵を連れて来てるか分からないないからね。親父共がいたら、また話は別だったけど……」


 互いに目配せをすると、表情を引き締めて野営テントへと向かう。

 二人が入口をくぐって中に入ると、木のテーブルと椅子が並べられているのがまず目に入る。


 そして、野営テントを背にして、右側には傭兵の格好をした5体の吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアの少女達が立っており、左側には2mもある長身の大鬼子オーガ・ミニ5体が縦に並んでいた。

 浅黒い肌に丸太のようなゴツイ腕を組み、頭から二本の白い角を生やした大鬼子オーガ・ミニ達が、ギロリと入室した者達を睨む。

 対して、同じような少女の容姿をした吸血鬼亜種ヴァンパイア・レア達は、クスクスと楽しそうな笑みを浮かべながら、隣にいる者にヒソヒソと何かを囁く。

 

「……」

「立ってないで、座ったらどうですか? それとも貴方達は、立ちながらお話をするのが、好きなのですか?」

 

 悪魔メイドのエモンナに声を掛けられて、二人が目配せをすると油断なく椅子に座る。

 テーブルの挟んだ向かい側には、見慣れぬ人物が座っていた。

 

 見た目は普通の少年。

 黒眼に黒髪と、セリィーナ達が見た事のない、黒いジャージを着ている事を除いては。

 

「オニ様。右にいるのが、『樹海の賢者』のセリィーナ。左にいるのが、南山族エルーシアのダスカです」

「ふーん……」

 

 本を腕に抱え、秘書のように勇樹の横に立つエモンナが、相手を手で差しながら紹介する。

 両肘をテーブルにのせ、手を組みながら黒い瞳でじっと見つめる少年を、セリィーナ達が警戒するような表情で見つめ返す。

 

「オニ様は、とてもお忙しいのです。何か聞きたい事があるのなら、手短に言いなさい」

「あなたが、イネデール公ですか?」

「……ん?」


 聞き慣れぬ単語に、勇樹の片眉がピクリと上がる。

 黒い瞳がゆっくりと横に動き、傍に立っているエモンナへ、勇樹がチラリと目配せを送った。

 

「……」


 口元に手を当てて、何やら考え込む様子のエモンナに、皆の視線が集中する。

 

「そうです」

「やはり、そうでしたか」

「……そうなんだ」

 

 納得した様子で頷くセリィーナと、小声でボソリと呟く勇樹。

 

「イネデール公。貴方の目的は、何ですか? 町と砦を強襲し、この村で何をしようとしてるのですか?」

「……」

 

 勇樹の眉根が中央に寄る。

 再びその黒い瞳が、横目でチラリとエモンナの顔を見つめた。

 

「前にも言いましたが、町と砦の強襲については、我々は関知してません。むしろ、これからどう攻略するかを相談してるところです。そうですよね、オニ様?」

「……」

 

 エモンナの問い掛けに、勇樹がコクリと無言で頷く。

 

「彼らとは、敵対してるという事ですか?」

「そうです」

「イネデール公国は、四公国の中では最も力の弱い国と聞いてました。軍事兵器など、物作りには長けていますが……。他国を支援することはあっても、直接戦争には参加しない国であると……」

「時代は変わったのですよ」

「……」


 意味深な笑みを浮かべるエモンナを見て、セリィーナが警戒するような表情を浮かべる。

 

「他に質問は、無いですか? ないようでしたら……。オニ様、迷宮に戻られますか?」

 

 勇樹が無言で頷くと立ち上がる。

 野営テントを退室する少年に付き従うようにして、吸血鬼亜種ヴァンパイア・レア大鬼子オーガ・ミニが後を追う。

 

「今日と明日は、町と砦の対応で我々は忙しいです。急用がある場合は、ナテーシアに言いなさい。それでは」

「……」

 

 悪魔メイドのエモンナが、セリィーナ達にそう告げると、皆の後を追うように野営テントを退室した。






   *   *   *






「すまん、エモンナ。さっぱり、話についていけなかったんだが……」

 

 野営テントから離れるなり、勇樹が気になったことをエモンナに尋ねる。


「はい。では、順を追って説明します。先日、セリィーナと会話した時にですが」

 

 セリィーナ達が初めて村に顔を出した時のやり取りを、エモンナが説明する。

 

「イネデール公国の出身であると、私が口を滑らせてしまいまして。おそらくそのせいで、オニ様が私のいた国の代表だと、勘違いしたのだと思います」

「ほう」

「現在、イネデール公国には亡き魔王様の実子が不在です。公王の代行はいますが、王族の血が流れるクレス様が支持すれば、あながちイネデール公国の代表と言うのも、間違いではないかと思いまして……。そのまま、相手の話に乗る事にしました」

「ふーん……」

「何かオニ様に、不都合がありましたでしょうか?」

「……」


 考え込む勇樹の顔色を伺うように、エモンナが無言で見つめる。


「いや、別にないけど。特に、そういう設定でも」

「……」

 

 お気楽な態度で話を流した勇樹を見て、エモンナの目が細くなる。

 

「それより、町と砦をどうやって攻略するかだな」

「……賭けてみますか」


 手を頭に組んで呑気に歩く勇樹の背中を、真剣な表情で見つめていたエモンナが、ポツリと小さく呟く。

 

「迷宮の中を移動する転移門が、外に繋げたりとかできればなあ。そうすれば、砦の近くに全軍出撃。とかやれるかなと思ったんだけど……」

「できますよ」

「……え?」


 勇樹が後ろを振り返ると、微笑みを浮かべる悪魔メイドが目に入る。

 

「たぶん、本人は凄く嫌がると思いますが。一人だけ、それをできる者がいます」

「……誰?」


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