第22話 違和感
土壁に青白い光が淡く光る室内で、数匹の可愛らしい魔物達がうろついていた。
背中からコウモリに似た小さな羽が生えた、悪魔幼女達だ。
幼女の姿をした魔物達は、土から顔を出した植物を熱心に調べている。
ツタに似た植物の先には、赤い果実のような物が成っており、それを小さな手で持つと観察をする悪魔幼女。
土に手をつけて状態を確認した後、詠唱を始める悪魔幼女。
魔草と一緒に、ツタも齧ろうとする一角兎を見つけては、慌てて追い払う悪魔幼女もいたりと、小さな魔物達の行動は様々だ。
どうやらここは、悪魔幼女達の管理する魔樹農園のようである。
そんな悪魔幼女達の職場に、長い黒髪をなびかせて、鼻歌を歌いながら近づく者がいた。
悪魔幼女を、高校生くらいに成長させたような容姿の少女である。
また、服装も悪魔幼女と同じく、とても原始的だ。
一角兎から剥いだ皮を結んでそれを胸と腰に巻いてるだけと、年頃の女性がするような服装ではない。
通路からこっそりと顔を出した吸血鬼の少女が、室内の様子を伺う。
暫く様子を見た後、なぜか忍び足で魔樹農園へ近寄る。
手頃な果実を1つ見つけると、それをちぎり取って迷うことなく口へ運ぶ。
ワイルドに一齧りすると、美味しそうに咀嚼して、満面の笑みを見せる。
「んー、美味しい」
「キュルピィ! キュピ、パンピプイ!」
「あっ、見つかった……」
一角兎を追い払ってた悪魔幼女が、勝手に摘まみ食いをする果実泥棒を目敏く見つけて、目を吊り上げながら走って行く。
吸血鬼の少女に駆け寄ると、見るからに怒ってるような態度で、奇声を上げて喚き散らす。
しかし、吸血鬼の少女に慌てた様子は見えない。
「えー。1つくらい良いじゃなーい」
悪魔幼女に怒鳴られても、どこ吹く風な表情で果実を再び齧る。
しかも、悪魔幼女の言葉が理解できるのか、悪魔幼女と似たような言葉で会話をしている。
「ふーんだ。エモンナなんか、怖くないわよー」
「誰が怖くないのですか?」
「むぐぉ!?」
足音も立てずに近づいた者が、背後から吸血鬼の少女に声を掛ける。
想定外の人物に声をかけられて驚いたのか、吸血鬼の少女が喉を詰まらせたように咳き込む。
青ざめた表情で振り返ると、メイド服を着た悪魔族の美女が、生温かい笑みを浮かべながら吸血鬼の少女を見ていた。
「1日で、どれくらい生産できるかも知りたいので、つまみ食いした数も正確に教えて下さいね?」
「ゴホッ! ゲホッ! ま、まだ1個しか食べてないわよ!」
「まだ1個と言うことは、更に摘まみ食いをするつもりだったのですか?」
「ち、違うわよ! い、1個だけのつもりだったわよ!」
「……」
疑惑の眼差しで見つめられて、吸血鬼の少女がしどろもどろに答える。
分かり易い反応の吸血鬼の隣では、未だ怒りが冷めやらないとばかりに、悪魔幼女が腕を組んで果実泥棒を睨んでいた。
「そ、それよりも、今日も5階層は変わらずだったわよ!」
吸血鬼の少女が、もう片方の手に握りしめていた果実を、慌ててエモンナに差し出す。
ついでに、齧りかけのゴリンの実も吸血鬼から受け取ると、エモンナが2つの果実を見比べるように観察を始めた。
2つ共が丸みを帯びた赤い果実ではあるが、その表面にあるゴマ粒程の小さな斑点が少し違うようだ。
特に6階層で採れた果実はその違いが顕著で、斑点が青白く光っている。
見た目は不気味だが、これが魔界で採れる完熟したゴリンの実であった。
2つの果実を一通り観察し終えると、エモンナが5階層で採れたゴリンの実を一齧りする。
「……ふむ。やはり、6階層でないと駄目なようですね。では、5階層で実験的にやっていた魔樹農園は、予定通り撤去しましょう。悪魔幼女達にも、そう指示しておきなさい。ついでに、廃棄する分は食べても良いとつけ加えて、指示しておきなさい」
「はいはい」
面倒臭そうに返答をする吸血鬼の少女に、6階層のゴリンの実を返却する。
そして、5階層のゴリンの実を悪魔幼女に渡すと、エモンナがその場を立ち去る。
赤い果実を受け取って不思議そうな顔をする悪魔幼女に、吸血鬼の少女がゴリンの実を齧りながら説明すると、嬉しそうな表情で駆け出した。
室内にいる他の悪魔幼女に声を掛けると、悪魔幼女達がエモンナの後を追いかけるように走り出す。
その後ろ姿を見送りながら、吸血鬼の少女がのんびりと歩いて後を追う。
「……え?」
心臓が跳ねるような鼓動音が、突然に迷宮内を響き渡る。
吸血鬼の少女がビックリしたような顔で、周りをキョロキョロと見渡す。
「前回よりも、また力強くなってますね」
「……ねえ、エモンナ。今のは何よ!」
意味深な言葉を呟きながら遠くを見る悪魔メイドに、吸血鬼の少女が駆け寄る。
エモンナの周りでは、悪魔幼女達が慌てた様子で騒いでいた。
「貴方もすぐに、異界門へ来なさい。私は先に行きます。遅れたりしたら、迷宮へ埋めますよ」
「はぁあ? ちょっ!?」
詠唱をすると翼を広げ、全身を緑色に輝かせたエモンナが、疾風の如き速さで走り去って行く。
悪魔幼女達に急かされるようにして、吸血鬼の少女がエモンナの後を追っていると、別の通路から見覚えのある顔が現れた。
身長が2mもある大鬼子と子鬼のククリが、吸血鬼の少女達と合流する。
「グギャギャ!」
「どうやら、迷宮の主が来たようだな」
「みたいね……。フフン。その顔を、拝んでやりましょ」
大鬼子と吸血鬼の少女が、相変わらずの反抗的な態度を見せる。
6階層にある1階層とを繋ぐ転移門に駆け寄ると、他の魔物達と同じく転移門に入って行った。
* * *
迷宮の1階層では、久々の主の帰還に魔物達が慌ただしく走り回っていた。
異界門のある大部屋では、普段は閉じられている黄金繭の入口が左右に開いており、その前では朝礼時のように魔物達が整列をしている。
また、大部屋の入口からも、続々と迷宮内の魔物達が走って来ていた。
「ふぉおおおお! のじゃぁああああ!」
そしてなぜか、犬人のいる列では、普段は見かけない狐耳の獣人が奇声を上げて、犬人を触りまくっている。
ツインテールの黒髪を激しく振り回しながら、犬人の体毛を撫でまくったり、顔を突っ込んだりと久々のモフモフ充電に夢中のようだ。
黄金繭の前では、客人をもてなすような態度で、魔界のお嬢様と悪魔メイドが立っている。
即座に飛び出した沙理奈から遅れて、1人の少年がゆっくりと顔を出す。
勇樹に気づいたエモンナが、深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました」
「おひさー。2人共、元気してた?」
「はい! おかげさまで、迷宮の方も順調に魔物が増えてます。それと朗報が! ……と、ちょっとだけ悪い報せも」
「朗報?」
明るくなったり暗くなったりと忙しなく表情を変えながら、クレスティーナが説明を始める。
朗報と言うのは、勇樹達が最も警戒していた大鬼子のダンザガを、討伐することに成功したことである。
子鬼のククリ達の活躍を交えながら説明をすると、勇樹が1つ頷く。
「さすがチュートリアル。最初のボスまでは、適当プレイでも何とかなるもんだな。……で、魔物はどれくらい増えたの?」
「はい。今朝がた、クレス様と数を確認した時には、子鬼が66匹、犬人が44匹、悪魔幼女が22匹と、全部で132匹になってました。それと新種が、2匹増えました」
「新種?」
「はい、もう間もなく来るかと……」
悪魔メイドが魔物達の数を報告すると、6階層に繋がる転移門に視線を移す。
6階層から次々とやって来る魔物達の中に、異質な魔物が2匹。
慌てて駆け寄る魔物達とは違い、ゆっくりとした足取りでやって来る2匹を見て、エモンナが眉根を寄せた。
最近増えた魔物達は大鬼子から産まれたせいか、お世辞にも従順とは言えない。
エモンナが強いから渋々ながら従ってるのは見え見えで、早朝に必ずある朝礼にもいつも面倒臭そうに顔を出していた。
しかし、今日の様子はそれとも違っている。
2匹の魔物が、熱に浮かされたようなフラフラとした足取りで近づいて来ると、朝礼時に決められた場所で立ち止まった。
「これが新しいやつ?」
「ええ、そうですね……」
クレスティーナも、明らかに様子のおかしい2匹に違和感を覚えたのか、困惑したような表情を見せる。
大鬼子から産まれた魔物であることをクレスティーナが説明すると、2匹の魔物を勇樹が観察し始める。
外観から判断できる違和感を説明するなら、吸血鬼の少女の呆けた顔がまず目立つ。
頬を赤く染めながら、うっとりとした表情で勇樹を見つめており、その様子を勇樹が興味深そうな顔で見つめ返す。
「随分、好感度が高いな……。で、使えそう?」
「吸血鬼の方は、多少なりと魔法も使えます。大鬼子も先日腕試しをしましたが、子鬼達より戦力になるのは間違いないかと」
「それは良い事だな」
戦いに関してはエモンナの方が得意分野なので、勇樹の呟きに悪魔メイドが口を挟む。
エモンナの返答に1つ頷くと、勇樹の視線が下に動く。
「ふーん……。なんか、走るのが得意そうな足だな」
勇樹が言うように、吸血鬼の少女は素人目からでも分かる程に、引き締まった足をしていた。
女子の陸上選手のように、普段からよく鍛えられてるのが分かる足だ。
下半身を勇樹から熱心に観察され、 恥ずかしさを感じたのか顔を真っ赤にした吸血鬼が、「あぅ~……」と小さく呟いた。
先程から奇妙な行動を取る吸血鬼を、エモンナが横目でさりげなく観察している。
「仰るように足も早いですが、蹴りを主体とする戦いも得意らしく、吸血鬼にしては運動神経の良い魔物のようです。魔法も悪魔貴族が使うような、上位の魔法も修得してるようでして、かなり良い魔物ではないかと」
「おー。なんか凄そう」
ここ最近でエモンナが調べた情報を語ると、勇樹が嬉しそうな表情を見せる。
大鬼子から産まれた影響か、魔法も格闘も得意な、かなりの優良種だったようだ。
「吸血鬼の亜種か……ふむふむ。そういえば、悪魔貴族とか初めて聞いたけど……。悪魔族の偉い人?」
「はい。とてもずる賢く、吸血鬼よりも魔法の扱いが得意な悪魔族と、思って頂ければ良いかと。私のような……階級の低い吸血鬼達を従える、身分の高い魔人の認識で間違いないです」
しばしの間をおいて、エモンナが答える。
「なるほど」
「……」
勇樹とエモンナの会話を、クレスティーナが何とも言えない顔で見ていた。
皆が会話をしてる所へ、モフモフ充電を堪能した沙理奈が近づいて来る。
「余は満足なのじゃー。……ロリ狐、どうしたのじゃー?」
「……え? あ、いえ、なんでもありません」
「おー、でかくてムキムキなのじゃー」
2mもある筋骨隆々の鬼族の身体を、沙理奈が手でペチペチと叩く。
その様子をクレスティーナが不安そうな顔で見ながら、勇樹と同じ内容の説明を沙理奈に始める。
しかし、新たな大鬼子として産まれた魔物は怒ることもなく、むしろ困惑したような顔で大人しくしている。
大鬼子の周りをグルグルと回り、吸血鬼の背中から生えた蝙蝠羽を見て、沙理奈が口を開く。
「ホブゴブリンとヴァンパイアなのじゃー」
「え?」
「あー。俺の世界でいうところの種族名だよ」
不思議そうな顔で沙理奈を見るクレスティーナに、勇樹が声を掛ける。
「子鬼より上位種が、中鬼。血を吸う魔物で、悪魔幼女より上位種が、吸血鬼て呼ばれるんだよ」
「なるほど」
「そういうことなのじゃー」
沙理奈がよく遊んでいるファンタジーゲームの世界観で、種族の補足説明をすると、クレスティーナが納得したように頷く。
そしてなぜか、自分が説明したわけでもないのに、沙理奈が腕を組んで何度も頷いている。
「でも、今回は大鬼の子供っぽいから、どっちかと言うとオーガだよな。うーん、オーガの子供だと……何て言うんだ?」
「オーガ・ミニなのじゃー」
「あ、それ良いね。採用」
ファンタジーゲームでよく耳にする種族名を沙理奈が口出しすると、勇樹が手を叩いて沙理奈を指差す。
「そう言えばさっき、ちょっとだけ悪い報せがあるって言ってたけど、何の話?」
「あっ、それはですね。魔人を倒したせいかもしれないのですが、周辺で子鬼を見かけなくなってしまいました」
「1匹も?」
「1匹も、ですね……」
「うーん。それはちょっと、困るな」
「はい。それで少しご相談が……」
先程までの会話の中で、6階層へ行ける転移門が開通したことや、6階層で完熟したゴリンの実が生産できたことを報告したので、それを見に行くことになった。
勇樹とクレスティーナが今後のことを話し合いながら、6階層へ移動できる転移門へと向かう。
2人が移動を始める間、エモンナは口許に手を当てて、難しそうな顔で何かを考えるような仕草をしていた。
「目の保養ね……」
「……え?」
うっとりとした表情で、吸血鬼の少女がため息を吐く。
思わず二度見した悪魔メイドの視線も気づかないまま、吸血鬼が勇樹達の後を駆け足で追いかける。
「大鬼子も、前へ進めなのじゃー」
「うむ……」
沙理奈が大鬼子の尻を手でペチペチと叩きながら、勇樹達の後を追うよう促した。
力を示さなければ従わない大鬼子が、素直に沙理奈の命令を聞いて動いたことに、悪魔メイドが目を丸くする。
初めて大鬼子や吸血鬼と会った勇樹達には気づかないことだが、最近まで2匹と共に暮らしてた者達なら明らかに分かる違和感だらけの行動を、エモンナが真剣な表情で見つめる。
「ふむ……なるほど。これが、例の『強制力』と言う異界門の力ですか……。これは予想以上ですね。我が一族が、厳重に書物を封印していた理由も納得できます。それと魔界の王族達が、その存在を否定し続ける理由も……」
エモンナが目を細めると、黄金に輝く不思議な繭を一瞥する。
遠くからクレスティーナの呼ぶ声が聞こえ、エモンナが踵を返す。
すると、なぜか口元を隠すように手を当てて、勇樹達の後を追いかける。
「魔界の歴史を変えた、禁忌の力、ですか……。フフフ」
悪魔メイドの口から、誰も気づかないような、小さな笑みが漏れた。




