第26話 魔人達の迷宮探索
気持ちいい快晴の下、1台の荷馬車が地上を駆け抜ける。
御者に急かされて移動する荷馬が、森に囲まれた街道を走り続け、開けた場所へと到着する。
「パイアさん、見えました」
「よーし。誰かいるかなー?」
ショアンに声を掛けられ、パイアが楽しそうな顔で荷車から身を乗り出す。
日差しを避けるように、パイアが手をかざして見つめる先には、小さくではあるがいくつかの家が見えた。
どうやら、目的の場所に到着したようである。
激しく揺れる荷車に捕まりながら、大鬼子のダンザがパイアに声を掛ける。
「パイア。魔人はいるか?」
「えーとね……それはいなさそー。でも、騎士を1人はっけーん」
「よく見えますね……」
ショアンが一生懸命に目を凝らして見ようとしてるが、遠視モードに入ったパイアには敵わないようだ。
目を大きく見開いて、零れ落ちそうな目玉を不気味にギョロギョロと動かす吸血鬼亜種をチラ見して、思わずショアンが目を逸らす。
村に到着すると、ショアンが荷馬車から降りて、村の中にいる騎士に歩み寄った。
セイナアン王国の紋章が描かれた盾を手に持ち、上等な鎧と兜を装備した男が、訝しげな表情でショアンを見つめる。
「迷宮に入りたい?」
「はい」
「……」
ショアンに尋ねられた騎士の眉間に、深い皺が刻まれる。
不審者を見つめるような目つきで、騎士の視線が上から下へと移動する。
「……」
「えっと……。やっぱり、駄目でしょうか?」
「何人だ?」
「え?」
「何人で、入るつもりなのかと聞いてる。まさか、お前1人で入るつもりか?」
「いいえ、違います! 2人です」
騎士の視線が、今度は村に止められた荷馬車へと向かう。
荷馬車の前には武装した3人が立っており、騎士が再び無言で見つめる。
「あのデカイのは、南山族か?」
「え? あ、はい。そうです……」
どうやら3人の中で、一際大きな男が目に付いたようだ。
南山族特有の浅黒い肌と、盛り上がった筋肉。
どれも小さくて着れる物がなかったと言わんばかりに、腰巻を巻いただけの半裸の格好をした大男。
2mにもなる巨漢の大男の頭には、2本の角が生えた大兜が被せられていた。
3人組をじっと見つめる騎士の隣では、ショアンが顔から大量の汗をかいている。
「名前は?」
「ひゃい!? な、名前?」
「……? お前の名前だ。それと、どこから来た?」
「あっ、はい。ショアンです。ダナンズさんの護衛をしていたのですが、覚えてないですか?」
「ダナンズ?」
青年の口から出た名前を聞いて、騎士の表情がみるみると変わっていく。
「チッ……。それを先に言え。よく見れば、砦で騒いでた奴と一緒にいた顔だな」
「……」
舌打ちをすると、さっきまでの威圧的な様子から、面倒臭そうな顔へとその態度を変化させる。
「迷宮に入るのはお前達の勝手だが、何かあっても我々が助けに行くことはないと思え。我々の仕事は、あくまでもこの村での監視だ。良いな?」
「はい。分かりました」
見知った顔だと気づいたからか、やや警戒心を緩めつつも事務的な態度で、迷宮に辿り着くまでの順路を騎士がショアンに説明する。
目印の場所などを教えてもらったショアンが礼を言うと、騎士が素っ気無い態度で返事をして離れて行く。
仮の宿舎なのか、空き家の1軒に騎士が入って行くのを見届けると、ショアンの口から大きな溜め息が漏れた。
「ショアン、どうだった?」
「魔人はいたか?」
「とりあえず、迷宮の場所は分かりました。さっきの騎士から聞いた話だと、迷宮の中に魔人も魔物も皆、引きこもってるそうです」
身体をほぐすように、ストレッチをしている魔人達に近づくと、騎士から教えられた話を報告する。
村の近くにある森をショアンが指差して、迷宮に辿り着くまでの順路を説明した。
「よーし、了解。それじゃあ、行きますかー」
「えっと……自分達は、待ってれば良いんですよね?」
「そうだよ。できれば、明日には家へ帰り着きたいから、適当に潜ってすぐ戻ってくるつもりだけど……。もし、明日になっても戻って来なかったら、そのまま村に帰ってエモンナ達に報告して頂戴。たぶん、それはないと思うけどね」
「分かりました」
「パイア、行くぞ」
「はいはい」
早く行きたくてしょうがないのか、ソワソワとした落ち着きのない様子のダンザに急かされて、魔人達が森へと向かう。
森に行くパイア達をしばらく見つめていると、ショアンの隣にいた男が頭にできたコブをさすりながら、不機嫌そうな顔で口を開く。
「このまま、迷宮で死んでくれれば楽なんだがな」
「ハハハ……。でも、魔人は強いですから、簡単に死んでくれるかどうか……」
「フン。俺は少し寝る。アイツらが帰って来たら、起こしてくれ」
「分かりました」
元傭兵の男が荷車に乗ると寝袋に入り、すぐにいびきをかきはじめる。
その様子を苦笑交じりに見ていたショアンが、再び森へと視線を移す。
「人質は取ってるけど村を守ってくれる魔人と、魔物に襲われても助けに来ない騎士では、どちらが本当の味方と言えるんですかね……」
本来は敵である魔人と、村人が奇妙な共存生活を続けてから、既に幾日かが経過している。
その中で感じた疑問が、青年の口から零れる。
複雑な感情が入り混じった顔で、ショアンは森に消えて行く魔人達を静かに見送った。
* * *
「ふーん。入り口は、うちのと似たような感じなのね……」
ショアンに教えられて、騎士が作った道標を頼りに森を抜けると、大きな洞穴が目に入った。
興味深そうに観察するパイアの眼前には、岩肌をくり抜いてできたような大穴がある。
洞窟内は灯りが無いのか、奥を覗いてもどこまでも続く闇だけが広がっている。
「パイア、まだか。早く行くぞ」
「はいはい。分かってるから、ちょっと待ちなさい」
今回のお出かけの目的である情報収集を欠かさない吸血鬼亜種のパイアとは違い、大鬼子のダンザは早く中に入りたくて仕方ないようだ。
待ちきれないのか、既に鞘から剣も抜いている。
角の生えた兜を被った2mの大男が、腰巻に半裸の状態で、洞穴の前を落ち着きなくウロウロする様子は、場所によっては不審者と勘違いされる光景である。
しかし、この世界にいる南山族と呼ばれる者達が、このような格好をするのはよく見られる光景であり、先程の騎士が不審に思わなかったのもそれが理由だろう。
ちなみに、この格好は勇樹の指示でさせている。
特徴のある鬼族の角を誤魔化すために悩んでいた勇樹が、スナイフがやっている店を訪れた際に、店内に飾られた角付きの兜を見て、ダンザを南山族に偽装させることを思いついたのだ。
もともと大き過ぎて、誰も被る予定の無い古兜。
それを安い値段で譲ってもらい、スナイフに角だけを外させて大鬼子のダンザが被れば、強い鬼族を倒した証を自慢する南山族の完成である。
吸血鬼亜種のパイアについては、もともと人に近い容姿をしており、平民服を着て背中に生えた羽さえ隠せば、魔人とは気づかれにくい。
パイアの顔には、目元以外を隠すように布が巻かれており、口元だけを出す形状のダンザの角兜に合わせて、素性をすぐに知られないような念の入れようだ。
この格好の魔人だけがうろついていれば、少々不審に思われそうだが、よくいる傭兵の格好をしている2人組と一緒に行動しているため、そこまで不審と思われなかったようである。
勇樹の目論見は、見事に成功したと言える。
「それじゃあ、行くわよー」
「おう!」
パイアが腰に提げた短剣を抜いて洞穴の中に入っていくと、待ってましたとばかりにダンザが後に続いた。
松明も点けず、躊躇なく迷宮の奥へと進む。
空からの光も届かぬ地下世界で住んでる魔界の者達は、夜目が利くので暗闇の中でも問題無く生活できる。
パイア達も産まれながらにしてその特性を引き継いでいるからか、闇夜は得意分野である。
「グギャ! グギャギャギャー!」
「ほーら、おいでなさったわよー」
大した時間も経たないうちに、迷宮内に侵入した者を見つけた赤子鬼が、迷宮の奥から次々と現れる。
それを見たダンザが凶悪な笑みを浮かべると、息を力強く吸い込んだ。
「ゴギャアアアア!」
「!?」
迷宮内に響き渡る咆哮。
それは流石に想定してなかったのか、赤子鬼が硬直する。
恐怖で足がすくんだらしく、身動きの取れなくなった子鬼達に、巨漢の魔人が迫る。
両手で握り締めた剣を、大鬼子が横薙ぎに振るう。
不運にも一番前にいた子鬼の首が、胴体と離れて宙を舞った。
「ゴギャギャギャギャギャ!」
「グ、グギャー!?」
高笑いをするダンザが、力任せに剣を振り回すたびに、斬り飛ばされた子鬼が宙を舞う。
もともと体格差が違い過ぎるせいか、武器を持った大人に、子供が蹴散らされてるようにしか見えない。
「オラオラァ! どうした子鬼共ォ! かかってこいやァー!」
「あーあ、はりきっちゃって……。ほとんど私の出る幕がないじゃない」
迷宮内を大暴れするダンザを見て、吸血鬼亜種のパイアが、呆れたように肩を落とす。
そんなダンザから逃げるように、1匹の子鬼がパイアのいる方へ走って来た。
パイアの目が細くなると、体勢を低くして子鬼の横をすれ違う。
「グギャ?」
ダンザの方ばかりを見てたせいか、自分の横をパイアが通り過ぎたのを、少し遅れて気づいた子鬼が首を傾げる。
何か違和感に気づいたのか、子鬼が首を触ると赤く染まった掌を見つめた。
「グ、ゴフッ!?」
喉元に刻まれた傷口から血を流し、子鬼が膝から崩れ落ちる。
その様子に目を移すことなく、刃を赤く濡らしたパイアが、次々と子鬼の首をナイフで切り裂いていく。
「迷宮で殺しても、1日経てば復活しちゃうから、あんまり意味無いんだけどねー。まあ、いっか」
パイアがブツブツと1人ごとを呟きながら、勢い任せに剣を振り回すダンザへ駆け寄る。
「ダンザ、今日はあくまでお試しだから、適当に暴れたら帰るわよ!」
「分かってる! もう少し楽しませろ!」
並走するように、2匹の魔人が迷宮内を駆け抜ける。
迷宮の奥から次々と子鬼が現れるが、魔人コンビの勢いは止まらない。
2日間を元傭兵5人組と猛特訓したおかげか、子鬼が数匹程度では、魔人達を止めるのは難しそうだ。
「む?」
「お? 待ち伏せ?」
通路を抜けて開けた場所にでると、部屋の中に大量の子鬼が待ち構えていた。
4、50匹はいるだろうか。
「ダンザ、突っ込まないで! また子鬼に、負けたくなかったらね!」
「チッ、分かってる!」
生前の記憶はあまり覚えてなくても、トラウマが身体に刻み込まれてるのか、パイアの言葉に反応したダンザが急ブレーキをかける。
急停止したダンザが剣を構えて警戒し、その隣にいるパイアが周囲の様子を探るように素早く視線を動かす。
部屋に複数ある通路の1つに目を移すと、パイアの目が細くなった。
「ふーん。なるほどねー……。ダンザ、通路まで下がって、狭い所で戦うのよ! それと、時間を稼いで」
「どうするつもりだ?」
「いいから、私の魔法を使う時間を稼いで!」
「分かった」
魔法を詠唱する際には、意識がどうしても詠唱に向かうので、周囲への対応を怠ってしまう。
そのため、詠唱中のパイアをダンザが援護するという連携作業は、最近の特訓で自然と身に付いた。
狭い通路に誘い込んで、子鬼達を対応するダンザを壁にして、パイアが呪文を唱え始める。
詠唱を終えると、パイアの身体の周りが緑色に発光する。
「子鬼を壁にすれば、安全に戦えると思ったら大間違いよ。ダンザ!」
パイアの掛け声と同時に、体勢を低くした大鬼子のダンザが、子鬼にタックルを決める。
最初から段取りを決めたかのように、パイアがダンザの背中を踏んで、前へと勢いよく跳躍する。
何匹かの子鬼の顔を踏んで、部屋の中に飛び込むと、子鬼達のいない隙間を駆け抜ける。
風魔法により加速したパイアを捕えるどころか、まともに反応できる子鬼はおらず、一気に目的の場所まで辿り着いた。
「はい、残念でしたー」
「!?」
集団の背後で、子鬼達を指揮していた大鬼子が、口をあんぐりと開けて目を見開く。
突然に、目の前を逆さまになった人が通過していたら、驚くのも無理は無いだろう。
実際には、大鬼子に接触する直前でパイアが跳躍し、空中で身体を捻って側宙をしたわけなのだが。
その光景を見て、大鬼子が慌てて後ろに下がるが、もう遅かった。
大鬼子の喉元には、横へ切り裂くように1本の傷口ができており、そこから大量の血が零れ落ちる。
「ゴ、ゴフッ!?」
喉元を慌てて抑えながら、口から吐血した大鬼子がその場から逃げようとする。
しかし、それを逃がす吸血鬼亜種ではない。
風魔法の力によって、パイアが縦横無尽に高速移動し、大鬼子の身体を次々と切り刻む。
「アハハハハ! ホラホラホラ、貴方達の魔人は虫の息よ! 逃げるなら今のうちよ!」
「グ、グギャ!?」
パイアからの執拗な攻撃に血塗れになって、部屋の中を逃げ回る大鬼子を見て、子鬼達に動揺が走る。
そして、そのタイミングに合わせるように、ダンザが息を大きく吸い込んだ。
「ゴギャアアアア!」
「!?」
次々と赤子鬼を斬り飛ばしながら、通路からダンザが顔を出す。
「グギャギャギャー!?」
再び迷宮内に響き渡った咆哮が止めとなったのか、それとも自分達だけではコイツらを止めれないと判断したのか、赤子鬼達が蜘蛛の子を散らしたように、四方八方へと逃げ出した。
「ショアンの言ったとおりね。魔人がやられて負けそうになったら、子鬼も逃げちゃったわね」
「オルァ!」
子鬼達と同じように、通路へ逃げようとした大鬼子にダンザが駆け寄り、その胴体を剣で貫く。
そのまま大鬼子にタックルを決めると、魔人ごと壁に突き刺した。
磔状態になった大鬼子の首元を掴むと、凶悪な笑みを見せる。
「諦めろ。お前の負けだ」
「……ッ!?」
「さあ、ダンザ。さっさとコイツに止めをさして、撤収するわよ。また応援が来られたら、流石に面倒だわ」
「分かった」
勝利の余韻に浸る間もなく大鬼子を仕留めると、パイアだけが先に迷宮から顔を出す。
村で待機していたショアン達に声をかけると、再び迷宮へ足早に移動する。
迷宮の入り口前まで、魔人を引きずって来たダンザと合流すると、ハジマの村から持って来た木製担架を早速使って、森の中を運んだ。
2mの巨体を運ぶパイア達を見て、村にいた騎士の1人が驚いた顔を見せながら、ショアンに近寄る。
「ご苦労だったな。前にも言ったと思うが、魔石の買い取りは、砦ではしてない。報酬が欲しいなら、街へ行くことだな」
「分かりました。魔石を取り出すために、死体ごと村へ持って帰りたいのですが、問題ないでしょうか?」
「好きにしろ」
横柄な態度で返答する騎士との会話を終えると、ショアンも荷馬車に載る。
御者台に座ったショアンが手綱を動かすと、荷馬が荷車を引いて、ゆっくりと動き始めた。
「さーて、お父様へのおみやげができたわよー」
「うむ。なかなか楽しかったな」
予定外の寄り道ではあったが、充分過ぎる程の報酬に魔人達はホクホク顔だ。
上機嫌な魔人達を載せた一行は、ハジマの村へと向かって、ようやく帰路に着いた。




