第30話 小さな猛獣使いと魔界森(★挿絵あり)
パイア達の赤中鬼狩りから一夜明け、下流へと流れる川に沿うようにして、別の場所を偵察している者がいた。
大きな岩によじ登った黒髪の幼女が、目玉が零れ落ちそうになる程に、目を大きく見開いてる。
川を挟んだ、反対側の森の様子を伺ってるらしく、顔を左から右へとゆっくり動かす。
「……」
魔物らしき人影は見つからず、聞こえるのは穏やかな川のせせらぎのみ。
異常がないと判断したのか、悪魔幼女が1つ頷く。
「キュプイ」
下へ降りようと顔を覗かせると、垂れ耳の犬人がお座りした状態で、悪魔幼女を見上げていた。
犬人がつぶらな瞳で見つめていると、悪魔幼女が岩にしがみつきながら、降りようとする。
見ていて危ないと思ったのか、犬人が立ち上がり、手を伸ばす。
犬人が抱き降ろすと、なぜか悪魔幼女が頬を膨らました。
「キュプー」
「クゥン?」
「別に1人でも、できたもん」と言いたげな顔をする悪魔幼女を見て、犬人が首を傾げる。
大きな岩の近くにある開けた場所で、悪魔幼女が腰を下ろす。
地べたに座ると、地面をペチペチと叩いた。
「キュルパイ! キュルパイ!」
呼ばれたと思ったのか、犬人が近寄ると、同じように腰を下ろす。
茶色の体毛に覆われた身体を背もたれにして、肩に提げたひもを掴むと、その先にある袋を手繰り寄せる。
縛っていた紐を外し、袋を開いて中を弄っていると、周りの茂みが動き出した。
「スンスン、スンスン……」
周辺を偵察していた他の犬人達が顔を出すと、鼻を小刻みに動かしながら悪魔幼女へ近寄る。
その袋の中に、どうやらお目当ての物があるらしく、顔を寄せて来た犬人達に、悪魔幼女が取り囲まれた。
鼻息を荒くした魔物達に取り囲まれて、若干鬱陶しそうな顔をしながらも、目的の赤い実を取り出す。
お昼休憩の準備を始めた悪魔幼女に、犬人よりも一回り大きな、見慣れぬ魔物が近づく。
茶色の体毛に包まれた犬人達を押しのけると、灰色の体毛を持つ魔物の顔が、悪魔幼女の前に現れる。
比較的可愛らしい顔の犬人とは違い、獰猛な顔つきの狼顔に近寄られ、悪魔幼女が眉根を寄せた。
「キュルパイ! キュルパイ!」
悪魔幼女と袋の間に大きな顔を突っ込む狼人を、「ちょっと見えないから!」と言わんばかりに、ぺちぺちと小さな手で叩く。
同じ言葉を繰り返しながら地面を何度も指差すと、狼人は不満そうな顔をしながら離れ、地面に腰を下ろす。
よく見れば犬人達も、いつの間にか地面に腰を下ろして、大人しくお座りをしている。
手に持っていたゴリンの実を地面へ置き、悪魔幼女が再び袋の中をまさぐると、一番大きな骨付き肉を取り出した。
それを見て舌舐めずりをする狼人の前に行くと、悪魔幼女が小さな手を前に出す。
「キュペ!」
『お手』と言ったのか、狼人が悪魔幼女の小さな手に、大きな手をのせた。
「キュペペ!」
『かえて』と言ったのか、今度は違う手で狼人がお手をする。
それを見た悪魔幼女が満足そうに頷くと、骨付き肉を地面に置いた。
前のめりの姿勢で、食い入るように骨付き肉を見つめる狼人をしばらく観察すると、悪魔幼女が骨付き肉を指差す。
「キュペポイ!」
ようやく『食べて良し』の合図が出ると、狼人が骨付き肉に飛びかかる。
大きな尻尾を左右に振りながら、見るからに嬉しそうな様子で、骨付き肉にむしゃぶりつく。
ちなみにこの一連の行為は、沙理奈が犬人達にしてたのを悪魔幼女が見て、いつの間にか覚えたものだ。
もともと犬人達にしていた躾を、昨日から増えた新種の狼人にもさせるようになったのには、理由がある。
犬人達の主食は、迷宮で産まれる一角兎であるが、それ以上に好きな物がある。
それは悪魔メイドのエモンナが焼く、一角兎のこんがり焼けたお肉。
魔界のお嬢様が食べ残した、骨付き肉の人気ぶりは凄まじく、肉の焼かれる匂いに惹かれた犬人達が集まって、目を血走らせて食らいつくのだ。
骨付き肉があれば、犬人の躾がより楽になると思い、悪魔幼女達もエモンナから肉の焼き方を勉強し始めた。
昨日もいつものように、悪魔幼女達が肉を焼いてると、当然ながら犬人達が集まって来る。
焼けた骨付き肉を使って、犬人達に『お座り』や『お手』などの教育をしていると、匂いに釣られたのか1匹の狼人が顔を出す。
最初はじっと様子を伺うだけだったが、その意図を理解したのか骨付き肉を持った悪魔幼女に近づき、犬人達と同じ『お座り』をした。
「キュペ!」
それに気をよくした悪魔幼女が、『お手』を指示する。
すると狼人の大きな手が、悪魔幼女の頭にのせられた。
「……」
しばらく妙な無言の間ができたが、「お手はココ!」と身振り手振りで教え、犬人と同じことができた狼人に、ご褒美の骨付き肉を与える。
どうやら、その骨付き肉が大層気に入ったようで、悪魔幼女は狼人を手懐けることに、見事成功した。
他の犬人達にも、狼人と同じようにお手をさせて、ご褒美の骨付き肉を与え終わると、ようやく自分のお昼御飯にありつく。
地面に腰を下ろした悪魔幼女が、青白い粒が光る赤い果実を手に取り、うっとりとした表情で見つめる。
狼人を手懐けたことを知ったエモンナに与えられたご褒美が、完熟したゴリンの実。
今までは、赤子鬼から生産された早熟したゴリンの実だったり、完熟した実を貰えたとしても数の都合で、他の子と少しずつ齧るしかなかった。
だから、丸々1個を独り占めするのは、産まれて初めての経験である。
狼人は、鬼族で言えば中鬼に当たる魔物で、犬人よりも優れた身体能力を持つ獣戦士。
犬人よりも強いが気性も荒い新種の狼人達を、どう扱うべきか悩んでいたエモンナにとっては、渡りに船だったのだろう。
特別な褒美を与えられた悪魔幼女を見て、骨付き肉を持った他の悪魔幼女達が、慌てて狼人を探しに行ったのは言うまでも無い。
ゴリンの実に頬ずりをすると、小さな口を目一杯開け、赤い果実に齧りついた。
いつもみたいにちょっとずつ齧るのではなく、頬が膨らむくらい贅沢に齧る。
シャリシャリと、小気味良い音を口から漏らしながら、悪魔幼女はしばしの幸せな時間を過ごす。
種以外を綺麗に食べ終えると、ゴリンの種を袋に入れた。
骨付き肉を食べ終えた犬人達の毛づくろいをしつつ、昼休憩を取り終えると、川を横目に見ながら再び森の中を移動する。
「……キュポ?」
犬人に背負われながら移動していると、悪魔幼女が何かを見つけた。
目を大きく見開いて遠視モードになると、犬人の垂れ耳を小さな手で掴み、慌てた様子で引っ張る。
「プルプイ! プルプイ!」
「クゥン?」
急な方向転換を指示されて、犬人が首を一度傾けるが、悪魔幼女に指示されるがまま森を抜け、河原に顔を出す。
悪魔幼女の意図をようやく察して、犬人達が砂利の上を駆け抜ける。
やはり一番足が速いのは、狼人のようだ。
目的の物に駆け寄ると鼻に皺を寄せ、「グルルル……」と低い唸り声を出す。
唸り声を出して、威嚇する犬人達の傍に近寄ると、長い棒を持った悪魔幼女がそれを突く。
「……キュピポイ?」
恐る恐る警戒しながらも、それに近づくと手で触れてみる。
危険はないと判断すると、更に詳しく調べ始めた。
上等な鎧や兜を装備していることからして、騎士のようにも見える。
体中に引っかき傷や激しく暴行された跡が目立つが、最終的な死因は溺死のようだ。
「ウォン! ウォン!」
別の場所で、犬人が吠えている。
岩に引っかかり、浅瀬を浮かぶもう1つの亡骸を、狼人が噛みついて河原へ力強く引きずる。
どうやらこっちは、赤中鬼のようだ。
状況から察するに、森にいた調査隊の騎士と赤中鬼が戦闘になった際、赤中鬼がタックルを決めて、騎士ごと川に落ちたのだろう。
どんなに鍛え抜かれた騎士であっても、赤中鬼にしがみつかれた状態で川に落ちれば、溺れ死ぬことも充分にありえる。
森に亡骸を移動させると、よその魔物達に持ち帰られないよう隠した。
「プルプイ! プルプイ!」
思わぬ収穫をした悪魔幼女が満面の笑みを見せると、犬人の垂れ耳を引っ張る。
応援を呼ぶため悪魔幼女達は迷宮へと、足早に引き返した。
* * *
「フーン、フンフン、フフーン」
鼻歌を唄いながら、森の中を歩く者が1人。
上機嫌な様子で森を進んでいるのは、片角が折れた大鬼子のダオスン。
彼の後ろには、30匹の中鬼がぞろぞろとついて来ていた。
橋を渡り、村を目指して移動する赤肌の鬼族集団。
2mにもなる巨漢の魔人もそうだが、その後ろにいる赤中鬼達もまた、プロレスラーのように逞しい体つきをしている。
魔人と赤子鬼30匹が攻めて来ると聞かされて、酷く怯えていたハジマの村人達がここにいれば、悲鳴を上げて逃げ出すような光景だ。
鼻歌交じりに森を進むダオスンの腰には、騎士から奪った二本の剣が提げられている。
煩く小言を言う者達もいないためか、胸を張って大股で歩く姿は、とても偉そうだ。
「うわー。パイア、いっぱい来たよー」
「大量、大量。しかも、魔人のオマケつき」
「……あん?」
頭上から声が聞こえて、ダオスンが顔を上げる。
その視線の先には、なぜか逆さま状態になった少女が2人。
太ももとふくらはぎを木の枝に挟み、ダオスン達を楽しそうな表情で見下ろしていた。
長い黒髪も重力に従い、下へ垂れている。
「なんだ、おめぇらは?」
魔人に睨まれるが、少女達に怯えた様子はない。
それどころか、なにが可笑しいのか、クスクスと笑ってさえいる。
「私達のことより、あっちの方を気にした方が、いいんじゃない?」
「あん?」
笑みを浮かべたパイアが、森の奥へと指を差す。
ダオスンがその方向に振り返り、目を細める。
鬼族の集団へ、森の奥から奇妙な人影が迫っていた。
村人にしては、えらく体つきが良い。
南山族を彷彿させるような、浅黒い肌と盛り上がった筋肉。
そして、人界の者達には存在しない、頭から生えた拳大の白い2本角。
その数23。
「え? は? 鬼族?」
「ゴギャ、ゴガゴギャギャ!」
混乱してるのか、固まったまま動かない大鬼子に、近くにいる赤中鬼達が喚き始めた。
耳元で奇声を上げられて、ダオスンが我に帰る。
「うるせぇ! 分かってるよ!」
イラついた顔を見せながら、ダオスンが鬼語で突撃の指示を出す。
「ゴガ、ゴギャギャー!」
ようやく出たダオスンの指示に、赤中鬼達が奇声を上げて、一斉に走り出す。
「!? ゴガ、ゴギャギャー!」
それに反応したのか、浅黒い肌の鬼族達も奇声を上げ、迷いなく突き進む。
素足で枯れ枝を踏み抜き、土を跳ね飛ばし、獲物を目指して魔物達が加速する。
ついには森の中で、色違いの鬼族の集団が衝突した。
相手に飛びかかると、殴り、蹴り、かみつく。
ルール無用の場外乱闘の如く、あらくれ者達が血生臭い戦闘を繰り広げる。
相手の返り血で己の身体を濡らし、色違いの鬼族達が命を削り合う。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
怒号、絶叫と様々な奇声が入り乱れる集団へ、四肢を力強く動かしながら駆け寄る者達がいた。
数の有利で相手を押し倒す赤中鬼達に、茂みから突然に何かが飛び出す。
「ガァアアア!」
「ゴギャア!?」
灰色の体毛に覆われた魔物が、口を大きく開け、鋭い牙を首元へ食い込ませた。
驚いてパニック状態になった赤中鬼を、血気盛んな獣人が、地面へと押し倒す。
突然現れた獣人に突き飛ばされ、地面へと転がる別の赤中鬼へ、もう1匹の獣人が近寄る。
「ゴギャギャー!?」
足へと噛みつき、牙を食い込ませた獣人は、大きな身体の赤中鬼をものともせず、力強く引きずった。
助けを求めるように、赤中鬼が手足を激しく動かすが、茂みの中へと消えて行く。
森の奥へと引きずり込まれた魔物に、茶色の体毛に覆われた小柄な獣人が、次々と飛びかかるのが見えた。
口元を赤く染めた獣人達が、赤中鬼の命を削り取る。
「なんで、獣人が……」
後ろ足で立ち上がり、鋭い爪で赤中鬼を切り裂く狼人を見て、呆然とするダオスンの口から呟きが漏れる。
彼の頭の中には、おそらく人界の者達が住む村があったはずだ。
しかし、橋を渡った先にあったのは、魔界の森に迷い込んだと錯覚させるような、魔物達の襲撃。
ダオスンが混乱するのも無理はない。
だが、彼の災難はそれで終わらない。
森の奥から、笑みを浮かべて近寄る巨漢の人影が2つ。
馬乗りになって、相手を殴る赤中鬼の背後に近づくと、後ろから腕を回す。
丸太のように太い腕で締めつけられ、赤中鬼がもがき苦しむ。
大鬼子のダンザが2匹を引き離すと、なぜか腕を放した。
「魔人はパイアに取られたから、モジャモジャがやってたのでも試すか」
咳き込みながら、必死に呼吸を繰り返す赤中鬼に近づくと、腕を掴む。
身の危険を感じたのか、魔物が必至の形相で逃げようとする。
「おい、暴れるな。……こうだったか? いや……こうか?」
力尽くで相手をねじ伏せると、首を傾げながら関節技のようなものを始める。
激しく暴れる赤中鬼を抑え込もうとした瞬間、何かが折れた音が聞こえた。
「あ……。だから、動くなと言っただろうが」
「ゴ、ゴギャァ……」
やらかしたような表情で、ダンザが相手を見下ろす。
その視線の先には、曲がってはいけない方向に、腕が変形した赤中鬼がいた。
「うーん……。どうにも上手くいかん。後でもう1回、モジャモジャに教えてもらうか」
「ゴギャギャギャギャ! ダンザ、お前の剣は凄いな。よく斬れるぞ!」
腕を組んで難しそうな顔をするダンザの隣では、もう1匹の大鬼子が大暴れしている。
ダンザから借りた二本の剣を力任せに振り回し、近くにいた赤中鬼を滅多斬りにする。
正確には、生前のダンザガが傭兵達から奪った剣を褒められて、ダンザがご機嫌な笑みを浮かべる。
「そうか。それは良かった。俺もその剣は気に入ってる」
大鬼子が他に気を取られている間、片腕を折られた赤中鬼は、その場から逃げ出そうとしていた。
苦しそうな顔で、這いずりながら逃げる赤中鬼に、黒い人影が近づく。
赤中鬼が顔を上げると、先程まで馬乗りになって殴っていた中鬼が、嬉しそうな笑みを浮かべて見下ろしていた。
「ゴ、ゴギャ、ゴブゥ!?」
わざわざ折れた腕を掴み、痛みで悶絶する赤中鬼を殴り始める。
獲物が取られたことに気づいたダンザは、近くにいた赤中鬼を捕まえると、相手を力尽くでねじ伏せた。
再び技の練習を始めると、組み敷かれた相手から、骨が折れる音と悲鳴が聞こえる。
「な、何なんだよ、コイツらは……」
目まぐるしく変化する予想外な事態の連続に、大鬼子は混乱の極みに達したのか、呆然と立ち尽くしたままだ。
数の差から初めは赤鬼族に優勢だった戦争も、飛び入り参加した獣人達や、遅れてやって来た大鬼子達の参戦によって、徐々に雲行きが怪しくなる。
健闘してる赤中鬼もいるようだが、地面に倒れる赤中鬼の数が増えていく。
「ねぇねぇ。さっきからボーッと見てるけど。何か忘れてない?」
「は?」
驚いて視線を動かすと、先程まで木にぶら下がっていた少女が、いつの間にか隣にいた
少女は膝に両手を置いて、可愛らしい笑みを浮かべながら、ダオスンを下から覗き込む。
全身を緑色に輝かせたパイアに目を奪われた瞬間、反対側から風切り音と共に、何かが勢いよく飛んでくる。
「ッ!?」
風魔法で加速した、別の吸血鬼亜種の飛び回し蹴りを、もろに頭へ喰らう。
あまりの衝撃に、大鬼子が思わず前へよろめいた。
「フッ!」
「ッ!?」
ダオスンが剣を抜く間もなく、今度は下から蹴り上げたパイアの足が、顎へと命中する。
強烈な一撃に、今度は身体が後ろへのけぞった。
「ブッ、ガッ、ゴッ!?」
「アハハハハ! パイア、コイツよわーい!」
「私達に詠唱する時間を与えるとか、馬鹿な奴ね!」
可愛らしい顔に似合わず、凶悪な笑みを浮かべた少女達が、高速の蹴りを次々と放つ。
吸血鬼亜種達は、前後左右から休みなく蹴りを繰り出し続ける。
嵐のような蹴りの猛攻に、ノーガードの大鬼子はサンドバックの如く、滅多蹴りにされている。
「パイア!」
「ほいさ!」
蹴りの嵐が、突然に止んだ。
少女達がタイミングを合わせ、フラつく大鬼子の頭上へ、同時に飛び上がる。
風魔法で加速した2人が、シンクロしたように横回転し、尋常ではないスピードの蹴りを放つ。
「ゴキュッ」
頭へ二方向から同時に、会心の飛び回し蹴りを食らった大鬼子が、奇妙な声を出して膝から崩れ落ちる。
白目を剥いて倒れたダオスンを、吸血鬼亜種達が覗き込む。
「えっと……。もしかして、死んだ?」
「……いや、大丈夫っぽい? 一応、脈はあるみたいだし。アハハハ、ちょっとやり過ぎちゃったね」
鼻血を流しながら気絶した魔人の首元に触れ、脈を取った吸血鬼亜種が思わず苦笑する。
一応は生きてるらしく、思わずパイアが肩の力を抜いて、ホッとしたような表情を見せる。
「それを聞いて安心したわ。情報を吐かせずに殺したら、私達がエモンナに蹴り殺されちゃうからね」
「アハハハハ。エモンナって、パイアより強いからねー」
「アイツの詠唱の早さは、反則だからね。ククリ!」
「グギャ!」
パイアが顔を上げて声をかけると、木の枝から子鬼が飛び降りて来た。
「コイツを縛りあげて、エモンナの所へ連れて行って。後、他の子鬼達も呼んで、急いで死体を運ばせて!」
「グギャ!」
ククリが肩に背負っていたロープを取り出すと、気絶した大鬼子の腕や足を急いで縛り始める。
未だに暴れている赤中鬼達を蹴り飛ばしつつ、関節技の練習をしている大鬼子のもとへ駆け寄ると、パイアがジャンプした。
「いつまで遊んでるのよ!」
「ゴブッ!?」
パイアのかかと落としを食らって、ダンザが後頭部を抑えながら蹲る。
二本の剣を持って仁王立ちする少女を、ダンザが恨めしそうな顔で見上げた。
「パイア、なぜ俺を蹴る?」
「アンタが、自分勝手なお馬鹿だからよ! ほら、この剣あげるから、さっさと他の奴等を倒しなさいよ」
大鬼子が持っていた騎士の剣を、パイアがダンザに渡す。
鞘からおもむろに剣を抜くと、ダンザが目を輝かせた。
「おー。これも、良い剣だな……」
「ダンザ。お前も、剣が二本になったのか。よし、これでどっちが多く倒せるか、勝負するか!」
「ほう。面白そうだな」
「何でも良いから、早く倒しなさいよ。アンタ達が真面目にやらないから、うちの魔物も結構やられてるんだからね。自分さえよければ良いとか、これだから鬼族は」
「パイア。もう行っちゃったよ?」
「ッ! アイツら……後で潰す」
白い歯を剥き出しにして、パイアが怒りの表情を見せながら、ワナワナと震えている。
しかし、肝心の大鬼子達は既に遠くへ移動して、新しい競争に夢中のようだ。
「あー、もう! 魔人は倒したし、残党狩りよ!」
「おー!」
パイアがやけくそ気味に叫ぶと、もう1匹の吸血鬼亜種が楽しそうに右手を上げた。
森の奥からも、子鬼などの小柄な魔物達が大勢やって来て、戦いに参戦している。
混戦模様だった戦争は、終息へと向かい始めた。




