第34話 激突
「暇だねー」
鬼族に滅ぼされたセナソの村を、大鬼子のムデスが手持無沙汰の様子で歩く。
彼女と同じように、あてもなくその辺をブラついたり、地面に寝転んでアクビをする赤中鬼達とすれ違いながら、村の中にある井戸へと近づいた。
滑車に繋がれたロープを力強く引っ張り続けると、井戸の中から現れた水桶を持ち上げる。
水が溢れるまで溜まった桶を掴むと、耳の当たりまで裂ける大口を開き、喉をゴクゴクと鳴らして飲み干す。
「プハーッ! ふぅ……。まったく、ダオスンの奴はどこをほっつき歩いてるんだい。他の奴らを見つけたら、さっさと帰るよう言っといたのにね」
口からこぼれ落ちた水を手で拭い、井戸の中へ桶を乱暴に放り込んだ。
未だに帰らぬ仲間のことで、不満げな顔をしながら愚痴をぼやいていると、村の外から奇声が聞こえた。
「ゴギャギャギャギャー!」
「何事だい。騒々しいね」
異変に気付いたのか、村の中にいた中鬼達が振り返り、騒ぎのする方へ走って行く。
それとすれ違うように、1匹の中鬼が慌てた様子でムデスの元へ駆け寄って来た。
村の外を指差して、中鬼が騒ぎ立てる。
「あん? 仲間がやられた?」
「ゴギャ!」
ムデスが目を鋭くさせると、愛用の棍棒を握りしめて、村の外へと走り出す。
「どいたどいた!」
赤中鬼が集まってできた人壁を押しのけて、森の方へと視線を移した。
森の前に立つ、人影が2つ。
片方は黒髪の少女、そしてもう1人は、2mはあるであろう大男。
南山族を彷彿とさせるような、浅黒い肌の大男が剣を振り下ろすと、地面に赤い液体が飛び散る。
大男の周りをよく見れば、無残にも全身を斬り裂かれた、数匹の赤中鬼が倒れ伏していた。
「パイア。アイツが魔人か?」
「みたいね」
2本の角が生えたような大兜を被った、大鬼子のダンザが、大鬼子のムデスを見つけて尋ねる。
ダンザの隣では、吸血鬼亜種のパイアが腰に手を当てて、村の中から次々と現れる鬼族達を観察していた。
「ゴ、ゴギャァ……」
まだ息があるのか、斬り傷だらけの赤中鬼が、這いつくばるようにしてダンザ達から逃げ出そうとする。
「パイア。ここにいる奴は、全部倒して良いんだな?」
「もちろん。全員、皆殺しよ」
ダンザの問いかけに、パイアが白い歯を見せて、楽しそうな表情で笑う。
逃亡を図ろうとする赤中鬼へ近寄ると、ダンザが騎士の剣を逆手に持ち、その身体を貫いた。
止めを刺した赤中鬼から剣を抜くと、「次はお前達だと」言わんばかりに、剣の切っ先をムデス達に向ける。
それを見たムデスの口が耳まで裂け、凶悪な笑みへと変化した。
「たった2人で、私らに喧嘩を売るとか、いい度胸じゃないか。あんた達、かわいがってやりな!」
「ゴガ、ゴギャギャー!」
セナソの村には、ダザランの指示で60匹の赤中鬼が配置されている。
ムデスが突撃の指示を出すと、村にいた鬼族達が一斉に走り出す。
「さーて、いっちょやりますか」
パイアが後ろに振り返ると、森に向かって手を振り、何かの合図をだした。
すると茂みが激しく揺れ、森の中から沢山の人影が現れる。
それを見たムデスが少し驚いた顔になるが、すぐに笑みを浮かべた。
「へぇー、他にもいたのかい。だったらそいつらも、全員皆殺しに……あん?」
他の鬼族達と一緒に森を目指して走るムデスが、違和感に気づいて首を傾げる。
相手の姿をはっきりと目視できる距離まで近づいた瞬間、凝視していた目を大きく見開いた。
「なっ、鬼族!? どういうことだい!」
「ゴガ、ゴギャギャー!」
「ゴギャギャ、ゴギャギャギャー!」
森から現れた浅黒い肌の中鬼達が奇声を上げ、赤鬼族の集団に向かって大地を駆ける。
合流した鬼族達を先導するように、騎士の剣を握り締めたダンザも走り出した。
その後ろ姿を見送りながら、腰に手を当てた吸血鬼亜種のパイアが、不敵な笑みを浮かべる。
「さあ、楽しい戦争の始まりよ」
「ゴギャアアアア!」
大鬼子のダンザと鬼族の集団が、大鬼子のムデス率いる赤鬼族と激突する。
勢いが止まらない中鬼達は、互いに正面から体当たりをして、激しくぶつかった。
衝突で地面に転がった鬼族の中には、後続の中鬼に踏みつけられた不運な者もいる。
敵味方が入り乱れた、激しい戦闘が始まった。
「ゴギャギャギャギャ!」
大鬼子のダンザは、楽しそうに高笑いをしながら騎士の剣を力任せに振るい、赤中鬼の首を跳ね飛ばす。
ダンザ以外にも、騎士の剣を持った大鬼子2匹が参戦しており、その大きな体躯を活かした強烈な斬撃で、赤中鬼を屠っている。
「ゴギャー!」
飛び掛かって来た中鬼を、大鬼子のムデスが素早くかわした。
「コイツら、どこに潜んでやがったんだい……オルァ!」
「ゴギャン!?」
両手で棍棒を握り締め、すれ違いざまに相手の顔面を殴り飛ばす。
強烈な一撃を食らった中鬼は、勢いのあまり宙を舞い、背中から派手に地面へ衝突した。
流石に魔人だけのことはあり、次々と中鬼達を殴り飛ばして大暴れしている。
激しく争い合う集団の中には、騎士の鎧を着た中鬼も混ざっていた。
殴り、蹴り、噛みつくと野蛮な争いをしてる鬼族達の中で、2匹の中鬼騎士が騎士の剣と盾を巧みに扱い、敵を屠る。
鬼族とは思えない優れた技巧を見せ、生前の恨みを晴らすかの如く、赤中鬼を次々と容赦なく斬り裂いている。
鬼族達の大乱闘から離れた場所に目を向けると、森から遅れてやって来る奇妙な集団がいた。
肩に木製担架を担いだ4匹の山羊人が、誰かを運んでいる。
担架の上には、吸血鬼亜種の少女が座っていた。
しかも、その近くには同じような組み合わせで、4匹の山羊人が別の少女を運んで並走している。
集中しているのか、2人の少女は目を閉じ、運ばれている間も詠唱を呟き続ける。
長い詠唱を終えると、少女達の目が見開かれた。
すると、木製担架を担いでいた山羊人の身体が黄金に輝き、みるみると膨らみ始める。
山羊頭の黒い獣人達が、2mの巨躯へと進化したのを確認すると、2人の少女がそれぞれの担架から飛び降りた。
「さあ、行くわよ!」
「あんた達、足遅すぎ!」
鍛えられた足に偽りはなく、2人の少女が大地を全力疾走すると、担ぎ手達を瞬く間に引き離す。
強化山羊人達も、運んでいた担架を放り投げ、鈍足ながらも吸血鬼亜種達の後を追走する。
鬼族の戦争に臆することなく、吸血鬼亜種の少女2人が飛びこんだ。
「そいや!」
「ゴギャン!」
途中参加した吸血鬼亜種の少女に、キレのある飛び回し蹴りを顔面にもらい、赤中鬼が地面に転倒した。
倒れた赤中鬼が身を起こそうと、鼻から血を流しながら顔を上げる。
「……ゴギャ?」
視界へ入った光景に、赤中鬼が目を丸くする。
呆けたように口を開けたままの鬼族に、2mにもなる山羊頭の黒い獣人が迫っていた。
強化山羊人8匹が横に並んで走る姿は、黒い肉壁を連想させる。
目を血走らせた獣人達が、野太い声で咆哮すると、鬼族達の戦場へ突撃した。
「ヴメァアアアア!」
「ゴギュゥ!」
その光景に見とれ、立ち上がるのを忘れていた赤中鬼の頭が、蹄のついた大きな足で無残にも踏み潰された。
「グギャン!」
「ゴギャン!?」
ラグビーの試合場に、間違えて入場した一般人の如く、赤中鬼を次々と容赦なく突き飛ばす。
暴走する強化山羊人へ、果敢にもタックルをする赤中鬼もいたが、「だからどうした!」と言わんばかりに、身体にしがみつく赤中鬼を引きずりながら、速度を落とさず走り続ける。
周りの異変に気付いた大鬼子のムデスが、何事かと振り返った。
「……!? 獣人までいるのかい! なんで魔界の連中が、私らを攻めて来てんだよ!?」
混乱するムデスの眼前にやって来た強化山羊人が、しがみついていた赤中鬼を乱暴に振り落とす。
酷く興奮しているようで、奇声を上げながら何度も踏みつけた。
若干取り乱したムデスだったが、無防備になってるその隙を見逃さず、両手で握り締めた棍棒を、黒い獣人の背中へ力任せに叩き付ける。
しかし、顔を歪ませたのは、大鬼子の方だった。
「グゥッ……。なんて固さだい」
「ヴメァア?」
殴打の衝撃でよろめいたようだが、怪我をした様子もなく、強化山羊人が後ろへ振り返る。
血走った眼が、襲撃者を捉えた。
ムデスが舌打ちをし、持っていた棍棒を放り投げる。
「来いや!」
相手の攻撃を誘ってるのか、ムデスが両手を広げで身構えた。
その挑発行為に、鼻息を荒くした強化山羊人が、蹄のついた足で興奮したように土を数度削る。
「ヴメァアアアア!」
「ッ!」
強化山羊人が大きく口を開けて咆哮すると、赤い大鬼子に向かって突撃する。
2mの巨躯による衝突を、歯を食いしばったムデスが真正面から受け止め、素足で激しく土を削りながら後退した。
しばらくすると、強化山羊人が疲れたらしく、動きがピタリと止まる。
「ヴフ-ッ! ヴフ-ッ!」
「……なんだい。そんなものかい」
不意にムデスが笑みを浮かべると、素早く強化山羊人の後ろへ回り込む。
背後から胴体に太い腕を回し、大鬼子が歯を食いしばる。
すると、強化山羊人の足が宙に浮かんだ。
「ヴミャア?」
「ぐぬぅ……ぅおおおお!」
体中に血管を浮き上がらせ、気合いの入った咆哮と同時に、強化山羊人を後ろへ反り投げた。
2mの巨躯が空中で放物線を描き、まともな受け身も取れずに、頭から地面へ衝突する。
首のあたりから、何かが折れたような音を出すと、山羊頭の獣人が身動き1つしなくなった。
ブリッジの体勢になったムデスが、反り投げた魔物をどかすと立ち上がる。
「ハァ……ハァ……。ハハハ、どんなもんだい」
少し足元をフラつかせながら、白目を剥いて仰向けに倒れている強化山羊人を見下ろす。
肩で息をしながら、ムデスが勝ち誇った笑みを浮かべた。
倒した獣人を嘲笑う大鬼子に、3つの人影が迫る。
視界に複数の刃を捉えたムデスが、素早く腕を上げた。
「ッ!」
「お? やるじゃん」
「ありゃりゃ。首刈り失敗?」
ナイフで切り裂かれ、大鬼子の腕や肩から、鮮血が飛び散る。
咄嗟の判断で顔を守るように腕を上げたのが、功を奏したのだろう。
奇襲を仕掛けた吸血鬼亜種達だったが、致命傷は与えられなかったようだ。
「……チッ」
襲って来た吸血鬼亜種達を探すように視線を動かすと、ムデスが舌打ちをする。
周りをよく見みれば、一緒にいた赤中鬼がかなりやられており、戦況があまりよくないことが窺えた。
地面に落ちていた愛用の棍棒を拾うと、近くにいた吸血鬼亜種の少女に向かって、勢いよく振り上げる。
「おっと! へへーん。そんなの当たりませんよーって……あれ?」
「パイア! 魔人が逃げたー!」
「邪魔だよ!」
「ゴギャン!?」
敵味方関係なく、視界に入る中鬼達を棍棒で殴り飛ばしながら、強引に戦場から脱出する。
そのまま全速力で、森の中へと逃走した。
「まったく、どうなってんだい! アイツの話と、全然違うじゃないかい! なにが人界の連中は、雑魚しかいないだよだ。魔界の連中が敵にいるとか、聞いてないよ!」
ここにいない者を罵倒しながら、森の中を駆け抜ける。
茂みを乱暴にかきわけて、一心不乱に森の奥を目指すと、ようやく目的の場所に辿り着いた。
「ハッ、ハッ、ハッ、とにかく……。ダザランに、知らせないと……」
全身汗だくになりながら、洞穴の中へと入って行く。
ほうほうの体で迷宮へ入った大鬼子を、木の影から顔を出した追跡者が見つめる。
「ふーん……。ココが、アイツらの住処なのね」
吸血鬼亜種のパイアが木に背中を預け、迷宮の入り口を観察する。
口元に手を当てると、悩ましそうな顔でしばし考え込む。
「むー……。とりあえず、先にあっちを片付けときますか。明日で、お父様がまたしばらくいなくなっちゃうし……。迷宮に攻め込むより、帰る方が先だよね? よし、そうしよう!」
どうやら自己解決をしたらしく、両手をパンッと叩く。
鬼族達の住処を見つけたパイアが、その場を軽快な足取りで立ち去った。




